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長崎みやげ話

  • 大村市立史料館 2010年08月11日
    大村市立史料館
     長崎県の中央部に位置する大村市、今回は市立史料館にやってきました! JR大村駅から徒歩3分ぐらいのところだよ。  1973年(昭和48)に開館。建物は1階が図書館、2階が史料館となっていて、大村に関する歴史資料を収集、保存、公開してるんだって。  収蔵資料の中には、古くから大村地方を領有していた大村家に関するものが多くあるそうです。日本初のキリシタン大名として有名な大村純忠(すみただ)の時代の南蛮貿易やキリシタン関係、天正遣欧少年使節の派遣といった中世の資料と、大村藩政に関わる近世の資料が充実しているということで、見どころを聞いてきましたよ。  「おいでよ!大村市立史料館へ!!」 大村純忠とキリシタン  近年では、大村純忠とキリシタンの時代が、大村の歴史の中でも特徴的な時代であることから、調査・収集・展示が進んでいるといいます。  展示室には、「南蛮屏風(複製)」が展示されており、当時の南蛮貿易の様子がより具体的にわかります。屏風の中を隅々まで見てみると、当時どんな動物が日本にやってきたのかなどもわかり、歴史の面白い一面を見ることができます。来館した際は、ぜひ見てみてください。  県指定有形文化財にも指定されている大村出土のメダリオン「無原罪の聖母」、「大村市原口郷出土のキリシタン墓碑」など南蛮美術・文化に関わる資料が、展示されています。大村とキリスト教の深い関係を、ぜひ感じてみてください。 充実した大村家資料  収蔵庫にある「大村家史料」には、藩主大村家に残る古文書・書画などが保管されています。この中には、藩政一般から対幕府などの対外関係資料や大村家・大村藩の由緒、事績に関わるものなど多岐にわたって良好な資料として保存されているのが特徴です。  藩政日記「九葉実録」、藩政史料編纂物「見聞集」、藩士家系図「新撰士系録」は、長崎歴史文化博物館に収蔵されている大村藩総合調査書「郷村記」と併せて、藩政の詳細や藩主・藩士の履歴までも体系的に調べることができる貴重な資料です。  また中世末期の大村純忠から第3代藩主大村純信まで仕えた家老・大村彦右衛門がまとめた「彦右衛門文書」では、潜伏キリシタン発覚事件を契機とした宗教統制、長崎貿易・異国警固に関する文書があり、大村藩政確立期の史料として極めて貴重です。  これらの資料を目当てに来館し、大村の歴史を調べる方が少なくありません。 松田穀一南蛮文庫  館内には、故松田穀一先生の蔵書を譲り受け、松田穀一南蛮文庫が開設されています。故松田穀一先生は、戦国期の対外交渉史や南蛮文化研究の第一人者で、先生の著作をはじめ、南蛮、キリシタンなどの書籍約3500冊とその時代の研究資料、調査記録写真などが保存されています。  特に「フロイス日本史」は、先生自ら世界各地に分散する写本をマイクロフィルムに収め、世界で初めて一つの書籍にまとめたもので、世界的にも貴重な資料といえます。この資料を基に日本語翻訳されたものが、戦国時代の研究に欠かせない資料となり、松田先生の最も代表的な業績のひとつになっています。また現在では入手が困難な貴重な資料135冊が、この松田穀一南蛮文庫にあるといいます。いまなお多くの研究者が、この松田穀一南蛮文庫を訪れるそうです。  史料館に隣接し、天正夢広場があります。人々の憩いの場となっている広場中のモニュメントには、時間ちょうどになると、オリジナルの音楽が鳴り、時計の上の石の扉が開いて天正遣欧少年使節の4少年が登場するというからくりが設定されています。これは日本に戻って豊臣秀吉に謁見した際に、少年たちが秀吉の前で演奏した時の様子を表したものだといわれています。どんなからくりで動くのか、石の扉から出てくる姿を、ぜひあなたの目で確かめてみてください。 大村市立史料館 ■入館料:無料 ■開館時間:10:00〜18:00 ■休館日:毎週月曜日、祝日、毎月25日、年末年始、春季整理期間(3月の2週間程度)その他管理のための臨時閉館あり。 ※毎月25日の休館日が月曜日にあたる場合は、翌火曜日も休館日となります ※祝日が月曜日の場合は、前日の日曜日も休館日となります ■住所 長崎県大村市東本町481 ■お問い合わせ:0957-53-1979
  • 三川内焼 2010年07月28日
    三川内焼
     1598年(慶長3)、平戸領主・松浦鎮信(法印)は、豊臣秀吉の朝鮮出兵から帰国する際に、朝鮮半島から巨関(こせき)ら陶工を平戸に連れ帰ってきました。巨関らは、やがて平戸島北部の中野地区の紙漉(かみすき)に窯を築きました。  後に針尾(はりお)島で網代(あじろ)陶石が発見され、本格的に白磁の製品作りに取りかかりました。三川内の皿山に役所を置き、そして木原と江永に出張所も設けられたといいます。  平戸藩の御用窯が置かれた三川内では、「美」を生み出す技術を追求することができました。高度な技術を持った陶工たちは、藩から手厚く保護されたそうです。 三川内焼の特徴  三川内焼の白さは、ほかの焼物にくらべて抜きん出ているといわれていますが、これは針尾島の陶石と天草石を混ぜて調合し、生み出された白さだといわれています。現在活躍している陶工の中にも、この陶石の調合にこだわって製作されている方も少なくありません。そして白いうつわの面に澄んだ青い色で描かれる独特の染付けも特徴のひとつです。  ご存知の方も多いと思いますが、楽しく遊ぶ中国の子どもを描いた唐子絵(からこえ)は三川内焼を代表する絵柄のひとつです。描かれた唐子には、藩の御止焼として厳しい制限もありました。唐子が7人の場合は、朝廷や幕府向け、唐子が5人の場合は大名向け、唐子が3人の場合は武士階級向けとして描かれたといいます。  陶工たちの技術の追求は、うつわの白さや、染付けだけに留まりませんでした。花瓶の耳や蓋物のつまみ部分などにほどこされた美しい細工や、透かし彫り、卵の殻のように薄く透き通るような白磁は、「卵殻手(らんかくで)」「薄胎(はくたい)」とよばれました。天保年間には池田安次郎が厚さ1mmほどの器を製作しました。その器は主にコーヒー碗として海外へ輸出されて高い評価を受け、知られるようになりました。  三川内焼伝統産業会館(三川内焼美術館)には、江戸期から明治までの古美術品と現代作品が、常時展示されています。三川内焼の素晴らしい作品が揃っており、匠の「技」と「美」を無料で観覧できます。またここでは、三川内焼の体験プログラムも行われています。ぜひ、参加してみてください。 みかわち焼体験プログラム  三川内では、以下のような体験プログラムが用意されています。   【三川内まち歩き】 三川内山の史跡や窯元を、ガイド付きで散策します。見学や買い物などご要望にも対応できます! ・所要時間:1時間〜2時間 ・体験料:500円〜5,000円 ※ただし3名以上で1団体(1,500)20名まで1団体とします。 ・予約:1週間前までに要予約   【透かし彫り体験】 生地を剣先で彫り透かす作業を体験できます。匠の世界を体験してみませんか? ・所要時間:約1時間 ・種類:ペン立て ・定員:150人 ・体験料:2,000円 ・予約:1週間前までに要予約 ・完成までの期間:約1ヶ月   【手捻り(てびねり)体験】 ろくろを使わない手捻りならではの、味のある器づくりを体験できます! ・所要時間:約1時間 ・定員:最大100人 ・体験料:1,000円 ・予約:1週間前までに要予約 ・完成までの期間:約1ヶ月   【絵付け体験】 素焼きの磁器に呉須(ごす)で絵付けする作業を体験できます! ・所要時間:約50分 ・種類:皿、マグカップ、湯のみ ・定員:最大200人 ・体験料:1,000円 ・予約:10名様以上の場合要予約 ・完成までの期間:約2週間   とても気軽に三川内焼にふれることができるのです! 絵付け体験  今回は、絵付けを体験してきました。まずは素焼きの状態のものの中から皿にするかマグカップにするか、湯のみにするかを決めます。そして以下の手順で絵付け作業を行います。 1.素焼きの焼き物に鉛筆で下書きをします。 鉛筆の色は、焼けたときに消えますが、強く描くと跡が残ることがありますので、力を抜いて下書きしましょう! 2.下書きした構図を呉須絵の具で線描きします。あまり同じところを何回も重ねて描くと焼きあがった時に、きれいな色に仕上がらないので注意が必要です! 3.線描きした絵に濃淡をつけます。水を含ませて、薄く重ね塗りして濃淡をつけます。本描きしたところを触ると、呉須がにじむので注意しましょう! 4.絵付けが終わったら預けます。   2週間後の仕上がりが楽しみです・・・。 世界でたったひとつの「三川内焼タビーナ」  体験から約2週間後、焼きあがったマグカップが届きました。  絵付けした素焼きのカップは本焼成され、大きさは素焼きの時より少し縮んで小さくなったような気がします。  色は思ったより薄い仕上がりとなりましたが、マイマグカップとして嬉しい一品です。世界でたったひとつの「三川内焼タビーナ」、これは貴重です!  今度は、違う絵柄でお皿が欲しくなってきました・・・。  皆さんも、旅の記念に・・・といわず定期的にマイ器作りはいかがですか?    三川内焼の伝統工芸は、現在三川内名工たちによって再現され、注目を集めています。窯元では、江戸時代の技術を追求しつつも、現代生活に取り入れやすくした新ブランド「NEO-MIKAWACHI」が開発されています。 その作品の一部は、三川内焼伝統産業会館でも観覧できますので、ぜひ足を運んでみてください。 三川内焼伝統産業会館(三川内焼美術館) 開館時間:9:00〜17:00 休館日:年末年始 TEL:0956-30-8080 三川内陶磁器工業組合でも体験プログラムの申込ができます。 TEL:0956-30-8311   【三川内焼イベント】 ●はまぜん祭り(三川内皿山周辺) 5月1日〜5月5日 窯元主催の陶器市で、一般の方も気軽に窯元とふれあえます。 ●三川内陶器市(三川内伝統産業会館前) 10月10日前後の5日間 平成22年度は、10月8日(金)〜10月12日(火)10:00〜16:00 (最終日は少し早く終わります) 名工たちの磨きぬかれた技に魅せられて、全国各地から陶器に親しむ人々が訪れ、賑わいます。ぜひお出かけください。
  • 松浦史料博物館 2010年07月14日
    松浦史料博物館
     うわぁー、平戸城が見えるね。松浦史料博物館は、平戸城や港、当時を偲ぶ風景を一望できる高台にあるよ。 1955年(昭和30)に開館した博物館で、松浦陞(すすむ)(如月(にょげつ))によって寄贈された松浦家伝来の貴重な資料等を中心に収蔵してるんだって。  すごく立派な建物は、もと鶴ケ峰邸と称して1893年(明治26)に建てられた当主の私邸だそう。現在は国の登録文化財にもなっていて、とっても趣がありました。  茶室や喫茶店で、ゆったりした時間を過ごすのもオススメ!  「おいでよ!松浦史料博物館へ!!」  館内には、松浦家に伝わる秘蔵品3万余点の内、約200点を展示しています。南蛮貿易に関する当時の品々や秀吉の切支丹禁制文、茶道などの品などがあります。  オランダ製で江戸時代に松浦清(きよし)(静山(せいざん))が長崎で購入した地球儀や天球儀、異国船絵巻、室町末期の作の紺糸威肩白赤胴丸 (こんいとおどしかたしろあかどうまる)など、貴重なコレクションも展示されています。北海道と大陸がつながって描かれている地球儀は、当時の世界地図の面白さも発見でき、楽しめます。  江戸時代に平戸から江戸まで40日ほどかかっていたといわれる「東海道並びに航路の海図」は、横に長〜く描かれた絵巻です。平戸から江戸までじっくりと描かれた貴重な資料で、見応えも十分です!  松浦清(きよし)(静山(せいざん))が綴った全編で278巻という膨大な著述書「甲子夜話(かっしやわ)」の原本は、松浦家より寄贈を受け、この博物館に大切に保管され、展示されています。  江戸時代のニュースや珍事件をはじめ、当時の様々な人々の生活ぶりが描かれています。本当に貴重な資料なので、ぜひ見てほしいと思います。    館内で記念撮影できるコーナーがあります。 兜などを自由に試着して、松浦党になりきってみましょう。 平戸藩の明治維新  また、特別展覧会『平戸藩の明治維新』が開催されています!!  幕末の平戸海峡防備のための砲術や、砲術にともなう平戸藩の鋳造技術の発展と近代化、吉田松陰の平戸遊学、戊辰戦争に関する資料など、幕末の平戸藩がよくわかる企画展です。ぜひともご覧ください。   ●開催期間:2010年5月1日(土)〜2010年12月28日(火) ●入場料:大人500円 高校生300円 小・中学生200円 ●主催:平戸市・財団法人松浦史料博物館 ●開館時間:8:00〜17:30/8:00〜16:30(12月のみ) 閑雲亭(かんうんてい)  平戸藩最後のお殿様が建てた茶室・閑雲亭(かんうんてい)。台風によって崩壊したため復元されました。元禄時代、松浦鎮信(しげのぶ)(天祥(てんしょう))によって始められた武家茶道・鎮信流(ちんしんりゅう)。閑雲亭は、今に受け継ぐ門人たちの稽古道場となっており、茶道体験もおこなわれています。 詳しくは、博物館へお問い合わせください。 眺望亭(ちょうぼうてい)  1997年(平成9)、博物館の敷地内にオープンした喫茶ミューゼアム「眺望亭(ちょうぼうてい)」です。外観は純和風の倉造りになっていますが、中に入るとアンティークな家具や調度品が並び、西欧の雰囲気に包まれます。少し時間をとって、景色を楽しみながらのティータイムを過ごしてはいかが?  ここでしか手に入らないオリジナルグッズも販売されています。 松浦史料博物館 ■入館料 個人:大人500円 高校生300円 小・中学生200円 団体:大人400円 高校生240円 小・中学生160円 身障者(個人):大人90円 高校生50円 小・中学生 40円 身障者(団体):大人80円 高校生40円 小・中学生 20円 ※団体割引は30名様以上、一括購入のみ適用です ※身体障害者割引は、証明書が必要です ■開館時間 8:00〜17:30  8:00〜16:30(12月のみ) ■休館日 年末年始のみ(12月29日〜1月1日) ■問合先 0950-22-2281    博物館の入口の近くには、無料で楽しめる手足専用の「平戸温泉うで湯・あし湯」があるので、疲れたらここでひと休みして、それから平戸市内を散策してはいかがでしょうか。平戸温泉は、神経痛ややけどにも良いナトリウム炭酸水素塩泉です。(利用時間8:00〜21:00) URL: http://www.matsura.or.jp/
  • 長崎歴史文化博物館 2010年06月16日
    長崎歴史文化博物館
     長崎歴史文化博物館を訪ねました。ここは、約400年にわたる長崎貿易に関する貴重な資料が収蔵され、オランダ・中国・朝鮮などとの多彩な海外交流を知ることができる博物館なので、長崎観光の前にチェックしておくと、より深い旅に役立つかも。  館内には歴史文化展示ゾーン、長崎奉行所ゾーン、企画展示室のほか、長崎歴史情報コーナー、資料閲覧室、伝統工芸体験工房、ミュージアムショップ、レストランがあって、じっくり見るなら一日中楽しめます。  なんとここには、かつて長崎奉行所立山役所があったんだって。博物館建設時の発掘調査で、当時の石段や井戸、庭などの遺構が出土したので、それらを活かして一部を復元したそう。長崎奉行所ゾーンには、奉行所の成立や変遷の歴史や出土品の展示、奉行所の職務や歴代長崎奉行の紹介、犯科帳など貴重な資料が公開されていて、とっても面白かったよ。  「おいでよ!長崎歴史文化博物館へ!!」 歴史文化展示ゾーン  歴史文化展示ゾーンでは、大航海時代やオランダ・中国・朝鮮との交流、長崎貿易に関する資料が展示されています。パネルの説明文章を読むばかりでなく、CGによるバーチャルやゲーム感覚で体感しながら楽しく学ぶことができるというのも特徴のひとつで、大人だけでなく子どもにとっても歴史に親しめる展示となっています。  当時の長崎貿易に関しても、オランダ・中国・朝鮮との国々からどんな物を輸入していたのか、通詞や通事がどんな役割をもっていたのか、歴史の教科書には深く掲載されない面白い歴史をこの博物館で知ることができるのです。<>幕末当時、坂本龍馬や各藩の志士らがなぜ“長崎”を訪れていたのでしょうか?  その理由が、この博物館の資料で「なるほど!」と感じさせてくれます。  海外に開かれた長崎は、西洋の最新の学問や技術、文化などを受け入れた地であり、また日本国内に発展していく重要な地でもありました。新しい文化や技術を一日でも早く吸収しようとした志士らは、長崎を目指したのです。どんな文化や技術が長崎にあったのか・・・その内容は、ぜひとも博物館へ足を運んでその目で確かめてください! 亀山焼  長崎県内で製作されている陶磁器や17世紀に中国から製法が伝えられたという長崎べっ甲、大名への献上品にもなっていたという銀細工、ガラス製品がたくさん展示されています。その中には、江戸時代後期に長崎で作られていた陶磁器・亀山焼があります。  亀山焼は、1807年(文化 4)に大神甚五平・山田平兵衛・古賀嘉兵衛・万屋古次吉によって開窯されました。祖門鉄翁(てつおう)や木下逸雲(きのしたいつうん)、田能村竹田(たのむらちくでん)など文人による絵付の作品があり、文人画風の絵付けが特徴のひとつです。文政・天保年間に全盛期を迎え、質の高さが評価されました。しかし 1865年(慶応元)に廃窯、製陶期間わずか約50年と短く、伝世品が比較的少ないそうです。廃窯後、坂本龍馬ら亀山社中が亀山焼工房跡地の一部を借りて活動したことでも知られています。龍馬も亀山焼の茶碗を愛用していたといいます。この博物館に立ち寄ったのなら、ぜひとも見ていってほしい展示コーナーです。 (写真:染付山水割山椒向付 そめつけさんすいわりさんしょうむこうづけ) 上野彦馬使用写真機  感光剤に用いる化学薬品の自製に成功し、写真術を研究した日本初の職業カメラマン・上野彦馬が使用していた写真機です。 1862年(文久2)に長崎の中島川側に「上野撮影局」を開業しました。この上野撮影局では、坂本龍馬や高杉晋作など幕末に活躍した志士を多く撮影しています。1877年(明治10)に起こった西南戦争では戦地に赴き報道写真を撮影しています。  写真は、上野彦馬が使用した現存する唯一の写真機です。現在博物館3Fで開催されている「幕末長崎古写真展」にて展示されています。  「幕末長崎古写真展」は、平成5月末までの嵐閧ナしたが、好評につき、6月30日(水)まで延長することになりました。   「幕末長崎古写真展」 【観覧料】 大人500円(15名以上の団体の場合400円)小中高校生250円(15名以上の団体の場合200円) 詳しくは長崎歴史文化博物館の公式サイトをご覧下さい。 資料閲覧室  博物館1Fにある資料閲覧室では、長崎の歴史文化に関する図書資料、絵図、古文書など歴史史料を閲覧することができます。展示物を見た後に、もっと深く知りたいことがあったらこの資料閲覧室で調べてみると、より理解できるという環境が備わっています。  本など多くの所蔵史料の閲覧から、マイクロフィルムに収められた情報など幅広い情報が揃っており、設置されたパソコンを使って史料を検索することもできます。  博物館を訪れたお客様の他にも、研究者や調べものをしている子どもまで幅広く利用されています。 長崎歴史文化博物館 〒850-0007 長崎市立山1丁目1番1号 TEL 095-818-8366 FAX 095-818-8407 E-mail info-his@nmhc.jp ○開館時間 8:30〜19:00 ○資料閲覧室 9:30〜18:00 ○レストラン銀嶺 10:30〜21:00 URL: http://www.nmhc.jp
  • トラベル・スタディへようこそ! 2008年02月27日
    トラベル・スタディへようこそ!
    〜旅する長崎学講座〜 ようこそ、長崎県へ! 2月17日(日)からの2泊3日、東京・福岡方面から40名の皆さんがやってきました。実はこのツアー、県が「ながさき歴史発見・発信プロジェクト」の取り組みのひとつとして、平成19年に県外で開講した「旅する長崎学講座」の受講修了生を対象に募集したトラベル・スタディ(現地講座ツアー)なのです。  平成19年の講座は、歴史ガイドブック「旅する長崎学 キリシタン文化編」をテーマにした内容で、次の3箇所で開講されました。中央区民カレッジ〔東京、全5回:平成19年5月〜7月〕、西日本天神文化サークル〔福岡、全4回:平成19年7月〜8月〕、早稲田大学オープンカレッジ〔東京、全8回:平成19年9月〜12月〕。 「座学で膨らませた長崎への思いを抱いて、いざ、遊学の旅へ!!」 参加者の皆さんの知的好奇心を乗せたバスが、いよいよ発車します! トラベル・スタディができるまで  今回のトラベル・スタディは、「旅する長崎学講座」受講修了生の限定ツアーとして、県が企画しました。講座の中に登場したキリシタンの物語、その証明ともいえる数々の文化遺産を実際に長崎の地で確かめ、歴史が伝えているメッセージを肌で感じてもらおうと、講座を担当した先生と職員によってコースが設定されました。(地図をクリックすると拡大します。)  オススメのポイントは次の5つ、 講座を担当したナビゲータ兼講師の先生が同行するオリジナルツアー 地元のガイドさんも登場!世界遺産候補となっている文化遺産に出会える旅 冬のビッグイベント"ランタンフェスティバル"開催中 海外線を走る、島に渡る。長崎らしさの満喫ルート 伝統あるご当地名物、そして冬の味覚。長崎グルメを召し上がれ  歴史だけでなく、その舞台となった自然や風土、そしてそこに育まれた人々との出会いをとおして、今に継承されている思いを伝えたいと思ったら、あれこれ欲ばりな企画になってしまいました。もちろん、旅のお楽しみ、食事や買い物も長崎らしくピックアップ。最後にこのコースを満喫していただける最適な人数として、募集定員は20名に決めました。これで、おすすめ度は100%です。  それでも、どれだけの方が参加してくださるのか、不安がありました。というのも、ある講座で、先方の担当の方にトラベル・スタディを実施したいというお話をしたところ、「過去に他県でも企画したことがあるが、催行人数が集まらずできなかった。なかなか厳しいと思いますよ。」という答えが返ってきたからです。こうしておそるおそる迎えた募集開始の日でしが、なんと20名の定員は一日でほぼ満席という嬉しい反応!「せっかくの機会をできるだけお断りしたくない。」「募集人数を増やしましょうか?」「でも、大勢になることで講座の質を落とさず、場所の雰囲気も壊さずにやれるかな。」いろいろと考えた結果、20名のグループをもうひとつつくる(バス2台)ことにして、あとはやむなくお断りすることとなりました。 奇跡的な好天にめぐまれて  さて、トラベル・スタディが近づくにつれ一番の心配ごとはお天気。関係者がそれぞれ週間天気予報を毎日のようにチェックしながら、一喜一憂。今回のツアーは、まち歩きあり、夕陽あり、船もありで、2月という冬の季節にはちょっと悩ましい・・・。晴れ? いえいえ曇り? うそっ、冷え込んで雪が降る? コロコロ変わる天気予報を横目に、企画者が"晴れ男・晴れ女"ばかりだから大丈夫!と妙な自信をもって、いよいよ2月17日を迎えました。  「本当に奇跡的」といってもいいほどの素晴らしい天気に恵まれた3日間となり、空も海も冬とは思えない青さを見せつけてくれました。企画者と参加者の皆さんの願いが通じた好天に、ただただ感謝するばかりです。  それでは、3日間の旅の様子を、参加者の皆さんの感想を交えてご紹介したいと思います。 1日目 2月17日(日) 曇りのち晴れ  それぞれ長崎空港と長崎駅に集合した皆さんが、昼食会場で合流。午後は20名ずつのグループにわかれて、日本二十六聖人殉教地(西坂 長崎駅近く)と長崎歴史文化博物館(立山 諏訪神社近く)を結ぶコースに点在する史跡を巡るまち歩きです。日本二十六聖人殉教地では、記念館の結城了悟 前館長が出迎えてくださり、殉教者たちの思いをかたちにして伝えている記念碑(彫刻:舟越保武)や記念館・記念聖堂(設計:今井兼次)について解説してくださいました。また、今年11月24日に日本で初めておこなわれる列福式に関連して、西坂で殉教した中浦ジュリアンのお話もありました。 ★1日目の行程(基本コース)★ *場所によって、2グループに別れて散策 長崎空港・長崎駅 集合→(バス)    昼食<吉宗:茶碗蒸しと蒸し寿司>→(バス) 〔1〕 日本二十六聖人殉教地、記念館〔結城了悟 前館長〕→(徒歩) 〔2〕 本蓮寺→(徒歩) 〔3〕 中町教会→(徒歩) 〔4〕 聖福寺→(徒歩) 〔5〕 西勝寺→(徒歩) 〔6〕 サント・ドミンゴ教会跡→(徒歩) 〔7〕 長崎歴史文化博物館 *奉行所お白洲でボランティアによるお芝居を観劇→(バス) 〔8〕 ランタンフェスティバル(自由行動) 長崎市街に宿泊 2日目 2月18日(月) 晴れ  朝から良いお天気に恵まれた2日目。少しひんやりした空気もすがすがしく、一行は大浦天主堂、旧羅典神学校へ。そのあと、浦上に立ち寄って長崎巡礼センターの入口さんにレクチャーしてもらったあと、浦上天主堂へとあがりました。お葬式があるということで、天主堂内の拝観はできませんでしたが、信仰のなかにある教会の姿を感じていただけたようです。  そのあと、バスは外海へ。枯松神社で松川さんと日宇さんが待ってくれていました。外海に潜伏したかくれキリシタンのお話を聴きながら、仏教の方たちと共存してきた地域のきずなを感じることができました。 また、ド・ロ神父記念館では、90歳の橋口シスターのおだやかな微笑みと何もかもを包み込んでくれるようなオルガンの音色に、参加者の皆さんも心癒されたようでした。日宇さんがおやつにくださった手づくりパンの味は格別で、道の駅では地元産の果物などと一緒に買い占めて宅急便で送る姿もみられました。  途中、中浦ジュリアンの生誕地で夕陽を眺め、今夜の宿泊地である崎戸へとバスは向かいます。 ★2日目の行程(基本コース)★ *場所によって、2グループに別れて散策 各ホテル→(バス) 〔9〕 大浦天主堂→(徒歩) 〔10〕 旧羅典神学校→(徒歩)→自由行動→(バス) 〔11〕 浦上天主堂→(バス) 〔12〕 枯松神社→(バス)     昼食<日浦亭:ド・ロ様そうめん>→(バス) 〔13〕 大野教会→(バス) 〔14〕 大平作業場跡→(バス)→*車窓からド・ロ神父のお墓→(バス) 〔15〕 ド・ロ神父遺跡、記念館→(徒歩) 〔16〕 出津教会→(バス) 〔17〕 遠藤周作文学館→(徒歩) 〔18〕 道の駅 夕陽が丘そとめ→(バス) 〔19〕 中浦ジュリアン生誕地→(バス) 崎戸に宿泊 3日目 2月19日(火) 晴れ  あっという間に3日目。今日は、船に乗って黒島に渡ります。ぽかぽか陽気で、この様子なら波も穏やかでしょう。皆さん、3日目の疲れもみせず、ウキウキの笑顔で最終日の一日がスタートしました。  横瀬浦、西海橋を経由して、車窓から見える針尾無線塔や赤レンガの倉庫群など近代化遺産なども楽しみながら、佐世保市の相浦港へ。魚市場内の「もったいない食堂」で素朴な懐かしい味を堪能したあとは、いよいよ黒島へ。バスは1台だけを渡します。ここでも、地元の鶴崎さんと大村さんがガイドとして一行を歓迎してくれました。 ★3日目の行程(基本コース)★ *場所によって、2グループに別れて散策 ホテル→(バス) 〔20〕 横瀬浦→(バス) 〔21〕 西海橋、新西海橋、魚魚市場→(バス)     昼食<もったいない食堂:日替定食>→(バス)→相浦港→(船) 〔22〕 黒島天主堂、島内→(バス)(船)→相浦港→     夕食 持ち帰り<ぎおん:大村ずし> 長崎空港・長崎駅 解散 トラベル・スタディで伝わったもの  今回のトラベル・スタディでは、長崎県の自然、風景、歴史、特産品などの魅力をたくさん見たり味わったりしてもらえたと思います。でも、なにより、企画した私たち自身も感動し感謝したことがありました。それは、各地で心からのおもてなしをしてくださった地元のみなさんの笑顔と気持ちです。このふれあいや交流がなかったら、いくら素晴らしい天気で、どれだけたくさんの場所をまわったとしても、私たちが伝えたかったものの半分も参加者の皆さんの心に残らなかったかもしれません。  最後に、参加者の感想を少しだけご紹介させていただきます(抜粋)。 ○「講座のおかげで、長崎を旅するチャンスを得ました。わくわくして参加しました。みなさんのあたたかいもてなしで、本当に素晴らしい旅となりました。観光ツアーとは違うトラベル・スタディに大満足です。バスの中での先生のお話や、夜の唐人屋敷めぐりも楽しかったです。長崎が大好きになりました。」 ○「企画された皆様のきめ細かい配慮がプログラムの隅々に感じられ、観光ツアーにはない心あたたまる思いで、本当に楽しく過ごさせていただきました。大村湾の夕陽を眺めつつ、大村ずしをいただき、やがて機上の人となり、心地よい疲れをおぼえながら東京へと戻りました。」 ○「青い海、複雑な入江に囲まれた風光明媚な土地に、キリシタンの歴史があることを肌で感じることができました。危険や困難をかえりみず遠い外国からやってきた宣教師や神父のご苦労、迫害にあって殉教された方々の跡をたどり、思わず涙しました。信仰とは何かを真摯に考えさせられました。」 ○「外海や島の方々の素朴な信仰に感動いたしました。今回のトラベル・スタディでは、歴史や文化をベースにして、"今、生きている長崎"を感じることができました。参加者全体の雰囲気も良くて、"大人の学び"という感じでした。食事に関しては高級グルメではなく、ホッとする素朴で新鮮な食材を使った料理に好感がもてました。」 ○「すごくハートフルなトラベル・スタディでした。本当に現存したかくれキリシタンのことを思って、日本人の精神的な凄さと強さを改めて考えさせられました。」 ○「現地のガイドの方のもてなしは、心からうれしかったです。キリスト教の精神が深く伝わっているのが、よーくわかりました。出会った人々をとおして、自分も少しでも変わらなければと思いました。いただいた"遊学のしおり"は、今回の旅の記録として完成させたいです。地方の文化、日本の文化をひろめるために、長崎県の取り組みをもっともっと日本中の人々に知ってもらいたいですし、見習ってほしいと思いました。」 ○「長崎県の素顔に会えたような素敵な旅でした。」
  • 長崎ランタンフェスティバル 2008年02月13日
    長崎ランタンフェスティバル
    〜フォトアルバム〜  2月7(木)、2008年の長崎ランタンフェスティバルがスタートしました。各会場で点灯式がおこなわれ、午後6時のカウントダウンで一斉に灯ったランタン(中国提灯)やオブジェが、冬の夜にパッと浮かびあがりました。  このイベントは、中国の旧正月にあたる春節を祝うお祭りです。メイン会場の湊公園を中心に約1万5千個のランタンが街を灯します。今年の期間は2月7(木)〜2月21日(木)。開催中は、各イベント会場で中国獅子舞、二胡の演奏、中国雑技、媽祖行列、皇帝パレードなどがおこなわれます。  待ちに待った初日の7日に、さっそく各会場を散策してきました。湊公園では干支のネズミをモチーフにした高さ8メートルもある「老鼠娶親(ラォスーチーチィン)」というオブジェが人気を集め、ステージでは中国獅子舞がおこなわれていました。また、浜市アーケードに出現した縁結びの神さま「月下老人」に赤い糸を結ぶ女の子たちの姿や、中華街の屋台からたちこめる温かい蒸気と漂ってくるおいしそうな角煮まんの香り。幻想的な雰囲気を楽しむことができました。ランタンの灯りをたよりに歩けば、長崎の史跡巡りも一緒に楽しめますよ。  今回は、湊公園、中島川に架かる眼鏡橋、中央公園、浜市アーケード、中華街、唐人屋敷、唐寺の崇福寺など初日7日(木)の模様を写真でご紹介します。ランタンが灯るあたたかな色の長崎の雰囲気をちょっとだけ味わってください。
  • 枯松神社祭 2007年11月21日
    枯松神社祭
    〜時をこえて・宗教をこえて〜  11月3日(土)、長崎市外海地区の黒崎で、"枯松神社祭"がおこなわれました。これは、江戸時代、キリスト教が禁止されていたとき、外海のキリシタンたちが崇拝していたサン・ジワンさまとその信仰を守り続けた先祖たちの霊を慰める祈りの行事です。枯松神社とは、日本でも珍しいキリシタン神社。弾圧のなかで、神社としてカムフラージュしながら、信仰の対象となるサン・ジワンさまを祀った場所です。  当日はすがすがしい秋晴れ、国道202号沿いからの美しい景色を眺めながら会場に向かいます。黒崎教会を目印にすぐ脇の山道へと入ってしばらく行くと、石階段の参道がありました。青空をさえぎるような木々の小道を登り、通称"枯松さん"と呼ばれる枯松神社へとたどりつきました。  第8回目を迎える今年の"枯松神社祭"では、カトリック教会の神父さまによる慰霊ミサ、天福寺の住職さまによる講演、旧キリシタンによるオラショ奉納が行われました。それは長い歴史の時をこえ、宗派の違いをこえた祈りの祭りでした。 神社にカムフラージュ、外海キリシタンの祈りの  まず、はじめに中町教会主任司祭の野下千年神父によって、感謝と慰霊のミサがおこなわれました。カトリック信徒のみなさんによって捧げられた「(信徒発見の歌)殉教の血潮に」という聖歌の歌詞が心に響きます。♪「殉教の血潮に 養われて 茨の道の 三百年 真の教え 守りつぎし 遠つみ先祖の 裔ぞわれらは…」♪聖歌が林にこだまし、潜伏しながら信仰を守りとおした先祖たちを讃えました。 お寺とキリシタンの共存  次に、曹洞宗天福寺の塩屋秀見住職が、「天福寺と隠れキリシタン」と題して講演をおこない、キリシタン弾圧時代の地域の人々の結びつきについてお話をされました。  ある日、カトリック信者の人たちが天福寺を訪ねてきたそうです。「私たちはカトリックの教えに戻りましたが、先祖たちが隠れていたとき、天福寺さんがそれと知りながらも守ってくれたから、今に命をつなぐことができました。」お寺の改修費にあててほしいと感謝の寄付を渡されたとのこと。徳川幕府によるキリシタン弾圧のなかで、お寺に所属する仏教徒を装い、オラショ(祈りの言葉)を伝承し、キリスト教の信仰を守りながら生きることができたのは、宗教をこえて村の人々が結束して助け合うという関係があったのです。信仰の自由が認められたとき、カトリックに戻った人、天福寺にお世話になった恩で仏教徒になった人、隠れのままにオラショを奉納する人、それぞれの道にわかれました。塩屋住職の「歴史をただ考えるのではなく、現代人として何をしなくてはいけないのかを考える場所が、ここ枯松神社なのではないでしょうか。」と投げかけた言葉がとても印象的でした。  枯松神社の脇にあるお墓を見ると、墓石に洗礼名と戒名が一緒に刻まれているものが見受けられます。宗派をこえた集落の人々の結びつきによって、各個人の精神を尊重し守ることを可能にしたという歴史を学ぶことができました。 オラショ奉納  つづいて旧キリシタン代表の村上茂則さんによるオラショの奉納がおこなわれました。代々受け継がれてきたオラショを、枯松神社の拝殿の前に静かに座り、サン・ジワンさまとご先祖たちに捧げました。会場に集まった人々も静かにオラショの言葉に聴き入りました。  木の葉がすれあう音の隙間をオラショの言霊が抜けるような不思議な感じです。目をとじると、オラショをひそかに伝承していた当時の様子が見えてくるような・・・。徳川幕府の禁教令のなか、キリシタンたちは、役人に見つからないように参道の途中にある"祈りの岩"とよばれる巨岩の影に集まり、オラショを伝承したそうです。  日本にキリスト教が伝来してから約470年。仏教もキリスト教も時代の流れに翻弄されながら、その歩みにはいろいろなことがあったと思います。そんななかで同じ地域に住む人たちどうしの思いやりや絆、結束をあらためて思い起こすことができました。歴史もさることながら、宗派をこえて集い、先祖たちに感謝する枯松神社祭は、今に生きる私たちの幸せな暮らしを、人間としてごくあたりまえに感謝することを教えてくれました。 参考文献 『旅する長崎学4 キリシタン文化検戞ヾ覯茵芯杭蠍 制作/長崎文献社 2006年
  • 小説『沈黙』に登場する晧臺寺を訪ねて 2007年10月17日
    小説『沈黙』に登場する晧臺寺を訪ねて
    〜坐禅も体験してきました!〜  小説『沈黙』で、仏教に改宗した宣教師フェレイラが住んでいたお寺という設定で登場する晧臺寺(長崎市寺町)。作者である故・遠藤周作氏は取材で長崎を訪れた際、フェレイラのお墓を探しに晧臺寺を訪ねています。16・17世紀の日本の仏教寺院は、キリシタン文化が隆盛を迎えた陰に、キリシタンたちによって放火などの破壊を受けたという歴史もありました。  今回は、小説『沈黙』の舞台となった晧臺寺をご紹介します。坐禅の体験もさせていただきましたよ。 坐禅体験  海雲山晧臺寺(こうたいじ)では毎週土曜日に坐禅会が催されています。開始時間が夜19時からとあって、お昼とは一味違う雰囲気のなかで坐禅を体験できます。この日は、特別に撮影の許しを得て参加させていただきました。  蝋燭に火が灯る僧堂に入ります。まず、壁に向かって丸いクッションのような坐蒲に腰を下ろし足を組みます。うっすらと目を開けたまま、呼吸を整えて自分の心と向き合います。夜の闇が包む空間に身を置いて、静かに流れていく時を感じる・・・。坐禅を終えると、仏像の周りをゆっくり歩く経行(きんひん)がおこなわれます。鐘の音が鳴って終了。別室でお茶を飲みながら方丈さまとの楽しい談話など、とても日常では味わえない贅沢なひとときを過ごし、満足感でいっぱいでした。長崎の身近な場所に、坐禅の体験ができるお寺があるなんて、新たな発見でした。  ここ晧臺寺は、小説『沈黙』に登場する場所。フェレイラとロドリゴのここでの問答の様子を想像したり、また、フェレイラのお墓はどこなのかと考えたり、頭のなかがいっぱいになっていました。晧臺寺を舞台に、キリシタン時代の歴史をみてみましょう。 キリシタン文化隆盛の陰に、破壊を受けた仏教寺院の苦悩  16・17世紀の日本では、ポルトガル船に乗ってやってきた外国人宣教師たちによる布教活動によって、キリスト教が広まり入信する人々が増え続けました。  一方で、仏教寺院などに対する攻撃も大きかったようです。たとえば、ザビエルが平戸に降り立ちキリスト教の種を蒔いた後、ヴィレラ神父などの活躍によって平戸のキリシタンは1,500人にもなりました。しかし、一部のパードレ(司祭)たちによって、寺にあった仏像が無残にも焼き払われ、神社も破壊され、寺院は教会に改造されました。このため仏僧や仏教徒の反感が強まり、ヴィレラ神父は平戸から追放となり、教会堂は破壊されました。また島原半島でも、有馬晴信がキリシタンになると寺社破壊がおこなわれました。岩戸山の洞穴(加津佐)に隠された仏像も処分したという報告が、宣教師フロイスの報告書にも出ています。  1580年(天正8)、キリシタン大名 大村純忠の領地"長崎"と"茂木"がイエズス会へと寄進され、住む人々はほとんどがキリシタンという時代。多く教会が建ち並び、長崎はさながら「小ローマ」のようだといわれました。1584年(天正12)、有馬晴信も領地の"浦上"をイエズス会に寄進しました。しかしその3年後には、豊臣秀吉が伴天連追放令を出し、イエズス会領となっていた長崎・茂木・浦上を取り上げ直轄地とします。続いて1592年(天正20)、長崎の教会の破壊を命令しますが、莫大な利益をもたらす南蛮貿易は続けたいという秀吉の意向もあって徹底されない部分もあり、教会は再建されて、徳川幕府の禁教令発布の1614年まで、キリシタンの町としての長崎は生き残ります。  さて、「晧臺寺」が長崎の地に創建されたのは1608年(慶長13)の頃。長崎は教会の建築ラッシュで、さらに新しい教会が建てられており、領民の心はキリシタン文化へと向いていた時代です。仏教徒にとっては厳しい状況のなかで、晧臺寺は仏教の復興に力を注いだといわれます。豊臣政権に幕が降りて、1614年に徳川幕府の禁教令が発布されると、次第にキリシタンの勢いは衰えていきました。晧臺寺は、キリシタンたちを仏教徒へと改宗させながら、禅寺としての基盤を築いていったのです。 小説『沈黙』に登場する晧臺寺  そんな16・17世紀の長崎を舞台にして描かれた故・遠藤周作氏の小説『沈黙』では、フェレイラが住んでいたお寺という設定で、晧臺寺が登場します。フェレイラは、17世紀の日本に実在した人物で、日本で布教活動をしていたイエズス会のポルトガル人宣教師。徳川幕府の禁教令によって捕らえられ、厳しい拷問の末、キリスト教を棄て、日本名を沢野忠庵と名乗り生き続けたのです。フェレイラを師と仰ぐ主人公ロドリゴは、フェレイラがキリスト教を棄てたことを信じられず、緊迫した情勢の中、密かに日本へと潜入。しかし、捕らわれの身となってしまいます。  小説では、ロドリゴが長崎奉行所の役人に連れられて、ここ晧臺寺へとやってきます。転んだ(棄教した)フェレイラと、転んでいないロドリゴが面会する場面! 対極の位置にいる2人によって「棄教のおろかさ」「生きることの意味」「殉教とは」と問答するシーンが、境内を舞台に繰りひろげられます。  また、遠藤周作こと狐狸庵先生が、フェレイラのお墓を探しに訪れた場所でもありました。晧臺寺の裏山には、写真の開祖 上野彦馬、シーボルトが愛した女性 お滝さんと娘の楠本イネなどのお墓があります。  晧臺寺は、歴史の舞台であり、長崎で活躍した人たちに親しまれたお寺なのです。 参考文献 『沈黙』 著/遠藤周作 発行/新潮社 1966年 『旅する長崎学1 キリシタン文化機戞ヾ覯茵芯杭蠍 制作/長崎文献社 2006年 晧臺寺HP 取材協力 晧臺寺
  • 長崎くんち 2007年10月10日
    長崎くんち
    〜フォトアルバム〜  10月7日(日)から9日(火)の3日間、長崎の秋を彩る諏訪神社の例大祭「長崎くんち」がおこなわれました。7日に諏訪神社の本宮から、諏訪・住吉・森崎の三体の御神輿が、お旅所(大波止)に設置された仮宮へ下る「お下り」。9日には諏訪神社の本宮へと戻る「お上り」。この3日間におこなわれる「奉納踊」は、国の重要無形民俗文化財に指定されています。  奉納踊の起源は、1634年(寛永11)に遊女の高尾と音羽の2人が、神前で舞を奉納したのがはじまりといわれています。ちょうど出島の築造が始まったのと同じ年のできごとでした。飾りや衣裳・山車などは時代を反映し、華麗で国際色豊かな長崎の祭りとなりました。  それぞれの踊町(おどりちょう)に出番が巡ってくるのは7年に1度。諏訪神社・お旅所・公会堂前広場・八坂神社などで踊りを披露しながら、各踊町は「庭先回り」として日頃お世話になっている会社などをまわり、玄関先で踊りを呈上します。町を歩くと、この庭先回りに遭遇し、町全体がおくんち一色の熱気にあふれています。だしものに魅せられて、お気に入りの庭先回りについて行く"追っかけ"も登場するほどの賑わいです。  今年の踊町とだしものは、それぞれ町のプラカードといえる"傘鉾"を先頭に、八幡町の弓矢八幡祝い船と剣舞、麹屋町の川船、西濱町の龍船と本踊、興善町の本踊、万才町の本踊、五嶋町の龍踊、銀屋町の鯱太鼓の7町です。今回は、長崎っ子が熱くなったくんちの模様をお伝えするフォトアルバムをお楽しみください。
  • ながさき音楽祭2007「しまの教会コンサート」 2007年09月26日
    ながさき音楽祭2007「しまの教会コンサート」
    〜上五島の皆さんへ感謝を込めて〜  "長崎からはじまる新しい音楽祭「ながさき音楽祭2007」"が、県内各地をステージに繰り広げられているこの秋(9/4〜10/28)。 「育てる」「創る」「楽しむ」「賑わう」をテーマに、日本のトップアーティストや地元長崎の演奏家たちが贈る"音楽の祭典"の2ヶ月間です。 期間中、教会や酒蔵、美術館といった長崎らしいロケーションでのコンサートをはじめ、ヤングマーチングパレードやセミナー・講座など、各地で音楽が奏でられます。  9月15日(土)と16日(日)には、新上五島町にある美しい教会を会場とした「しまの教会コンサート」が開催され、神聖な空間に若いアーティストたちの澄んだ音色が響きました。  今回は、とっても素敵で幸せな時間を過ごした「しまの教会コンサート」の模様を、上五島の皆さんへの感謝の気持ちとともに、お届けします。  台風11号の接近で天候が心配されるなか、「しまの教会コンサート」のメンバー6人は、新上五島を訪れました。  ピアノの江川敦子さん、ソプラノの松下知子さん、フルートの村中彩也花さん、クラリネットの小田智子さんの4人と、県庁のスタッフ2人。 演奏者の4人は、初めての上五島とあって、ちょっとワクワクドキドキです。 アウトリーチ編〔第1日目(9月15日(土))午前〕  第1日目の午前中は、鯨賓館のホールを会場に、小中学生のみなさん約30人と一緒に音楽を楽しみました。  4人のお姉さんが、音楽祭のお揃いのポロシャツで登場。 それぞれ、楽器の特徴や音が出るしくみなどをわかりやすく説明し、曲を演奏します。  フルートの村中さんは「みんなにペットボトルを持ってきてね」とお願いしていました。 何をするのかな? 実は、ペットボトルを使って、音が鳴るように息を吹き込む体験をしてもらいました。  クラリネットの小田さんは、楽器をバラバラに収納したケースから部品をひとつずつ取り出して、組み立てながら説明。 リードが信じられないくらいの早さで振動して音を出しているという話にみんなビックリでした。  ピアノは誰でも見たことがある楽器ですが、意外と知らなかった!江川さんは3つのペダルがどんな役割をしているか、子どもたちをピアノの周りに集めて、どこが動いているのかじっくり観察してもらいながら紹介してくれました。  最後に松下さんが登場。あれ、楽器を持っていない!? そう、声です。 コーラス部の小学生のみなさんは、どうすればしっかり声を出して歌うことができるのか興味津々。 頭のてっぺんから出ているようなきれいな声と声量に、みんな聞き入っていました。  最後は、みんなで「千の風にのって」を大合唱。 指揮者として初デビューの県スタッフE氏も大はりきりでした。 中ノ浦教会コンサート編〔第1日目(9月15日(土))夜〕  第1日目の夜は中ノ浦教会でのコンサート。 午後2時には教会に到着。 入り江の水に姿を映す中ノ浦教会のロケーションに感動しながら教会の中へ。 赤い花のデザインが可愛らしく、神聖な中にもホッとさせてくれる優しい感じの教会です。 しばしその雰囲気を味わったあと、早速リハーサルを開始。 台風接近のせいか、異常なまでの蒸し暑さの中で、4人の演奏家たちは汗だくになりながらも、聖堂の広さや天井の高さ、床のじゅうたんなどに微妙に影響される音の響きを確認しつつ、本番までの時間を惜しんで練習です。  夕方6時30分開演。午前中のアウトリーチに参加していた子どもたちも来てくれています。 知っている顔があるのは嬉しいですね。 第一部は、フルート、クラリネット、声楽、ピアノと、それぞれの音色をソロでお聴きいただき、第二部ではアンサンブルを楽しんでいただきました。 クラシックということで眠たくなるかなと思った方もいたかもしれませんが、どこかで聴いたことのある曲がたくさんあって、リラックスした雰囲気のなかで聴いていただけたのではないでしょうか。 教会の雰囲気にもぴったりあった曲目で、厳かながらも心地よい空気を創り出していました。  この日は、実は4人のなかのひとりの誕生日。思い出深い一日となりました。 蒸し暑いなか、最後まで聴いて、あたたかい拍手を送ってくださった皆さん、本当にありがとうございました。 青砂ヶ浦教会コンサート編〔第2日目(9月16日(日))〕  第2日目は青砂ヶ浦教会でのコンサート。 到着すると、日曜日の朝のごミサがあっていて、窓から聞こえてくる祈りと聖歌に心があらわれます。 昨夜の中ノ浦教会とはまた違った、レンガづくりで荘厳なイメージの外観です。 曇りの天気にもかかわらず、中に入るとステンドグラスがやわらかな光を映しだしていました。  この教会は、もうすぐ100年を迎える歴史のある建物で、国の重要文化財に指定され、世界遺産候補「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の候補にもなっています。 キリスト教が弾圧された禁教時代、約250年もの長い間、迫害に耐え、県内各地に潜伏していたキリシタンたちは、1865年の大浦天主堂での信徒発見後に次々と信仰を表明し、貧しいなかにも喜びのうちに信仰の証として、手づくりの教会を建てたのです。 こんな劇的な歴史性を背景に、今も信者の皆さんの手によって守られ、祈りの場として息づいている教会のすばらしさに、4人の演奏家たちの緊張も高まります。  リハーサル中に、帰りを予定していた午後の長崎行き高速艇の欠航が決定。 時間を気にすることなく演奏に集中できて、かえって良かったかも・・・。 ちょっと嬉しい足止めです。 でも、ときおり降る大雨にお客様の出足が心配。 4人の演奏家たちは昼食の時間も惜しんで、ギリギリまで練習を続けていました。 開演30分前、まだリハーサルが続く会場に、お客様が入り始めました。  お昼1時30分開演。 会場は満席。 聖堂内に、ナマの音と声が、演奏家の息づかいとともに響きわたります。 アヴェマリアに涙している方もいらっしゃいました。 じっと聴き入ってくださる優しい顔も見えました。 最後は、会場の皆さんも一緒になってアメージング・グレイスを大合唱。 みんなの心がひとつになって、そしてみんなの声がハーモニーとなって、なにか不思議な一体感に教会が包まれ、感動のうちにコンサートが終わりました。  思いがけず、高校生たちから花束を贈られた4人の若き演奏家たちの笑顔は最高に輝いていました。 忘れられない「しまの教会コンサート」となりました。 神父さま、信者のみなさん、そしてあたたかく迎えてくださった上五島の皆さん、本当にありがとうございました。 参考資料 ながさき音楽祭2007