長崎は「知の都」だった

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長崎県企画 旅する長崎学


近代化ものがたり編I「長崎は『知の都』だった」


鎖国時代、長崎の出島は、海外の学問・文化・技術などがもたらされる窓口でした。長崎のまちは、若き志士たちが集まる学園都市として活気に溢れ、のちの近代化を担う人物を数多く育てました。「長崎蘭学」が日本の学問をリードし、海軍伝習所、医学伝習所、英語伝習所などが開校し、教科書に登場する歴史的な有名人たちも数多く長崎へ遊学しています。また、現代の情報社会の礎となる印刷、写真、新聞の原点も長崎にありました。

旅する長崎学7 近代化ものがたりI 長崎は「知の都」だった 目次

[巻頭特集]近代夜明け前の「長崎遊学者」群像
第1章「長崎蘭学」が日本の学問をリードした
●人物伝 オランダ通詞の私塾編
第2章 「ドゥーフ・ハルマ」が近代化の導火線に
◆寄稿 宮坂正英「青雲の都 長崎独特の"教育システム"」
第3章 シーボルトのもとに全国の若者が集まる
●人物伝 鳴滝塾編
○美術館 川原慶賀
◆寄稿 山口隆男「シーボルトの植物研究と門人たち」
[特集2] 長崎の伝習所が日本近代化の羅針盤だった
第1章 海軍伝習所でオランダ人教師が教えていたこと
●人物伝 海軍伝習所編
○散策 幕末の志士 坂本龍馬と長崎
第2章 三菱造船の原点 長崎製鉄所
第3章 産声を上げた近代医学 医学伝習所
●人物伝 医学伝習所編
◆寄稿 相川忠臣「ポンペは誠実な人柄と情熱で成功した」
第4章 進む国際化 英語伝習所と致遠館
●人物伝 英語伝習所編
○コラム 英語伝習の基礎をつくった外国人とおらんだ通詞の交流
○マップ 偉人たちの足跡をあるく-伝習所編
[特集3] 近代化の礎をリードした長崎の先賢
第1章 近代活版印刷の始まり 本木昌造
第2章 化学者にしてカメラマン 上野彦馬
○写真館 上野彦馬
第3章 新聞の夜明けをリード 福地桜痴(源一郎)
●人物伝 長崎県出身者編

[付録]
■近代化を支えた外国人たち
■ひと目でわかる全国の「長崎遊学者」統計
■資料館めぐり

 

巻頭特集 特集2
[巻頭特集] 近代夜明け前の「長崎遊学者」群像
  「大志を抱く青年は、青雲の都「長崎」をめざした。出島をとおして外国から入ってくる新しい知識や学術、文化の受け皿としての役割を果たした長崎は、若者を吸引する力をもっていた。近代化の学校としての機能をもっていた長崎の姿を見ていく。
[特集2]長崎の伝習所が日本近代化の羅針盤だった
  19世紀、幕府は欧米列強の東アジア進出に伴う圧力に対して国防強化の必要性に迫られ、長崎には「海軍伝習所」が設置された。軍医の専門分野は独立して「医学伝習所」へと発展。さらに諸外国との交渉のため、語学を習得する「英語伝習所」も設けられた。
特集3
[特集3]近代化の礎をリードした長崎の先賢
  幕末の長崎。出島から差し込む異国の光は、やがて日本を明治維新へ導く灯台となり、近代化の行く手を照らす探照灯ともなった。全国から集まってくる遊学者で活気に満ちあふれる長崎では、最新の情報をいち早く伝えるべく動き出した長崎人たちがいた。

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