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県南エリア

  • 第4回 世界遺産候補を巡る旅 長崎市街&島原編 2007年05月16日
    第4回 世界遺産候補を巡る旅 長崎市街&島原編
    殉教、そしてキリスト教信仰の復活した時代を読み解く  「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」が世界遺産の候補となりました。長崎におけるキリスト教の歴史は、伝来、繁栄、禁教、弾圧のあと、長い潜伏を経て奇跡の復活を遂げ、その後各地に教会が建てられ、いまに続いています。この世界宗教史上まれにみる激動の歴史と、厳しい迫害の中で何代にもわたって受け継がれてきた篤い信仰の姿を、いまもなお現存する教会や史跡の数々が物語っています。現在、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」には、県内各地に残るキリシタンの歴史を物語る文化遺産のなかでも、代表的な史跡や教会が構成資産として、県内20箇所がピックアップされています。  このウェブサイト「旅する長崎学<<たびなが>>」では、この20箇所を「平戸&外海編」「長崎市街&島原編」「五島編」と、3編に分けてご紹介します。長崎のキリシタンの歴史を旅してそのすばらしさと価値を体感すると、これらの“長崎のたからもの”をずっと大切にして、世界中の人にも知ってほしいと思わずにはいられません。今回は、「長崎市街&島原編」です。このエリアに点在する貴重な教会と遺産を旅してきました。教会は祈りの場所ですから、マナーを守って見学させていただきましょう。 歴史のとびら  長崎におけるキリスト教の歴史は、1550年、平戸に来航したフランシスコ・ザビエルの布教にはじまります。海外からやってきた宣教師たちの熱心な宣教活動と、南蛮貿易の利を得たい領主たちの思惑もはたらいて、キリシタンの数は増え続けますが、一転して受難の時代を迎えることになります。禁教下での弾圧による迫害、そして殉教・・・。1644年には日本国内にはひとりの神父もいなくなってしまいますが、キリシタンたちは先祖から伝えられた伝承やマリア信仰を心のよりどころに、潜伏しながらその教えを守り続けるのです。こうして受け継がれた篤い信仰は、約250年もの長い潜伏の時を経て、1865年、大浦天主堂を舞台に起こった「信徒発見」とよばれる信仰表明の感動的な瞬間へとつながり、日本キリシタンの復活は世界中に感動と衝撃を与えました。こののち、信仰の証として信徒たちの手によって建てられた教会は、まさに復活のシンボル的な存在となったことでしょう。長崎の自然環境とみごとに調和した幻想的で厳かな空間はもちろん、西洋と日本の技術が折り込まれた美しく独創的な意匠は、訪れる人々を魅了します。これらの遺産は450年以上もの歴史が育んだ結晶なのです。  現在、「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の構成資産としてピックアップされているのは20資産。そのうち教会が12件、キリスト教関連遺産は史跡など8件となっています。この長崎の“たから”を、次の世代へと大切に受け継ぎたい。2007年、長崎県は世界遺産の登録へ向けての大きな一歩を踏み出しました。 散歩コース スタート地点までのアクセス ◎所要時間のめやす:1泊2日 img/sub/map_point2.gif' alt='2' />2サント・ドミンゴ教会跡 ↓車で約15分or 徒歩で約40分 img/sub/map_point4.gif' alt='4' />4旧羅典神学校 ↓車で約2時間 (長崎で宿泊。朝、車で出発!) img/sub/map_point6.gif' alt='6' />6日野江城跡 ↓車で約7分
  • 第6回 “レトロの街・雲仙”を歩こう 2009年12月09日
    第6回 “レトロの街・雲仙”を歩こう
     ドライブルートのなかから、歩いて学べるエリアをクローズアップしてご紹介するコーナーです。今回の散策コースのテーマは、「“レトロの街・雲仙”を歩こう」です。  四季折々の自然はもちろん、雲仙地獄や温泉など魅力がいっぱいの雲仙。古くは『肥前国風土記』で「高来峰」と呼ばれているのがこの雲仙岳であり、“温泉”についての記述もあります。雲仙はもとは“温泉”と表記され“うんぜん”と読ませていましたが、1934年(昭和9)日本初の国立公園に指定された際に、ほかの温泉地と混同しないように、現在の表記「雲仙」に改められました。かつては、キリシタン殉教地としての悲しい歴史もありましたが、明治時代からは多くの外国人観光客が避暑に訪れて賑わい、日本を代表する温泉リゾートへと成長しました。いまでも当時のレトロな雰囲気が漂います。  車で訪れる方は、各ポイントに点在する有料駐車場をご利用ください。さぁ、さっそく雲仙をウォーキング! 散策エリアの位置をチェック 散策コース&マップ 雲仙お山の情報館 ↓歩いて約3分 雲仙スパハウス・雲仙ビードロ美術館 ↓歩いて約3分 雲仙地獄(うんぜんじごく) ↓歩いて約3分 満明寺(まんみょうじ) ↓歩いて約3分 雲仙おもちゃ博物館 ↓歩いて約20分 白雲の池キャンプ場 スポットの紹介 雲仙お山の情報館  雲仙の自然についての情報が満載の「雲仙探訪」をはじめ、ドラマチックに移り変わった雲仙の歴史を写真で紹介する「島原〜暮らしの移り変わり」など、充実した展示になっています。  2階では、「温泉」をテーマに、日本の温泉の種類や島原半島の温泉について紹介しているほか、雲仙にはどんな野鳥や植物が住んでいるのかなどをわかりやすく解説しています。  雲仙を訪れたら、最初にこの施設で雲仙の歴史と自然を知っておくと、より雲仙を楽しめる旅となります。 雲仙スパハウス・雲仙ビードロ美術館  温泉、美術館、ガラス体験工房の3つを一度に楽しめる施設です。  「ビードロ美術館」の見どころは、19世紀を中心とした世界のアンティークガラスのコレクション。ヴェネツィア、ボヘミア、イギリス、フランス、ドイツ、ベルギーなど、特色あるヨーロピアン・アンティークガラス約300点を収蔵しています。  ガラスづくりを体験できる「ガラス体験工房」では、“温泉(うんぜん)レモネード”の空き瓶を利用したオリジナルガラス作品を制作しています。雲仙ならではのガラスを使った“吹きガラス”を体験することができます。  「温泉スパ」では、大浴場、サウナ、岩盤浴のほか、ナチュラル志向で人気の露天風呂、屋久杉風呂、ヒノキ湯を楽しめます。 障がい者用トイレやエレベーター等の設備が整っており、安心して訪れることができます。 大浴場 露天風呂 ヒノキ風呂 販売コーナー ガラス体験工房 ガラスのストラップづくり 雲仙地獄(うんぜんじごく)  雲仙の温泉の泉質は、硫酸イオンの高い硫黄泉で、強い酸性を示しています。古くから温泉療法に用いられ、リウマチ、糖尿病、皮膚病に効果があります。シューシューと音をたてて噴き出している噴気の最高温度は120度もあります。大部分は水蒸気ですが、炭酸ガス、硫化水素ガスを含み、強い硫黄の臭いを漂わせています。  雲仙の地獄は、面積はそう広くありませんが標高差が大きく、古くから自然の林や草原がよく保存されてきました。多くの野鳥が住み、ヒタキ科のオオルリやキビタキのほか、メジロやキセキレイなどが訪れますし、いたるところでホオジロやシジュウカラ、ヤマガラが見られます。  鳥のさえずりを聞きながら、自然の景観を堪能できる雲仙地獄の散策。所要時間は、1時間から1時間半程度です。雲仙地獄の見どころを写真でご紹介しましょう。 八万地獄 お糸地獄 温泉たまご 人が持っている八万四千の煩悩によってなされた悪行の果てに落ちる地獄のことだといわれています。 その昔、島原城下でたいへん裕福な生活をしていたのに、密通をしたあげく、夫を殺してしまったお糸という女がいました。お糸が処刑されたころにこの地獄が噴き出したので、「家庭を乱すと地獄に落ちるぞ」という戒めを込めて、この名前がつけられたといわれています。 4個入りで300円(2009年10月30日現在)。観光客にも人気で、地獄内の休憩所で味わう姿がよくみられます。 真知子岩 大叫喚地獄 (だいきょうかんじごく) 邪見地獄 (じゃけんじごく) 1954年(昭和29)に映画「君の名は」のロケが雲仙地獄でおこなわれました。女優の岸恵子さんが手を添えた石岩が「真知子岩」として脚光を浴びました。 現在、最も活発な噴気活動をしているのが、この大叫喚地獄です。雲仙地獄の一番高い位置にあり、白い噴気は30〜40メートルにも上ります。ゴウゴウという噴気音が、地獄に落ちてゆく亡者の絶叫のようにも聞こえ、この名前がつきました。 邪見というのは、人を妬む醜い心のことです。この温泉のお湯を飲むと、夫婦や友達の間で生じた嫉妬心による不和を解消するといわれています。でも実際には、強酸性の温泉で、とても飲めるようなものではありません。 雲仙地獄の悲劇〜殉教地〜  雲仙地獄は、キリシタン殉教地としての悲しい歴史も持っています。  1616年(元和2)、島原に入部してきた松倉重政は、当初キリスト教の布教を黙認していました。島原城(森岳城)の築城には領民の力も必要で、キリシタンの多い島原を治めるためでした。しかし、江戸参府時に、徳川家光から叱責されたことが原因で、突然キリスト教徒への厳しい迫害を始めました。なかなか改宗しないキリシタンに対し、弾圧はエスカレートしていきます。  松倉重政は雲仙地獄の煮えたぎる熱湯を拷問に利用しました。長崎奉行の竹中采女正重義(たけなかうねめのしょうしげよし)も長崎の牢屋にいるキリシタンを雲仙地獄に連行し、転ぶ(棄教する)よう強要しました。熱湯につけては引き上げる、この繰り返しで、10日から1ヶ月もの長期にわたって痛めつけました。  雲仙地獄で殉教したキリシタンの中に、有馬の元家臣・パウロ内堀作右衛門(うちぼりさくえもん)という人がいます。彼の3人の息子たちは拷問のすえ、水責めで命を落としました。作右衛門は指を切られ、額に“切支丹”の焼き印をつけられて、地獄責めにあいました。それでもキリスト教の信仰を貫きとおし、最期は「いと聖き聖体は賛美させられたまえ」と叫びながら、雲仙地獄のなかに消えていったそうです。一度は辛い拷問によって信仰を棄てた人々もいましたが、彼の信仰の深さに感動して再び入信した者もいたといいます。内堀作右衛門は、カトリック教会によって福者に列せられ、2008年(平成20)に、日本で初めての列福式が長崎で行われました。 地質的な見どころ〜地獄地形の進化〜  雲仙地獄では、高温の噴気や熱水が噴出しているところを間近に見ることができます。地獄地帯の岩石は、温泉や噴気の影響による変質作用を受けて分解・崩壊が進み、地表は次第に浸食されて盆地状の地獄地形が形成されていきます。  地獄地帯の変遷の過程は、「地獄地形の進化」と呼ばれ、1.原始期、2.幼年期、3.壮年期、4.老年期と識別されるそうです。雲仙地獄の新湯地帯は、活発な活動を見せていますので幼年〜壮年期、旧八万地獄は、変質地帯が侵食されつつある老年期と考えられます。 満明寺(まんみょうじ)  古代・島原半島の文化の中心が、温泉山満明寺だったといわれています。  701年(大宝元)、行基の建立と伝えられる満明寺は、子院3,800余坊、塔19基を有する大寺院で、中世末から近世初頭にかけて西日本にその大伽藍(だいがらん)を誇ったといいます。真言密教の修行道場として栄えました。  満明寺から上ると、行基菩薩像が建ち、そこから旧八万地獄へと続く散策コースがあります。 八十八ヶ所巡り 満明寺の境内に並ぶお地蔵様は、四国八十八ヶ所のミニチュア版。約20分でひとめぐりできます。 羅漢像 羅漢像は一度首を切られ、その後つながったことから、「リストラ除難」として手を合わせる人も少なくないとか。 季節の移り変わりが感じられる散策コース。 散策コースは旧八万地獄へと続く。 雲仙おもちゃ博物館  むかし懐かしいおもちゃや雑貨、お菓子などを販売・展示しています。店内に入ると、時間を忘れて夢中になってしまいます。  1階には、メンコやクジ付きお菓子、おもちゃなどが所せましと並んでいます。ついつい昔に戻って、おねだりしたくなるような懐かしさです。    2階は有料の博物館。昭和20年代からのブリキのおもちゃや当たりクジ、駄玩具など希少価値のあるものばかり、約2,000点が展示されています。とにかく今となっては、めったにお目にかかれない逸品がズラリ。 ■営業時間: 8:30〜21:30(不定休) ■博物館入館料(2F): 200円(中学生以上) 9:00〜18:00 白雲の池キャンプ場  白雲の池周辺にあるキャンプ場は、自然に囲まれ、野鳥や昆虫もたくさんいます。夏は涼しく、避暑には最高の場所。湖畔からは平成新山も遠望できて、ロケーションは抜群。キャンプファイヤー(設備)やトイレ・炊事場、レクレーション広場もあります。 温泉(うんぜん)レモネード  散策していると、ちょっとのどが渇いてきました。雲仙に来たからには、ぜひとも飲んでおきたいのが「温泉(うんぜん)レモネード」です。  明治期から昭和初期にかけての雲仙では、炭酸水と砂糖を混ぜ合わせた飲料水が外国人たちののどを潤しました。そんなレトロな歴史を活かし、かつての名称「温泉(うんぜん)」を商品名にした飲み物です。ラベルのデザインは、雲仙に滞在した、アメリカのノーベル賞作家パール・バックをイメージしたものです。また、王冠のデザインは、雲仙に多く自生するミヤマキリシマをモチーフにしています。 日本一?小さな公衆浴場です。・・・たぶん  街中を歩いていると、驚く光景もしばしば。これは日本一小さいかもしれない公衆浴場です。服を脱ぐ必要もありません。なぜなら、指先で温泉浴を楽しむ公衆浴場なのです。散策途中に、ぜひ利用してみてください。 ※日によって温度が違いますので、高温には注意してください。 足湯でさらに歩ける!?  さすが温泉街。足湯もあります。疲れたら足湯につかって一息。これは湯元ホテルの敷地内に設置されている「語らいの場 湯元の足湯」です。知らない旅人同士でも、ついつい語らい和んでしまう。そんな特別な場所があるって嬉しいですね。  ちなみにこの足湯、血液の循環がよくなり、美容と健康に良いそうです。肩こりや足の痛みなどの疲れを癒し、万病に効果ありといわれています。 イベント  毎年11月上旬(今年は11月3日に開催されました)には、心と体を癒す「紅葉ウォーク」が開催されています。真っ赤に染まる山々の落ち葉を踏みしめ、湯けむり漂う温泉街を自然に親しみながらゆっくりと歩いてみませんか。  また、2010年2月6日〜2月27日には、霧氷(=花ぼうろ)をイメージした「花ぼうろシンボル点灯」など、幻想的な空間を演出する「雲仙灯りの花ぼうろ2010」が開催されます。イルミネーションツリーや花火などが街を彩り、昼間の雲仙とは異なるファンタジックな夜の雲仙を体感することができます。※2010年の花火の打ち上げは、2月6日、13日、20日、27日の予定です。 ・お問合せ  (社)雲仙観光協会 TEL:0957-73-3434 参考資料 ・『旅する長崎学3 キリシタン文化III』(企画/長崎県 制作/長崎文献社) ・『旅する長崎学10 近代化ものがたりIV』(企画/長崎県 制作/長崎文献社) ・『郷土史事典』(長崎県/石田 保著/昌平社出版) ・『国立公園雲仙ガイドブック』 取材協力 ・(社)雲仙観光協会 ・雲仙お山の情報館 ・雲仙スパハウス・雲仙ビードロ美術館 ・雲仙おもちゃ博物館
  • 第6回 島原半島ジオパークへの招待 2009年11月04日
    第6回 島原半島ジオパークへの招待
     このコーナーでは、長崎県内の歴史を探っていく旅のドライブルートを紹介しています。  今回の旅の必携アイテムは『旅する長崎学3』と 『旅する長崎学10』です。  今月の注目エリアは『島原半島』。2009年(平成21)8月22日、「島原半島ジオパーク」の“世界ジオパークネットワーク”への加盟が正式決定しました。“地質の世界遺産”ともいわれるジオパークに、日本で初めて認定されたということで、いま話題の島原半島を旅します。  島原半島の位置はみんなわかるかな?  では、ジオパークはどう? 世界遺産にくらべるとまだ歴史が浅いので、よく知らないっていう人も結構いるかもしれませんね。まずは、島原半島やジオパークをチェックしておこう! 島原半島の紹介 島原半島ジオパークって? 島原半島へ行く 一緒に旅をしてくれるのは、島原半島3市でそれぞれ活躍しているキャラクターたち。 島原市の「しまたろう」くん、南島原市の「六兵衛」さん そして雲仙市の「おゆっぴー」です。 今回のドライブルート 1日目千々石展望台(ちぢわてんぼうだい)・千々石海水浴場(ちぢわかいすいよくじょう)・千々石断層(ちぢわだんそう) ↓車で約15分 雲仙国立公園 ↓車で約30分 小浜温泉・小浜資料館(おばましりょうかん) ↓車で約25分 2日目 国崎半島自然公園(くにさきはんとうしぜんこうえん) ↓車で約20分 原城跡(はらじょうあと) ↓車で約30分 道の駅 みずなし本陣(ほんじん)ふかえ ↓車で約2分 雲仙岳災害記念館(うんぜんだけさいがいきねんかん) ↓車で約20分 平成新山(へいせいしんざん)ネイチャーセンター ↓車で約20分 島原城(しまばらじょう) ↓車で約20分 武家屋敷(ぶけやしき) ↓車で約5分 百花台公園(ひゃっかだいこうえん) ↓車で約3分 神代小路(こうじろくうじ)・鍋島邸(なべしまてい) スポットの紹介 1日目 千々石展望台(ちぢわてんぼうだい)・千々石海水浴場(ちぢわかいすいよくじょう)・千々石断層(ちぢわだんそう)  雲仙地溝の北の縁にある正断層。深く内陸側に入り込んだ海岸線が、高さ十数メートルの切り立った崖によって、見事に断ち切られています。島原半島の成り立ちとしても重要な場所のひとつ、「千々石断層」です。展望台はこの崖の上にあります。  千々石展望台には、長崎を代表するカステラをはじめ土産品がたくさん揃っており、多くの観光客が立ち寄り賑わっています。島原半島の大地で育ったジャガイモでつくる「じゃがちゃん」が名物! 日本景観百選の地にも選ばれた美しい橘湾の海原を眺めながら、「じゃがちゃん」を味わおう! 雲仙国立公園(うんぜんこくりつこうえん)  四季折々の自然はもちろん、地獄や温泉など魅力がいっぱいの雲仙。歴史的には、キリシタン殉教地としての悲しい歩みもありましたが、明治時代からは多くの外国人観光客が避暑に訪れて賑わい、いまもレトロな雰囲気が残ります。  次週の「テーマで歩く歴史散策」で詳しく紹介しますので、お楽しみに! 小浜温泉・小浜資料館(おばましりょうかん)  713年(和銅6)、「肥前国風土記(ひぜんのくにふどき)」に“高来(たかく)の峰の西南より、温泉の湧出するのが見ゆ”と記されており、古くから知られた温泉場です。  1614年(慶長16)、浜に湯小屋が建てられた当時は、現在の小浜資料館・旧本多湯太夫邸下に浜湯があり、あちこちで湯気が湧く海岸だったといいます。その浜を1895年(明治28)に埋め立て、現在の小浜温泉街の礎ができました。  小浜資料館は、築160年の湯太夫(ゆだゆう)展示館、歴史資料展示館、さむらい小屋、足湯などの施設に分かれており、小浜の歴史を知ることができます。また施設内には、1944年(昭和19)に掘られた源泉もあります。  小浜の歴史を堪能した後は、ゆっくり足湯につかって旅の疲れを癒してください。 ■開館時間:午前9時から午後6時(入館は午後5時まで) ■休館日 :月曜日、年末・年始(12月29日〜1月3日) ■入館料 :100円(小学生以上) ■駐車場 :無料 ちゃんぽんの町  小浜は、知る人ぞ知る“ちゃんぽんの町”! 大抵のお店でちゃんぽんが食べられるんです。なんと、お寿司やさんにもちゃんぽんがあるんだよ!  さあ、「ちゃんぽんマップ」を持って、いろんなちゃんぽんに出会おう! 2日目 国崎半島自然公園(くにさきはんとうしぜんこうえん)  橘湾に細長く突き出した国崎半島。小規模ながら1970年(昭和45)に県立自然公園に指定されています。  国崎半島には250万年前に噴火した安山岩の溶岩や凝灰岩が分布しており、奥の方へ進んだ海岸沿いで、その姿を間近に見ることができます。 原城跡(はらじょうあと)  島原半島の南部に位置し、1496年(明応5)に日野江城(ひのえじょう)の支城として有馬貴純(ありまたかずみ)によって築かれたといわれます。  原城跡は、標高20mほどの高台が有明海に突き出た場所にあります。この地形は、約9万年前の阿蘇火山の大噴火に伴う大火砕流が、有明海を渡ってこの地まで流れてきたことによって作られた台地で、三方を海に囲まれたこの高台は、まさに難攻不落の天然の要塞でした。この地形を利用して、有馬家はこの地に原城を築きました。  この丘陵に本丸、二の丸、三の丸、出丸、天草丸などで構成された、長崎県内でも最大の平山城が築かれたのです。  江戸時代初期に勃発した「島原の乱」の最後の舞台となった場所です。1638年1月(寛永14年12月)、天草の領民を含む3万7千人(2万7千人ともいわれる)が、一国一城制で廃城になっていた原城に立てこもりました。88日間に及ぶ籠城の末、ついにこの地で島原の乱は終焉を迎えました。 #10" class="btn basic_btn">水の都とは? 百花台公園(ひゃっかだいこうえん)    雲仙岳を背景にした百花台公園は、木々や花々の自然が美しく、澄んだ空気に包まれる、とても気持ちのいいところです。  ゆっくりと深呼吸したくなる森林公園で、大自然をたっぷり満喫できます。子どもたちに大人気の遊戯施設やスポーツ施設もあるので、家族や友達と自然のなかで思いっきりはしゃぐこともできます。 神代小路(こうじろくうじ)・鍋島邸(なべしまてい)  中世の頃、現在の雲仙市国見町あたりには、神代(こうじろ)氏が住んでいました。この神代氏の最後の領主貴茂(たかしげ)は、1577年(天正5)に佐賀の龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)が島原の有馬氏を攻めた時、龍造寺側について有馬勢と戦いました。このときから佐賀と神代の特殊な関係が生まれました。  1584年(天正12)、有馬勢と戦っていた龍造寺隆信が島原郊外の沖田畷(おきたなわて)で戦死すると、島原半島における龍造寺の勢力はなくなりました。この混乱の中で神代氏は滅亡し、島原半島は有馬氏が完全に支配しました。  龍造寺家では、家臣の鍋島直茂(なべしまなおしげ)が実権を握ることとなり、東神代村・西神代村(現在の雲仙市国見町)・伊古(いこ)村・古部(こべ)村(現在の雲仙市瑞穂町)の4村を領有しました。そして龍造寺高房(たかふさ)の遺領を継承し、直茂の子・勝茂(かつしげ)の時に佐賀鍋島藩35万7,000石が誕生。直茂の兄・信房(のぶふさ)が神代鍋島家として所領します。  この地域は17世紀後半、鍋島嵩就(なべしまたかなり)によって、みのつる川の自然堆積地を中心に造成工事がおこなわれ、計画的に武家町が形成されていきました。  現在に至るまで様々な土地の変化はありましたが、江戸時代の地区割りがほぼそのまま残され、地域住民の皆さんのふるさとを愛する気持ちに支えられ、修理や復旧によって武家町の姿は守られてきました(国の重要伝統的建造物群保存地区に指定)。今でも鍋島邸(国の重要文化財に指定)を中心とした水路や生垣、石垣など多くの遺構に、当時の町並みの面影を見ることができます。 ■開館時間:午前10時から午後5時 ■休館日 :毎週月曜日・年末年始(都合により変更あり) ■入館料 :大人200円(団体150円)、小中高生150円(団体120円)、身障者の方100円 ■駐車場 :無料 参考資料 『旅する長崎学3 キリシタン文化III』(企画/長崎県 制作/長崎文献社) 『旅する長崎学10 近代化ものがたりIV』(企画/長崎県 制作/長崎文献社) 郷土史事典(長崎県/石田 保著/昌平社出版) 取材協力 島原半島ジオパーク推進連絡協議会事務局 小浜温泉観光協会 島原城天守閣事務所 道の駅みずなし本陣 雲仙岳災害記念館 平成新山ネイチャーセンター
  • 第29回 レトロな旅路 小浜鉄道をゆく 2008年09月17日
    第29回 レトロな旅路 小浜鉄道をゆく
    〜肥前小浜駅―上千々石駅 汽車ぽっぽ物語〜  肥前小浜−愛野間に開通した温泉小浜鉄道は、当時温泉リゾート地として脚光を浴びていた雲仙への観光客誘致にひと役買いました。運行期間はわずか10数年と短かったのですが、長崎県の交通発達の歴史に名を刻み、今でも道路として痕跡をたどることができます。急傾斜の多い地形で鉄道敷設が難しかった小浜から千々石までの間には、3つの馬蹄型のトンネルが残され、2007年(平成19)、経済産業省の近代産業遺産に認定されました。雲仙市商工会小浜支部のメンバーらが保存や街づくりに生かしています。メンバーの一人、城谷雅司さんに車で小浜鉄道跡「肥前小浜駅」から「上千々石駅」までを案内してもらいました。 歴史のとびら  愛野−肥前小浜間には、二つの鉄道会社の歴史があります。一つは愛野−千々石間を運行した「温泉(うんぜん)鉄道」、もう一つは千々石−肥前小浜間の「小浜鉄道」です。  温泉鉄道は1920年(大正9)に会社を設立し、1923年(大正12)に線路の敷設工事を完了しました。  一方、小浜鉄道は温泉鉄道に一年遅れて1921年(大正10)、小浜の地主だった本多親宗氏が会社を設立。私財を投げ売って、急傾斜地の岩場を切り開き、鉄道敷設に乗り出しました。当時、総工費約75万円(110万円という話も)という巨額をかけて、1926年(大正15)に工事を完成、1927年(昭和2)に待望の鉄道を開通させました。1933年(昭和8)、二つの会社は合併し、「温泉小浜鉄道」と名称を変更。始発から終着まで約17kmに及ぶ鉄道の旅は9つの駅で停車し、約1時間半の時間を要しました。  しかし、道路建設や自動車の普及のため営業不振に陥り、1938年(昭和13)に廃止。役目を終えてその姿は消えていきましたが、今では風情豊かな道 路として活用されています。 散歩コース スタート地点までのアクセス ◎所要時間のめやす:車で40分 img/sub/map_point2.gif' alt='2' />2「肥前小浜駅」跡 ↓車で5分 img/sub/map_point4.gif' alt='4' />4「富津駅」跡 ↓車で1分 img/sub/map_point6.gif' alt='6' />6緑のトンネル ↓車で1分 img/sub/map_point8.gif' alt='8' />8千々石第2トンネルと千々石第1トンネル ↓車で3分
  • ほっとふっと 2014年03月27日
    ほっとふっと
     小浜歴史資料館から海辺を見渡すと、小浜マリンパークが見えます。そのマリンパークの先、海岸線に沿って長〜くのびる施設と湯けむり・・・。何だろうと思って近づいてみると、日本一長い足湯でした。  この施設は、平成22年2月22日、熱量日本一の小浜温泉にオープンした足湯「ほっとふっと105(いちまるご)」です。源泉も湯棚として足湯のすぐそばに公開されています。上から下にお湯が降りていく間に温度が下がって、足湯に到達する頃にはちょうどいいくらいの温度になっています。湯棚の裏には、蒸し窯が設置されており、無料で卵や野菜、魚介類などの食材を持ち込んで食べることができるのです。蒸す時に利用する竹かごも無料で借りることができます。蒸す目安時間も表示されていますので、蒸し上がるまでの時間を足湯で楽しむことができます。食材は用意しないといけませんが、足湯や蒸し窯などの施設利用はすべて無料です!ともだち同士やファミリーで楽しんでみてくださいね。    足湯施設では、腰掛け湯はもちろんですが、こんなに長い足湯なのでウォーキングができる場所もあります。  5分くらい足を浸けて腰掛けていると、お湯に浸かっている肌の部分が赤くなります。赤くなった足を見せあいながら楽しそうにしている家族やカップルのあたたかい笑い声も聞こえてきます。「ほっとふっと」という名称の由縁ですね。  奥の方に進むにつれ、温度はゆるやかに下がりますが、一番奥には、なんとペット用の足湯スペースがありました!これならペット同伴で足湯を楽しむことができます。愛犬との散歩コースも決まっちゃいそうですね。  多くの観光客の皆さんが利用していますが、地元の方々の利用も目立ちます。散歩や買い物、部活帰りに立ち寄るなど、夕方まで利用者がとにかく多い!! 人が集まるこの足湯は、観光客にとって、地元の方々とのコミュニケーションや町の情報収集にも役立ちそうですね。  この小浜温泉はもともと夕陽が美しいことでも知られています。足湯に浸かったまま、夕陽に癒されるのもすごく贅沢な過ごし方かもしれませんね。  すぐそばには露天風呂「波の湯 茜」があります。足だけでなく、全身暖まりたい方にはオススメです。満潮時は海面との差が20cmしかありませんので、打ち寄せる波の音を聴きながら海の絶景をゆったりと楽しむことができます。   ●波の湯 茜[利用料]  大人 300円 小学生以下 200円  [利用時間]  7:00〜19:00(荒天等の場合は入浴できません) ほっとふっと105(いちまるご) ほっとふっと105(いちまるご)は、小浜マリンパークの先にあります。公園の駐車場から湯けむりが見えますのですぐにわかります。 無料駐車場と有料駐車場があります。無料駐車場をご利用ください。   関連URL: http://obama.or.jp/
  • 緑のトンネル 2014年03月27日
    緑のトンネル
    夕陽が美しいことでも知られる小浜温泉(雲仙市)。そこから車で10分程度のところの海辺に「緑のトンネル」とよばれる道路があります。  この木々の緑に包まれたトンネルは、2010年公開の映画「悪人」のロケ地のひとつに選ばれました。祐一と光代のふたりがスカイラインで逃亡しているシーンでこのトンネルを通ります。  昼間、太陽の光が漏れるこのトンネルは、鉄道遺構です。両脇の切り立った岩は、5年半もの歳月をかけて岩場を切り開いてつくられたものです。  雲仙・小浜が国際的な観光地として賑わっていた当時、1920年(大正9)に温泉鉄道、翌年には小浜鉄道が開通しました。両社は合併して「雲仙鉄道」となったのち、1938年(昭和13)に廃線となりました。現在、線路跡は道路として利用されていますが、この緑のトンネルに象徴されるように、鉄道遺構がところどころに残っており、当時の面影を見ることができます。  諫早市から小浜温泉へ向かって車で約45分ほど走ると、千々石町(ちぢわちょう)に着きます。千々石町から県道201号線に右折して海沿いに進みます。道幅が狭くなりますので、歩行者や対向車には十分注意し、スピードを落としてゆっくり運転してくださいね。
  • 真知子岩 2014年03月27日
    真知子岩
     雲仙はかつて外国人の夏のリゾート地として国内外に広く知られていました。当時の外国人の長期滞在型の旅のスタイルに合わせて、雲仙には洋式のホテルや旅館が次々と開業し、日本初のパブリックコースであるゴルフ場も誕生しました。  もとは“温泉”と表記して“うんぜん”と読ませていましたが、1934年(昭和9)に日本初の国立公園に指定された際、ほかの温泉地と混同しないように、現在の表記「雲仙」に改められました。  雲仙には多くの有名人が訪れました。アジア人初のノーベル文学賞を受賞したタゴールや、同じくノーベル文学賞を受賞したアメリカ人作家パール・バック、そしてヘレン・ケラー。訪れたのは外国人ばかりではありません。吉井勇、北原白秋など日本の歌人もやってきました。  1954年(昭和29)には、映画「君の名は」のロケが雲仙地獄でおこなわれました。女優の岸恵子が演じるヒロイン・真知子が手を添えた岩が「真知子岩」として脚光を浴びました。現在も雲仙地獄のなかで、「真知子岩」として紹介されており、訪れた人々の記念撮影スポットになっています。  今もむかしも多くの人々を魅了してきたのは、何といっても雲仙の豊かな自然です。今も変わらない四季折々の豊かな表情は、訪れる観光客の心を和ませています。  これからの秋の季節は燃えるような紅葉、そして冬には張りつめた空気の中に真っ白い花のような霧氷を見ることができますよ。  もちろん雲仙の地獄や温泉は魅力的です。過去においてはキリシタン殉教地としての悲しい歴史もありましたが、明治時代からは多くの外国人観光客が避暑に訪れて賑わい、いまも当時のレトロな雰囲気が残り、人気を博しています。
  • かすていらサイダー 2014年03月27日
    かすていらサイダー
     1904年(明治37)、イギリスのロバート・ニール・ウォーカー氏が日本で初めて清涼飲料水「バンザイサイダー」を大量生産し、長崎に寄港する外国船や長崎ホテルなどで販売されました。 また、雲仙では、明治期から昭和初期にかけて、炭酸水と砂糖を混ぜ合わせた飲料水「温泉(うんぜん)」が外国人観光客に飲まれ愛されました。  現在は復刻版によって、その懐かしい味わいを楽しむことができます。  さて、今回ご紹介するのは、島原半島のお土産屋さんで新たな名物となっている飲み物!その名も「かすていらサイダー」です。  カステラをデザインしたカワイイ箱の中には、95mlの「かすていらサイダー」が2本入っています。カステラ色が鮮やかに再現されていて、シンプルな王冠をはずすとほのかにカステラの香りが・・・。    さて、お味はどうかしら? さっそくゴクリ!・・・甘い、カステラだ・・・味もしっかりカステラでした。例えば“かすていらウォーター”とかだったら甘すぎて胸やけしそうな気もしますが、サイダーなので1本スッキリと飲めてしまいます。  カステラに馴染んでいる地元の私にとっても、最初はちょっと奇抜な飲み物に思えましたが、話題性もあってお土産にも最適です。「どんな味?」とおっかなびっくりで口にするともだちの顔を想像しながら、ぜひお試しください!  佐賀県の飲料メーカーと開発にかかわったという雲仙市の雲仙温泉「田浦物産」をはじめ、長崎市のグラバー園など、観光地などで販売されています。  長崎県を訪れたら、ぜひ探してみてくださいね。 雲仙市の雲仙温泉「田浦物産」をはじめ、グラバー園など各観光地などで販売されています。
  • 小浜ちゃんぽん 2014年03月27日
    小浜ちゃんぽん
     「ちゃんぽん」といえば長崎名物! 長崎市の中華街を連想してしまいますが、実は島原半島の小浜でも「ちゃんぽん」はなくてはならない名物料理のひとつなのです。  むかし、小浜温泉は湯治宿として栄えました。当時は今のように陸の交通手段が発達していませんでしたので、長崎茂木(もぎ)港から蒸気船で小浜を訪れていました。海を渡って来たのは湯治客の人々だけでなく、長崎で人気があった料理「ちゃんぽん」も小浜に伝わり根付いたといわれています。  ちゃんぽんは、今では小浜の料理店ではおなじみのメニューです。長崎のちゃんぽんが伝わってから約100年が経っていますが、そのあいだに小浜の郷土食として定着していきました。そして長崎・天草と並び、日本3大ちゃんぽんのひとつにも数えられています。  小浜では、お寿司屋さんにも必ずと言ってもいいほど「ちゃんぽんと寿司」のセットメニューがあるくらいですから、長崎よりもスゴイかも・・・。和食店、喫茶店、スナックでもちゃんぽんのメニューがあったりしますよ。値段も手頃なので、大人気のメニューです。  さて、どのお店のちゃんぽんも同じ味なのでしょうか?というと、全てのお店で味が違います!  スープのだしの取り方から味の濃淡、具材となる野菜や海鮮の種類や量も異なります。各店独自のしっかりした味も人気の秘密かもしれませんね。さらに温泉卵を具材と絡めながら豪快にいただくなど、まさに小浜温泉ならでは食べ方でちゃんぽんを味わうこともできるのです!    これから寒くなってきますが、小浜の「温泉」と「ちゃんぽん」で、全身あったまりに出かけてみませんか! 詳細情報 詳しい内容は、小浜温泉観光協会にお問い合わせください。   小浜温泉観光協会 〒854-0514 長崎県雲仙市小浜町北本町14-39 TEL:0957-74-2672 FAX:0957-74-2884     関連URL: http://www.obama.or.jp/
  • 小浜歴史資料館 2014年03月27日
    小浜歴史資料館
     小浜歴史資料館は、築160年の本多湯太夫(ゆだゆう)邸跡を歴史的文化遺産として保存・活用しています。  「本田湯太夫」の歴史や功績を紹介する湯太夫展示館と、小浜の歴史や交通、温泉を紹介する歴史資料展示館の2つの施設にわかれています。  小浜温泉の歴史を詳しく見てみよう! 本多家の門  1871年(明治4)、島原城の城門のうちのひとつを本多家が買い受け、現在地に移し建てたものです。  1624年(寛永元)に完成した島原城は、安土桃山式城郭建築の粋を集めた城で、本多家が買い受けた城門は、田町門か先魁門のどちらかではないかといわれています。 湯太夫の歴史、湯太夫展示館  本多家初代の親能(ちかよし)は、1614年(慶長19)に三河から小浜にやってきました。島原藩主・松平忠房から温泉の取り締まりと管理を命じられ、親能の三男・親次(ちかつぐ)を初代湯太夫とし、本多家は代々湯太夫を引き継ぎました。  9代目西男(にしお)は、温泉場の発展のために自費で埋め立て工事を行い、交通網の整備し、湯せんぺいや小浜焼など名産品の開発にも力を注ぎ、現在の小浜の発展を築きました。  湯太夫展示館には、本多家湯太夫の歴史や本多家に伝わる品々をはじめ、小浜焼などが展示されています。小浜焼は、1902年(明治35)に本多親基(ちかもと)が陶器類の製作を手がけたことから始まり、わずか2代で途絶えたものです。  また9代目西男は、長崎の豪商・小曽根乾堂(こぞねけんどう)の子・星海(せいかい)と親交があり、彼が西男に宛てた手紙なども展示されています。 歴史資料展示館  歴史資料展示館に入ると、昭和時代を思い出させるようなレトロな雰囲気に包まれます。つい懐かしくなるような看板などを見ていると、同時に楽しさもこみ上げてきます。  1920年(大正9)には温泉軽便鉄道、翌年には小浜鉄道株式会社が創立され、1938年(昭和13)に解散するまでの歴史や、小浜温泉にゆかりのある人物などが紹介されています。小浜鉄道にまつわる品々も展示されおり、鉄道好きでなくともついつい夢中になって見はまってしまうかも! 源泉・さむらい小屋  施設内には、1944年(昭和19)に掘られた源泉もあります。現在では、源泉温度・湯量が日本一といわれる小浜温泉の温泉熱を活用してバイオディーゼル燃料を製造する施設もつくられています。家庭や飲食店等で発生する使用済みの食用油を化学反応によって粘性や引火点を低くして、ディーゼルエンジンで使用できるようにした燃料です。  また敷地内には、弘化年間(1844〜1848)に島原藩の藩士に貸していたといわれる「さむらい小屋」が復元されています。    2010年(平成22年)2月、小浜歴史資料館から徒歩で2、3分のところに日本一長い足湯「ほっとふっと105」がオープンしました。風情ある町並みを眺めながら、小浜の湯と歴史を堪能してください。 小浜歴史資料館 長崎県雲仙市小浜町北本町923-1 地酒屋 湯町酒屋前 TEL:0957-75-0858    [営業時間] 9:00〜18:00(最終入館17:30) [休館日] 月曜日(定休日が祝日の場合は翌日休)  [入館料] 100円(小学生以下無料) [駐車場] 10台