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長崎みやげ話

  • よみがえる「出島和蘭商館跡」・出島 2010年12月08日
    よみがえる「出島和蘭商館跡」・出島
     鎖国時代、西洋に開かれた唯一の窓口として日本の近代化に大きな役割を果たした人工島「出島」。いま目の前にあるのは、復元された当時の水門です。現在は西側のメインゲートとなっていますが、当時はオランダ船の荷役作業の時にのみ開かれた門だそうです。2つの通り口があり、南側(右側)は輸入用、北側(左側)は輸出用と分けられていたそうです。    ここで当時の貿易に関する品々が運ばれていたと思うと、ドキドキしてきますね。早速出島の中に入ってみましょう! 出島の歴史  1636年(寛永13)、江戸幕府は、長崎に居住していたポルトガル人を収容して貿易を厳重に監視することやキリスト教の布教を禁止するために、長崎の有力な町人に命じて約1万5千平方メートルの人工の島「出島」を築きました。  1639年(寛永16)に幕府は、ポルトガルとの国交を断絶し、出島のポルトガル人を出島から国外へ追放しました。出島は一時的に無人の島となりますが、1641年(寛永18)に平戸のオランダ商館が出島に移転、これ以降1859年(安政6)までの218年もの間、出島は西洋に開かれた日本唯一の貿易の拠点として大きな役割を果たしました。    鎖国時代、日本がさまざまな海外文化や技術を採り入れた窓口でしたが、オランダ人にとっても同じでした。出島を通して、日本の文物や情報が西洋に伝えられました。出島は、西洋との国際交流の場としての役割も担っていた特別な場所だったのです。 復元ゾーン  出島西側には、復元施設10棟が建造されており、そのエリアを「復元ゾーン」とよんでいます。これら復元施設では、“日蘭貿易”と“出島での生活”をメインテーマとして、日蘭貿易の歴史や代表的な輸出入品を紹介する展示コーナーが充実しています。また商館員の暮らしぶりも再現されており、当時の出島をより詳しく知ることができます。  オランダ商館長の事務所や住居として使用されていたカピタン部屋は、出島の中で最も大きな建物でした。  1階は出島の歴史や生活に関する資料が展示されています。出島が誕生するまでの歴史からオランダ商館が廃止されるまでの日蘭貿易に関する資料が展示されていますので、まずはここから見ていきましょう。  2階は商館長の生活の様子が再現されています。奥には大広間があり、クリスマスを祝ったとされる「阿蘭陀冬至」の祝宴風景が再現されており、訪れた人々を魅了しています。また日本の役人や大名などが出島を訪れた際には、接待の場としてもカピタン部屋が使用されていたそうです。    ほかにオランダ商館の商館長次席(ヘトル)の住居や商館員たちの食事を作っていた料理部屋、オランダ船(一番船)船長や商館員の居宅であった一番船船頭部屋、主な輸入品のひとつだった砂糖を収めていた一番蔵、染料のための蘇木(そぼく)が収められていた二番蔵、三番蔵などが復元されています。また帳簿などの筆記を行うオランダ人の書記の長が住んでいたといわれる「拝礼筆者蘭人(はいれいひっしゃらんじん)部屋」では、出島から広がっていった蘭学が紹介されています。    これらの復元施設と資料をみていくと、長崎奉行をはじめ町年寄、出島乙名、オランダ通詞などの地役人(じやくにん)などこんなに多くの人々が出島に関わっていたということ、出島あるいは長崎が日本の歴史のなかで特別な場所であったことを再確認することができます。また、当時のオランダ商館の生活ぶりや出島に関わる日本人の仕事、日本人とオランダ人の風習の違いなど面白い歴史も知ることができ、ますます出島が面白く感じられます。 交流ゾーン  安政の開国後に建てられた石造倉庫である「旧石倉(考古館)」や、1903年(明治36)に長崎に在留する外国人と日本人の親交の場として建てられた「旧長崎内外クラブ」から東側を「交流ゾーン」とよんでいます。  旧長崎内外クラブの1階では、当時商館員らが遊んでいたビリヤードやカルタ、羽ペンで文字を書く事が体験できる体験展示室があります。修学旅行生にも人気で、グループで当時のビリヤードで遊ぶ姿がよく見られます。  また2階の展示コーナーでは、現在『出島シュガーロード展』が開催されており、砂糖食文化や貿易の歴史、砂糖の種類や解説などが展示されています。かつてこの出島で荷揚げされていた砂糖がどんな歴史を持ち、そして長崎からどんな道順で砂糖が国内に伝わっていったのかがよくわかります。この出島シュガーロード展は、2011年3月末日まで行われていますので、ぜひお越しくださいね。    東側ゲートの料金所も設置されている旧出島神学校は、1878年(明治11)に建てられたキリスト教(プロテスタント)の神学校で、現存する国内最古のものです。1階は企画展示室となっており、現在『龍馬と海と出島』展が開催されています。(2011年1月10日まで行われています) まだある出島の見どころ  復元施設によって、出島の歴史や当時の貿易の内容など深く知ることができますが、見どころはそれだけではありません。  一番蔵や二番蔵などの復元に関する技術にもご注目ください。建物の復元工事は、原則として伝統的な木造建築の技法によって行われました。木や竹・土などを使い、大工や左官の技術で本物の土蔵を復元できたのです。さらに調査・設計の段階からシンポジウムなどでその過程を報告し、工事現場も市民が見ることができるよう工夫され、現場をオープンにし、土壁に塗り込む蚊帳を市民が提供するなど復元作業に協力することで、市民参加も実現しました。復元までの過程や伝統的な技法の解説も必見です!    また出島では、発掘調査も行われています。この調査によって、本来の扇形の範囲や輪郭となる護岸の石垣と外側から垂直に打ち込まれた木杭なども発見されています。これらから、出島を補強する工法も紹介されています。そして海外へ輸出するために作られた国産陶磁器もたくさん出土しており、これらから輸出向け陶磁器の様式の変遷がわかり、当時西洋が求めていた陶磁器の様式も知ることができます。    このように整備が進む国史跡「出島和蘭商館跡」は、ただ当時の出島を復元しただけでなく、日本の伝統技術の解説や発掘調査の内容も詳しく知ることができますので、歴史好きな人なら2時間は楽しんでいくことができる施設です。 出島の復元整備事業  出島は、明治以降、周辺の埋め立て工事が進み、1904年(明治37)に完成した第2期港湾工事によって、海に浮かぶ扇形の出島の原形はなくなり、市街地の中に埋もれてしまいました。  しかし、出島の歴史的価値を未来に残そうと、出島復元整備事業が展開されています。1996年(平成8)に、具体的な短中期計画と将来的な長期計画からなる復元整備計画が策定され、本格的な復元整備事業がスタートしました。2000年(平成12)から2006年(平成18)春までに10棟が復元・公開されていますが、短中期復元整備計画では、最終的に19世紀初頭の建造物25棟の復元や扇形をした出島の輪郭をあらわす周辺の石垣などの修復、史跡内にある明治期等の建物の整備活用に取り組むそうです。長期復元整備計画では、四方に水面を確保し、19世紀初頭の扇形の完全復元を目指します。国道の線形変更をはじめ市街地改造など大規模な作業となります。    相当な期間がかかることが想定されますが、実現するのが非常に楽しみですね。今後の出島の復元状況にもぜひ、ご注目ください。 出島 【開場時間】  8:00〜18:00(年中無休)  ・最終入場は閉場の20分前までです  ・期間によって時間延長があります。 【入場料】 ・大人:500円(15人以上で400円) ・高校生:200円(15人以上で120円) ・小・中学生:100円(15人以上で60円) ※障害者手帳(身体障害者手帳・療育手帳・精神障害者保健福祉手帳)所持者及び介護者1名と健康手帳所持者(60歳以上)は半額で入場できます。 【お問い合わせ】 出島総合案内所 〒850-0862 長崎市出島町6番1号 TEL・FAX:095-821-7200   URL: http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/dejima2/
  • 遣唐使気分で対馬へ船旅 2010年11月24日
    遣唐使気分で対馬へ船旅
     対馬へは、福岡や長崎の空港から直接飛行機を利用して行く方法が一番早く到着する手段なのですが、今回は船旅で対馬へと渡ってみました。  0時15分(出発時間は変更があります)に博多埠頭を出発し、対馬(厳原)へ行くフェリーがあります。  深夜のうちに博多を出て、壱岐(芦辺または郷ノ浦)で停泊し、朝5時頃には厳原に到着するというコースです。これは、7世紀の遣隋使、遣唐使が朝鮮、中国を目指して渡っていた北路コースにも似ていますね。  日本から朝鮮半島へと飛び石のように位置する壱岐と対馬は、古代より日本の使節が朝鮮半島や中国大陸に向かうための寄港地として重要な役割を果たしていました。今、その遣唐使たちと同じ航路を進んでいると思うと、太古のロマンを感じずにはいられません。  船内2等では、特に座席などはなく、ゴロンと横になれる広いスペースがあります。毛布は一枚50円で借りられます。他の搭乗者は何度も利用しているのか、先に場所を確保し、それから毛布を借りにいくという手慣れた動きです。  博多埠頭を発つと、しばらくして船内の明かりは暗くなります。ほとんどの乗客は眠りにつきはじめました。気づくとフェリーのエンジン音とフェリーに激しくぶつかる波の音だけが聞こえ、遣唐使たちが進んだ海にいることを改めて感じることができます。そのままフェリーは夜の航路を進み、壱岐の芦辺で一度乗客を降ろし、厳原へ向けて再び出発します。  厳原に到着したのは午前4時45分でした。 フェリーに車を乗せた人や地元で近くの人々はこの時間にフェリーをおりますが、私みたいな旅人は、レンタカーが迎えに来る午前7時まではこの船内に寝たまま待つことができます。(さらに寝坊してしまうと船員の方々が起こしにきてくれますが時間がぎりぎりで余裕がなくなるので注意しましょう)  朝日を浴びながら、厳原港やフェリーを眺め、対馬にいることを実感していると、レンタカーのお迎えが港に到着。レンタカー手続きを終えたら、早速対馬を満喫のドライブへ!  帰りも同様にフェリーを利用しました。15時25分に厳原を出発するフェリーに乗り、18時前に壱岐の郷ノ浦に停泊し、20時過ぎに博多に到着するというコースです。厳原に向かう航路では深夜でしたが、帰りはまだ明るいため、対馬海峡の荒波を間近で見たり、壱岐島の島影もフェリーから確認できます。  日本に帰ろうとしていた遣唐使たちも、壱岐の島が見えてくると安心したことでしょう。郷ノ浦港、そして博多が窓の中で小さく見えてくると船で旅をしているという実感がこみ上げてきます。険しい山々が目立つ対馬の島と比べ、今度は平べったく起伏が少ない壱岐の島、島々の様子を見ながら進む船旅もなかなかいいものです。  飛行機であっという間に目的地に着くことも大事ですが、ゆっくりと旅を思い出しながら進む船旅というのもいいものですよ。 詳細情報 掲載した船旅では、九州郵船のフェリー(博多〜壱岐〜対馬)を利用しました ●博多埠頭 博多港 TEL:092-281-6636 ●壱岐(芦辺港) TEL:0920-45-3011 ●壱岐(郷ノ浦港) TEL:0920-47-0003 ●厳原港 TEL:0920-52-0793   関連URL: http://www.kyu-you.co.jp/
  • 長崎県立対馬歴史民俗資料館 2010年11月10日
    長崎県立対馬歴史民俗資料館
     格式ある10万石の城下町の風景を残している厳原。対馬市役所から2、3分歩いたところに、長崎県立対馬歴史民俗資料館があります。  大陸にもっとも近い国境の島・対馬は、その地理的条件から日本と大陸との文化交流の重要な拠点でした。この長崎県立対馬歴史民俗資料館には、大陸との文化交流を実証する考古資料をはじめ、中世から近世にかけての古文書など貴重な歴史・文化遺産が数多く残されています。  早速、館内へ入ってみよう! 朝鮮半島との交流  古来より対馬の文化は、朝鮮半島ぬきには考えられません。対馬島内のあちこちの遺跡から発掘された遺物のなかからは、朝鮮半島からもたらされた土器が数多く発見されており、古くから朝鮮半島との交流があったことを物語っています。またこの資料館では、朝鮮通信使に関する資料も充実しています。日本と朝鮮の修交を目的として派遣された通信使の行列の様子がわかる絵巻など貴重な資料をみることができます。 宗家文庫史料  鎌倉時代中期から幕末まで約600年にわたって対馬を治めてきた宗氏の資料も揃っています。江戸時代約230年の間に記録された対馬藩の記録や大名道具などの「宗家文庫史料」が保管されています。この史料は江戸期の日朝外交を支えた対馬藩の歴史がよくわかる貴重な史料です。 その他見どころ  江戸時代に韓国釜山にあった対馬藩の外交・貿易の最前線の場所、倭館を描いた「草梁倭館絵図」や伊能忠敬(いのうただたか)一行が測量に訪れたときに絶賛したという1700年(元禄13)完成の「元禄対馬国絵図」も収蔵されています。この絵図は、現在の対馬の衛星写真が側に展示され比較できるようになっていますが、当時の対馬の地図がどれだけ正確に描かれているかがよくわかります。  資料館のそばには、「誠信之交隣」と題した雨森芳洲(あめのもりほうしゅう)の顕彰碑や「朝鮮国通信使之碑」が建っています。資料館を下って国道382号とは反対方向に歩いて3分程度のところには、金石城跡や旧金石城庭園、李王家・宗伯爵家御結婚奉祝記念碑(りおうけ・そうはくしゃくけごけっこんきねんひ)、万松院などの史跡があり、対馬の歴史を知るうえでも貴重な場所です。また市役所前を通り、歩いて2、3分のところには西山寺があります。ここは景轍玄蘇(けいてつげんそ)がひらいた禅寺・以酊庵があったところです。以酊庵といえば、朝鮮との外交に関する往復文書を取り扱っていた場所でもあります。  対馬と朝鮮半島の歴史やこれまでの文化交流を想像しながら散策してみてはいかがですか? 長崎県立対馬歴史民俗資料館 長崎県対馬市厳原町今屋敷668-1 TEL:0920-52-3687 [開館時間] 午前9時から午後5時 [休館日] 12月28日〜翌年1月5日まで 毎週月曜日(祝日のときはその翌日) 資料点検整備期間(年1回10日以内) [入館料] 無料 URL: http://www.pref.nagasaki.jp/t_reki/
  • ほっとふっと 2010年10月27日
    ほっとふっと
     小浜歴史資料館から海辺を見渡すと、小浜マリンパークが見えます。そのマリンパークの先、海岸線に沿って長〜くのびる施設と湯けむり・・・。何だろうと思って近づいてみると、日本一長い足湯でした。  この施設は、平成22年2月22日、熱量日本一の小浜温泉にオープンした足湯「ほっとふっと105(いちまるご)」です。源泉も湯棚として足湯のすぐそばに公開されています。上から下にお湯が降りていく間に温度が下がって、足湯に到達する頃にはちょうどいいくらいの温度になっています。湯棚の裏には、蒸し窯が設置されており、無料で卵や野菜、魚介類などの食材を持ち込んで食べることができるのです。蒸す時に利用する竹かごも無料で借りることができます。蒸す目安時間も表示されていますので、蒸し上がるまでの時間を足湯で楽しむことができます。食材は用意しないといけませんが、足湯や蒸し窯などの施設利用はすべて無料です!ともだち同士やファミリーで楽しんでみてくださいね。    足湯施設では、腰掛け湯はもちろんですが、こんなに長い足湯なのでウォーキングができる場所もあります。  5分くらい足を浸けて腰掛けていると、お湯に浸かっている肌の部分が赤くなります。赤くなった足を見せあいながら楽しそうにしている家族やカップルのあたたかい笑い声も聞こえてきます。「ほっとふっと」という名称の由縁ですね。  奥の方に進むにつれ、温度はゆるやかに下がりますが、一番奥には、なんとペット用の足湯スペースがありました!これならペット同伴で足湯を楽しむことができます。愛犬との散歩コースも決まっちゃいそうですね。  多くの観光客の皆さんが利用していますが、地元の方々の利用も目立ちます。散歩や買い物、部活帰りに立ち寄るなど、夕方まで利用者がとにかく多い!! 人が集まるこの足湯は、観光客にとって、地元の方々とのコミュニケーションや町の情報収集にも役立ちそうですね。  この小浜温泉はもともと夕陽が美しいことでも知られています。足湯に浸かったまま、夕陽に癒されるのもすごく贅沢な過ごし方かもしれませんね。  すぐそばには露天風呂「波の湯 茜」があります。足だけでなく、全身暖まりたい方にはオススメです。満潮時は海面との差が20cmしかありませんので、打ち寄せる波の音を聴きながら海の絶景をゆったりと楽しむことができます。   ●波の湯 茜[利用料]  大人 300円 小学生以下 200円  [利用時間]  7:00〜19:00(荒天等の場合は入浴できません) ほっとふっと105(いちまるご) ほっとふっと105(いちまるご)は、小浜マリンパークの先にあります。公園の駐車場から湯けむりが見えますのですぐにわかります。 無料駐車場と有料駐車場があります。無料駐車場をご利用ください。   関連URL: http://obama.or.jp/
  • 小浜歴史資料館 2010年10月13日
    小浜歴史資料館
     小浜歴史資料館は、築160年の本多湯太夫(ゆだゆう)邸跡を歴史的文化遺産として保存・活用しています。  「本田湯太夫」の歴史や功績を紹介する湯太夫展示館と、小浜の歴史や交通、温泉を紹介する歴史資料展示館の2つの施設にわかれています。  小浜温泉の歴史を詳しく見てみよう! 本多家の門  1871年(明治4)、島原城の城門のうちのひとつを本多家が買い受け、現在地に移し建てたものです。  1624年(寛永元)に完成した島原城は、安土桃山式城郭建築の粋を集めた城で、本多家が買い受けた城門は、田町門か先魁門のどちらかではないかといわれています。 湯太夫の歴史、湯太夫展示館  本多家初代の親能(ちかよし)は、1614年(慶長19)に三河から小浜にやってきました。島原藩主・松平忠房から温泉の取り締まりと管理を命じられ、親能の三男・親次(ちかつぐ)を初代湯太夫とし、本多家は代々湯太夫を引き継ぎました。  9代目西男(にしお)は、温泉場の発展のために自費で埋め立て工事を行い、交通網の整備し、湯せんぺいや小浜焼など名産品の開発にも力を注ぎ、現在の小浜の発展を築きました。  湯太夫展示館には、本多家湯太夫の歴史や本多家に伝わる品々をはじめ、小浜焼などが展示されています。小浜焼は、1902年(明治35)に本多親基(ちかもと)が陶器類の製作を手がけたことから始まり、わずか2代で途絶えたものです。  また9代目西男は、長崎の豪商・小曽根乾堂(こぞねけんどう)の子・星海(せいかい)と親交があり、彼が西男に宛てた手紙なども展示されています。 歴史資料展示館  歴史資料展示館に入ると、昭和時代を思い出させるようなレトロな雰囲気に包まれます。つい懐かしくなるような看板などを見ていると、同時に楽しさもこみ上げてきます。  1920年(大正9)には温泉軽便鉄道、翌年には小浜鉄道株式会社が創立され、1938年(昭和13)に解散するまでの歴史や、小浜温泉にゆかりのある人物などが紹介されています。小浜鉄道にまつわる品々も展示されおり、鉄道好きでなくともついつい夢中になって見はまってしまうかも! 源泉・さむらい小屋  施設内には、1944年(昭和19)に掘られた源泉もあります。現在では、源泉温度・湯量が日本一といわれる小浜温泉の温泉熱を活用してバイオディーゼル燃料を製造する施設もつくられています。家庭や飲食店等で発生する使用済みの食用油を化学反応によって粘性や引火点を低くして、ディーゼルエンジンで使用できるようにした燃料です。  また敷地内には、弘化年間(1844〜1848)に島原藩の藩士に貸していたといわれる「さむらい小屋」が復元されています。    2010年(平成22年)2月、小浜歴史資料館から徒歩で2、3分のところに日本一長い足湯「ほっとふっと105」がオープンしました。風情ある町並みを眺めながら、小浜の湯と歴史を堪能してください。 小浜歴史資料館 長崎県雲仙市小浜町北本町923-1 地酒屋 湯町酒屋前 TEL:0957-75-0858    [営業時間] 9:00〜18:00(最終入館17:30) [休館日] 月曜日(定休日が祝日の場合は翌日休)  [入館料] 100円(小学生以下無料) [駐車場] 10台
  • 島原城 2010年10月13日
    島原城
     島原城は、1624年(寛永元)、松倉重政(まつくらしげまさ)が7年の歳月をかけて築いたものです。安土桃山期の築城様式を取り入れた壮麗な城でした。以来、松倉氏、高力氏、松平氏、戸田市、再び松平氏と4氏19代の居城として輝きました。  明治の御一新で、城壁だけを残して解体されてしまいましたが、島原市民の支援もあり、現代に復元された島原城は、観光スポットとして人気を集めています。  さっそく天守閣に行ってみよう! 現在の島原城  復元事業によって、1960年(昭和35)にまず「西の櫓」が、続いて1964年(昭和39)には「天守閣」が再び姿をあらわしました。このとき館内を資料館として整備し、収集した史料を「キリシタン史料」「郷土資料」「民俗資料」と各階ごとに分けて公開しました。  1972年(昭和47)には「巽(たつみ)の櫓」が復元され、郷土出身者で文化勲章受賞者である北村西望(きたむらせいぼう)氏の彫塑を展示した「西望記念館」が開館しました。  さらに1996年(平成8)、敷地内に「観光復興記念館」も開館しました。    天守閣の1階では、キリシタン関係の資料や文物を中心とした「キリシタン史料」コーナーとなっています。島原の乱にまつわる貴重な史料も数多く展示されています。  2階は「郷土資料」。島原城関連の文物を中心に、松平家の家宝や太刀、数々の藩主に関連した史料を見ることができます。なかでも島原藩では医学が進歩しており、当時おこなわれた人体解剖の際に描かれた解剖図も、貴重な史料として展示されています。  3階には、郷土の庶民生活に関する「民俗史料」が展示されています。当時の庶民の生活に関わる史料をはじめ、島原で製作されてきた眉山焼などが展示されています。  日本国内の城の紹介や祭事の写真などが紹介されている休憩室と観光・物産コーナーをあがると、島原の街並みを360度パノラマで眺めることができる天守閣・展望所があります。島原の街並みはもちろん、平成の雲仙普賢岳噴火災害によって形成された溶岩ドーム「平成新山」や、遠くは熊本県まで見渡すことができます。 西望記念館・観光復興記念館・民具資料館  日本彫塑界の巨匠で、文化勲章を受賞した郷土出身の芸術家・北村西望氏の米寿を祝し、代表作品約60点を展示した施設「西望記念館」です。  作品を見てみると、人物の表情が実にいきいきとしており、いまにも動き出すんじゃないかと思うほどリアルな雰囲気を醸し出しています。  また有名な作品のひとつに「平和祈念像」がありますが、その原型や完成に至るまでの過程を知ることができます。  島原城を訪れるなら、この「西望記念館」もオススメですよ。お見逃しなく!!    「観光復興記念館」では、雲仙普賢岳噴火災害の歴史や実態の紹介をはじめ、島原の歴史や文化、観光名所などを映像や史料で紹介しています。1階の映像ホールでは、ワイドスクリーンで噴火活動の経過などを15分程度で上映しています。  この記念館を訪れると、島原のことをもっと深く知ることができます。    また「民具資料館」では、明治期から昭和にかけての暮らしが偲ばれる、懐かしい民具の数々が展示されています。 島原城の楽しみ方  島原城天守閣の入り口では、武士や町娘、忍者、坂本龍馬に扮し、歌ったり踊ったりしながら、入場者の方々を迎える姿が目につきます。観光客の方々に声をかけ、一緒に武士や忍者の衣装を着て記念写真を撮ってくれるんですよ。この演出を楽しまれる方も多く、一緒に写真を撮る方もどんどん増えているそうです。  大人用から子供用まで、武士や忍者の衣装が多数そろっており、無料で扮装体験を楽しむことができるようになっています。この演出も島原城での思い出づくりのひとつとして、ぜひ体験してみてくださいね。 (財)島原城振興協会 長崎県島原市城内1丁目1183-1 TEL:0957-62-4766 [開館時間] 午前9時から午後5時30分 [入館料] 大人520円、小中高生260円、団体(30人以上)は個人の2割引 [駐車場] 一般車両310円、大型バス1,050円、小型バス520円 URL: http://www.shimabarajou.com/
  • 電気自動車を体験しました! 2010年09月29日
    電気自動車を体験しました!
     2010年7月、五島地域に電気自動車のレンタカー100台が導入されました(長崎EV&ITSプロジェクト事業)。軽自動車なのに静かで力強く、1800cc ガソリン車に匹敵するほどのパワーを発揮。乗り心地も抜群とのこと!  このニュースを聞いて、五島旅行の足として早速レンタカーを手配しました。  エコで快適な五島観光はどんな感じかしら、初めての電気自動車にワクワクしながら、五島の旅へと出発です!  予約しておいたレンタカー営業所へ行くと、電気自動車が用意されており、エンジンのかけ方や充電方法、メータの見方などを教えてくれました。うわさどおり、エンジンは驚くほど静かで、ガソリン車のような音も振動もない。「えっ、これでエンジンが始動してるの?」という感じです。  乗り心地もよく、運転操作に関しても全く問題ありませんでした。むしろ静かすぎて、背を向けている歩行者は車が近づいていることに気づかないのでは、と心配になるくらいでした。注意して運転しましょうね。  残りの走行距離が20kmをきると、そろそろ充電のタイミング。急速充電場所を探さなければなりません。充電器は、観光地や市の施設などに設置されていますし、もちろん充電器設置マップが車内にありますので、ダイジョウブ。充電の方法についても、車内にわかりやすい手順書がついていますので、困ることは一切ありませんでした!  ただ急速充電といっても、1回充電するのに20分ぐらいかかります。個人的にはもっと短い時間で充電できるといいなと思いましたが、買い物や食事の時間をうまく使うと20分もあっというまです。  カーナビには、観光地や教会などが登録されており、音声でナビゲートしてくれますので、運転手にとっては非常に心強いパートナーとなってくれます。    ちょっとご用心! 電気自動車なので半ドアなどで無駄に電気を消耗すると後でコワイ目にあうのでご注意ください。    五島市・新上五島町を旅するなら、電気自動車レンタカーをぜひ利用してみてください。 【長崎EV & ITS(エビッツ)とは?】 長崎県では、電気自動車(EV)と次世代型カーナビ(ITS)を連動させた未来型ドライブ観光モデルの開発により、世界遺産候補の教会群を有する五島地域を先進的なエコな“しま”としてアピールすることで、地域の活性化を目指しています。 長崎県産業労働部 EVプロジェクト推進室 お問合わせ先 TEL:095-895-2691 FAX:095-895-2579   関連URL: http://www.pref.nagasaki.jp/ev/ev&its/
  • 道の駅「遣唐使ふるさと館」を体験してきました! 2010年09月29日
    道の駅「遣唐使ふるさと館」を体験してきました!
     「遣唐使ふるさと館」は五島市にある“道の駅”で、遣唐使の時代を知ることができるスポットとしても知られています。遣唐使や万葉集をテーマとした歴史に関する資料の展示や映像があり、子どもから大人までわかりやすく学ぶことができます。  お楽しみはそれだけではありません。五島の海の幸・山の幸をたらふく味わえるバイキングレストランや特産品の販売などもチェッーク!!  展示コーナーでは、万葉集に掲載されている三井楽を読んだ歌などをピックアップして紹介しています。  「万葉シアター」(有料)では、2本の作品を鑑賞することができます。万葉集の「筑前国志賀(ちくぜんのくにしか)の白水郎(あま)の歌十首」で、山上憶良(やまのうえのおくら)が詠んだという歌をテーマにした『行きし荒雄ら』。そして、三井楽で別れを惜しみつつ旅立つという歴史をもとにした感動のオリジナル作品『遣唐使ものがたり』です。  五島が、日本の中でどんな位置にあり、歴史的にどんな役割を担っていたのか、また、当時の遣唐使たちが命がけで大陸と行き来していた姿がよくわかりますよ!   【万葉シアターについて】  ■上映時間:約28分  ■料金   一般:大人300円 小人200円   団体:大人250円 小人150円(団体は15名様以上)  旅の途中で立ち寄る方には、お土産や食事処としてもチェックしてほしいです。  五島列島の海の幸・山の幸をはじめ、椿油やご当地グッズなどの人気商品がズラリと並ぶ販売所は充実の品揃えでオススメです。  また、地元の食材・調理法にこだわった郷土料理のバイキングも人気です。特産品の五島うどんはもちろん、五島近海で穫れた新鮮な魚や水産加工品を使った料理をレストランで味わえます。大人ひとり1,050円で食べ放題!このバイキングは観光客だけでなく、地元の人々にも大好評なんです。  いい匂いにさそわれて、しっかり食べてきましたよ。五島でとれた魚や野菜などをはじめ、いろいろな料理が用意されていました。魚はもちろん新鮮でどれも美味しく、ぷりぷりの歯ごたえでした。  郷土料理もバラエティに富んでいて、見ているだけでも楽しい! カレーライスは、ビーフカレーと海鮮カレーと甘口カレーの3種類があって、海鮮カレーには何と肉の代わりに角切りの蒲鉾が入っていました! カレーに蒲鉾かと、ちょっとビックリしましたが、噛むほどに口の中で風味が広がって美味し〜い。これなら子どもでも喜んで食べられるカレーです。  また、白身魚を濃いめの味噌で煮込んだ漁師鍋や、穫れたてのカボチャコロッケ、山菜の天ぷらなど、五島市の海の幸・山の幸を十分に堪能できました。(メニューは季節によって変わることがあります。)  リーズナブルで大満足のバイキングでした!!ごちそうさま。  「遣唐使ふるさと館」の入口左側には、電気自動車レンタカーの急速充電施設も整備されています。電気自動車レンタカーご利用の方は、充電しながらゆっくり楽しんでください。 道の駅 遣唐使ふるさと館 五島市三井楽町濱ノ畔3150-1 ■開館時間:9:00〜18:00 ■休館日:年末年始 ■レストラン  ランチタイム:11:30〜14:00  ディナータイム:18:00〜20:00 ■問合せ先 株式会社 みいらく万葉村  TEL:0959-84-3555  FAX:0959-75-1021   関連URL: http://www.kentoushi-furusatokan.jp/
  • バラモン朝市でお買い物♪ 2010年09月29日
    バラモン朝市でお買い物♪
     福江港近くのカンパーナホテルの向かい側で、毎日のように開かれているのが「バラモン朝市」。蒲鉾やカツオの生節、アジの開きや乾燥アオサなど、五島近海で獲れる新鮮な水産加工品をはじめ、五島手延うどんやかんころ餅、椿油、農産物、バラモン凧といった様々な特産品が販売されていました。  どれも美味しそー!朝市ならではのリーズナブルなお値段も魅力です♪  五島の特産品が安く手に入ることも嬉しいですが、販売している地元の方との交流も楽しみのひとつなんです。  製法や美味しい食べ方などを教えてもらいました。五島弁のアクセントがほのぼのとあたたかく、なんだか時間がゆっくりと過ぎていくような感じがしました。というより、話が弾んで時間がたつのも忘れちゃった!  ご当地情報を得たい方にも、このバラモン朝市はオススメですよ。  五島を訪れた際は、ちょっと早起きしてバラモン朝市に出かけてみてはいかがでしょうか。 バラモン朝市 開催時間:6:00〜8:00 ※水曜日はお休みです   問合せ先(テル鮮魚店) TEL:0959-72-7060
  • 五島観光歴史資料館 2010年09月15日
    五島観光歴史資料館
     長崎県の西部“五島列島”の南西部に位置する五島市。今回は、「お城かな?」と見間違うような外観の建物『五島観光歴史資料館』に行ってきました!  五島観光歴史資料館は、1989年(平成元)、江戸時代最後の築城となった福江城(石田城)跡に開館。この資料館の場所は、福江城跡・二の丸の位置にあたるそうです。周りの石垣は、福江城の築城当時のものがほぼそのまま残っているので、風情ある景色がいたるところで目にできます。  現在、福江城跡の敷地には、資料館のほかに県立五島高校、文化会館、図書館が立ち並び、五島市の文化ゾーンといったところかな! こんな環境にある資料館って、うらやましいね。  早速、五島観光歴史資料館に入ってみよう!  五島観光歴史資料館では、郷土の歴史や文化遺産の紹介をはじめ、古代から現在までの五島の姿がわかるように展示されています。五島の観光名所や祭りについても知ることができます!  1階には、五島の自然や史跡、観光スポット、特産品の情報がわかる観光検索・ガイドコーナーがあり、「自然ゲーム」「歴史ゲーム」など子どもも楽しみながら、五島の歴史に触れることができます。その先にはハイビジョンシアター、そして、歴史や民俗に関する古文書・図書を収蔵している資料研究室があります。  通路には、五島市の今と昔がわかる写真パネルが展示されており、1962年(昭和37)の福江大火以前の様子など貴重な写真も見ることができます。(季節によって展示替えをしています)  2階は、古代から江戸時代までの五島市を知ることができるフロアです。展示物に映像を交え、より深く知ることができます。五島列島のなりたち、弥生時代の遺跡・遺物、遣唐使に関する資料や映像、キリシタン文化・教会、五島氏の歴史など、このフロアだけでも十分満足できるほどの資料が揃っています。    遣唐使・倭寇コーナーの映像は、日本と大陸とをつなぐ位置にあった五島列島の歴史を知る意味でも是非とも見てほしいです! また200年以上前に黄島の庄屋に寄宿した僧がもっていたといわれる弘法大師作の仏像手形、五島藩8代藩主・五島盛運(もりゆき)〜9代藩主盛繁(もりしげ)の時代に絵師として仕えた大坪玄能に関する資料など、見ごたえありです。    館内では、映像資料が充実しています。パネルの文字を読む時間がなくても、映像を観ていくだけでもよくわかりますよ!  3階は民俗・芸能、捕鯨、農耕に関する資料が揃っています。このフロアで目を惹くのが、「五島の祭り」です。  五島市に伝わる民話や伝説を題材として、本土最北の青森から日本の西果て“五島”にネブタが導入されました。  また1月の第3日曜日に豊作・無病息災を祈願しておこなわれる「へトマト」の最後に現れる大草履も大迫力です。  圧巻なのは、思わず近寄って見入ってしまう「念仏踊り」(写真上から2番目)の衣装。もともと悪霊を追い払うための踊りですが、福江の「チャンココ(写真左と左から2番目)」は約800年の歴史があります。嵯峨島の「オーモンデー(写真真ん中)」はヨーデルのような口調に合わせて踊り、玉之浦の「カケ(写真一番右)」は鎧、兜をつけた姿が残り、富江の「オネオンデ(写真右から2番目)」は、腰みのを身につけ刀を差して踊ります。地域によって違いがあるのが実に面白い! 五島列島に息づいている念仏踊りは、南方系や大陸系を想像させるような独特の雰囲気があります。  大陸への果てしない旅路に向かう遣唐使の人々を見守り続けた歴史を持つからかもしれませんね。とにかく、五島市でしか見ることができない資料が揃っています。  またところどころに設置されている体験コーナーも楽しみのひとつです!3階の端では「チャンココ」衣装を着て記念写真を撮ることができます。死角になりそうな場所ですので、ぜひこっそりと・・・。はい、チーズ!! 五島観光歴史資料館 ■入館料 一般220円、高校・大学生170円、小・中学生110円 [団体(20人以上)の場合] 一般180円、高校・大学生140円、小・中学生90円 ■開館時間 1月〜6月:9:00〜17:00 7月〜8月:8:30〜18:00 9月〜12月:9:00〜17:00 ※入館は閉館時間の30分前までです ■休館日 12月29日〜翌年1月3日、12月1日〜4月30日の毎週月曜日  ■住所 長崎県五島市池田町1番4号 ■お問い合わせ:0959-74-2300    長崎県の西部、五島列島の南西部に位置する五島市。五島市の重要港湾として海の表玄関となっている福江港から、徒歩で5分程度です。   URL: http://goto-rekisi.jp/