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長崎みやげ話

  • 松浦史料博物館 2010年07月14日
    松浦史料博物館
     うわぁー、平戸城が見えるね。松浦史料博物館は、平戸城や港、当時を偲ぶ風景を一望できる高台にあるよ。 1955年(昭和30)に開館した博物館で、松浦陞(すすむ)(如月(にょげつ))によって寄贈された松浦家伝来の貴重な資料等を中心に収蔵してるんだって。  すごく立派な建物は、もと鶴ケ峰邸と称して1893年(明治26)に建てられた当主の私邸だそう。現在は国の登録文化財にもなっていて、とっても趣がありました。  茶室や喫茶店で、ゆったりした時間を過ごすのもオススメ!  「おいでよ!松浦史料博物館へ!!」  館内には、松浦家に伝わる秘蔵品3万余点の内、約200点を展示しています。南蛮貿易に関する当時の品々や秀吉の切支丹禁制文、茶道などの品などがあります。  オランダ製で江戸時代に松浦清(きよし)(静山(せいざん))が長崎で購入した地球儀や天球儀、異国船絵巻、室町末期の作の紺糸威肩白赤胴丸 (こんいとおどしかたしろあかどうまる)など、貴重なコレクションも展示されています。北海道と大陸がつながって描かれている地球儀は、当時の世界地図の面白さも発見でき、楽しめます。  江戸時代に平戸から江戸まで40日ほどかかっていたといわれる「東海道並びに航路の海図」は、横に長〜く描かれた絵巻です。平戸から江戸までじっくりと描かれた貴重な資料で、見応えも十分です!  松浦清(きよし)(静山(せいざん))が綴った全編で278巻という膨大な著述書「甲子夜話(かっしやわ)」の原本は、松浦家より寄贈を受け、この博物館に大切に保管され、展示されています。  江戸時代のニュースや珍事件をはじめ、当時の様々な人々の生活ぶりが描かれています。本当に貴重な資料なので、ぜひ見てほしいと思います。    館内で記念撮影できるコーナーがあります。 兜などを自由に試着して、松浦党になりきってみましょう。 平戸藩の明治維新  また、特別展覧会『平戸藩の明治維新』が開催されています!!  幕末の平戸海峡防備のための砲術や、砲術にともなう平戸藩の鋳造技術の発展と近代化、吉田松陰の平戸遊学、戊辰戦争に関する資料など、幕末の平戸藩がよくわかる企画展です。ぜひともご覧ください。   ●開催期間:2010年5月1日(土)〜2010年12月28日(火) ●入場料:大人500円 高校生300円 小・中学生200円 ●主催:平戸市・財団法人松浦史料博物館 ●開館時間:8:00〜17:30/8:00〜16:30(12月のみ) 閑雲亭(かんうんてい)  平戸藩最後のお殿様が建てた茶室・閑雲亭(かんうんてい)。台風によって崩壊したため復元されました。元禄時代、松浦鎮信(しげのぶ)(天祥(てんしょう))によって始められた武家茶道・鎮信流(ちんしんりゅう)。閑雲亭は、今に受け継ぐ門人たちの稽古道場となっており、茶道体験もおこなわれています。 詳しくは、博物館へお問い合わせください。 眺望亭(ちょうぼうてい)  1997年(平成9)、博物館の敷地内にオープンした喫茶ミューゼアム「眺望亭(ちょうぼうてい)」です。外観は純和風の倉造りになっていますが、中に入るとアンティークな家具や調度品が並び、西欧の雰囲気に包まれます。少し時間をとって、景色を楽しみながらのティータイムを過ごしてはいかが?  ここでしか手に入らないオリジナルグッズも販売されています。 松浦史料博物館 ■入館料 個人:大人500円 高校生300円 小・中学生200円 団体:大人400円 高校生240円 小・中学生160円 身障者(個人):大人90円 高校生50円 小・中学生 40円 身障者(団体):大人80円 高校生40円 小・中学生 20円 ※団体割引は30名様以上、一括購入のみ適用です ※身体障害者割引は、証明書が必要です ■開館時間 8:00〜17:30  8:00〜16:30(12月のみ) ■休館日 年末年始のみ(12月29日〜1月1日) ■問合先 0950-22-2281    博物館の入口の近くには、無料で楽しめる手足専用の「平戸温泉うで湯・あし湯」があるので、疲れたらここでひと休みして、それから平戸市内を散策してはいかがでしょうか。平戸温泉は、神経痛ややけどにも良いナトリウム炭酸水素塩泉です。(利用時間8:00〜21:00) URL: http://www.matsura.or.jp/
  • 長崎歴史文化博物館 2010年06月16日
    長崎歴史文化博物館
     長崎歴史文化博物館を訪ねました。ここは、約400年にわたる長崎貿易に関する貴重な資料が収蔵され、オランダ・中国・朝鮮などとの多彩な海外交流を知ることができる博物館なので、長崎観光の前にチェックしておくと、より深い旅に役立つかも。  館内には歴史文化展示ゾーン、長崎奉行所ゾーン、企画展示室のほか、長崎歴史情報コーナー、資料閲覧室、伝統工芸体験工房、ミュージアムショップ、レストランがあって、じっくり見るなら一日中楽しめます。  なんとここには、かつて長崎奉行所立山役所があったんだって。博物館建設時の発掘調査で、当時の石段や井戸、庭などの遺構が出土したので、それらを活かして一部を復元したそう。長崎奉行所ゾーンには、奉行所の成立や変遷の歴史や出土品の展示、奉行所の職務や歴代長崎奉行の紹介、犯科帳など貴重な資料が公開されていて、とっても面白かったよ。  「おいでよ!長崎歴史文化博物館へ!!」 歴史文化展示ゾーン  歴史文化展示ゾーンでは、大航海時代やオランダ・中国・朝鮮との交流、長崎貿易に関する資料が展示されています。パネルの説明文章を読むばかりでなく、CGによるバーチャルやゲーム感覚で体感しながら楽しく学ぶことができるというのも特徴のひとつで、大人だけでなく子どもにとっても歴史に親しめる展示となっています。  当時の長崎貿易に関しても、オランダ・中国・朝鮮との国々からどんな物を輸入していたのか、通詞や通事がどんな役割をもっていたのか、歴史の教科書には深く掲載されない面白い歴史をこの博物館で知ることができるのです。<>幕末当時、坂本龍馬や各藩の志士らがなぜ“長崎”を訪れていたのでしょうか?  その理由が、この博物館の資料で「なるほど!」と感じさせてくれます。  海外に開かれた長崎は、西洋の最新の学問や技術、文化などを受け入れた地であり、また日本国内に発展していく重要な地でもありました。新しい文化や技術を一日でも早く吸収しようとした志士らは、長崎を目指したのです。どんな文化や技術が長崎にあったのか・・・その内容は、ぜひとも博物館へ足を運んでその目で確かめてください! 亀山焼  長崎県内で製作されている陶磁器や17世紀に中国から製法が伝えられたという長崎べっ甲、大名への献上品にもなっていたという銀細工、ガラス製品がたくさん展示されています。その中には、江戸時代後期に長崎で作られていた陶磁器・亀山焼があります。  亀山焼は、1807年(文化 4)に大神甚五平・山田平兵衛・古賀嘉兵衛・万屋古次吉によって開窯されました。祖門鉄翁(てつおう)や木下逸雲(きのしたいつうん)、田能村竹田(たのむらちくでん)など文人による絵付の作品があり、文人画風の絵付けが特徴のひとつです。文政・天保年間に全盛期を迎え、質の高さが評価されました。しかし 1865年(慶応元)に廃窯、製陶期間わずか約50年と短く、伝世品が比較的少ないそうです。廃窯後、坂本龍馬ら亀山社中が亀山焼工房跡地の一部を借りて活動したことでも知られています。龍馬も亀山焼の茶碗を愛用していたといいます。この博物館に立ち寄ったのなら、ぜひとも見ていってほしい展示コーナーです。 (写真:染付山水割山椒向付 そめつけさんすいわりさんしょうむこうづけ) 上野彦馬使用写真機  感光剤に用いる化学薬品の自製に成功し、写真術を研究した日本初の職業カメラマン・上野彦馬が使用していた写真機です。 1862年(文久2)に長崎の中島川側に「上野撮影局」を開業しました。この上野撮影局では、坂本龍馬や高杉晋作など幕末に活躍した志士を多く撮影しています。1877年(明治10)に起こった西南戦争では戦地に赴き報道写真を撮影しています。  写真は、上野彦馬が使用した現存する唯一の写真機です。現在博物館3Fで開催されている「幕末長崎古写真展」にて展示されています。  「幕末長崎古写真展」は、平成5月末までの嵐閧ナしたが、好評につき、6月30日(水)まで延長することになりました。   「幕末長崎古写真展」 【観覧料】 大人500円(15名以上の団体の場合400円)小中高校生250円(15名以上の団体の場合200円) 詳しくは長崎歴史文化博物館の公式サイトをご覧下さい。 資料閲覧室  博物館1Fにある資料閲覧室では、長崎の歴史文化に関する図書資料、絵図、古文書など歴史史料を閲覧することができます。展示物を見た後に、もっと深く知りたいことがあったらこの資料閲覧室で調べてみると、より理解できるという環境が備わっています。  本など多くの所蔵史料の閲覧から、マイクロフィルムに収められた情報など幅広い情報が揃っており、設置されたパソコンを使って史料を検索することもできます。  博物館を訪れたお客様の他にも、研究者や調べものをしている子どもまで幅広く利用されています。 長崎歴史文化博物館 〒850-0007 長崎市立山1丁目1番1号 TEL 095-818-8366 FAX 095-818-8407 E-mail info-his@nmhc.jp ○開館時間 8:30〜19:00 ○資料閲覧室 9:30〜18:00 ○レストラン銀嶺 10:30〜21:00 URL: http://www.nmhc.jp
  • 長崎べっ甲細工とは 2010年06月03日
    長崎べっ甲細工とは
     べっ甲細工とはどんなものかご存知ですか?  赤道付近に生息するウミガメの一種、タイマイの背甲と爪(甲羅の縁)、腹甲を巧みに加工、細工したものです。中国では6世紀末頃から製作されており、8世紀の唐の時代にさかんに製作されていたといいます。日本には奈良時代に伝わり、正倉院御物の中に数点保存されているそうです。  17世紀以降、唐船やオランダ船によってべっ甲細工の材料が長崎に陸揚げされるようになり、中国人から習得した技術で、べっ甲細工が製作されるようになりました。 元禄時代には、丸山近辺に多くのべっ甲職人がいたといわれています。当時は、櫛が主に作られていましたが、やがてかんざしや化粧箱、タバコケースなども製作されるようになりました。べっ甲細工職人の中には、大坂や江戸へと移り住み、べっ甲細工を国内に広めた人もいました。 しかし、材料のタイマイが輸入品で、数に限度があり高価だったため、高級品として庶民には高嶺の花でした。幕末から明治時代初期に、ロシア人など外国人に注目され、購入されるようになります。1891年(明治24)には長崎を訪問したロシアの皇太子ニコライ2世がお土産にべっ甲を購入したといいます。その後、長崎のべっ甲職人たちは、西洋の生活様式に合うようなデザインを工夫します。研究を重ねていくことによって長崎べっ甲製品に対する評価が国内のみならず国外でも高まり、長崎を代表する名産品のひとつとして知られるようになりました。 どうやってべっ甲細工は出来るの?  長崎歴史文化博物館内・長崎奉行所の門から入ってすぐ左にある川政べっ甲店製作所では、長崎べっ甲の製作過程を自由に見学できます。今回、べっ甲細工が出来上がるまでを見学させていただきました。  べっ甲細工を作るには、まずデザイン図を描きます。大きさや厚みなど制約がありますので、どんなものを作るのかを明確にします。そして素材選びに入ります。  製品に合う甲羅(背甲・爪・腹甲)を選びます。作っていくデザインに合わせ、厚みや色合いに注意します。  そして型を描き、型に合わせて糸鋸(いとのこ)で切り抜きます。厚みや、甲羅の重ね方で貼り合わせた時の柄の入り方や色合いを予想しながら調整します。厚みを調整し、熱によるプレスへと続きます。この時に指先の脂が甲羅に付着していると熱でくっつけることができません。石鹸で一度きれいに手を洗ってから繊細な作業を行わなければなりません。  熱(熱湯)でプレスした後は、直射日光を受けないよう注意して乾燥させ、その後彫刻などの加工へと進みます。  彫刻の後にみがきをかけると、べっ甲独特の光沢が出ます。そして全体の調和を図りながら組み立てを行い調整します。 実はこんなに手間暇を掛けて、べっ甲細工は作られているのです。 伝統工芸“長崎べっ甲細工”製作体験  高度な技術によって、かんざしや化粧箱よりも複雑な船や龍などの装飾品・置物などよくカタログなどで目にし、高級なイメージがありますが、現在ではペンダントやブローチ、イヤリング、カウスボタンなど身近な製品も多く製作されています。  坂本龍馬も、妻・お龍にべっ甲のかんざしをプレゼントしたともいわれています。またお龍が好んで弾いていた月琴のバチもべっ甲細工だったそうです。現在では、ギターのピックなども製作されています。風情ある音色が聴けそうですね。  この川政べっ甲店製作所では、長崎べっ甲の製作過程や職人技を自由に見学することもできますが、商品を購入したり、ペンダントや携帯電話のストラップ向けのべっ甲細工を製作する体験も行われています。べっ甲細工がどのように製作されていくのか体験するのも実に楽しいですよ。また展示されている商品を見ながら、どんな工程で、タイマイのどんな甲羅の部分を用いているのか教えてもらいながら見学するのも発見があって面白いですよ。   【べっ甲細工体験】 所要時間:30分から40分程度 体験内容:1,300円コース(型が決まっているべっ甲細工作成)と2,000円コース(少しデザインが複雑になった動物型)があります。べっ甲細工職人が手伝ってくれますので作品は必ず出来上がりますよ。 ※要予約です。(水曜日はお休みです)1回6名様から受け付けています。 伝統工芸に触れて  製作過程を具体的に教えてもらうと、生地であるタイマイの甲羅部分によって柄、色合い、厚みがそれぞれ違うことも初めて知りました。製作するデザインに合わせて甲羅を数枚も重ね、熱でプレスしたものでも出来上がった時には、重ねた跡すらわからないというところを見ると、伝統工芸とよばれる理由がわかります。  また、大切に持っていたべっ甲細工が割れてしまったという場合でも、そのまま持ってくると、再度加工し、新しいデザインとして蘇らせることが可能なのです。『伝統工芸』とよばれるものは、高級品というイメージが先行しがちで敷居が高く感じられますが、今回の見学で、今までよりも身近な工芸品だと感じることができました。  現在ではワシントン条約により、原料であるタイマイの輸入が規制され、手に入りにくくなりました。べっ甲細工がすべての原因というわけではありませんが、タイマイの保護が必要となっています。そのためべっ甲細工の製作者の方々は困難に直面しているのも事実です。そんな現状を知ったうえで、約400年ものあいだ長崎に伝わり、引き継がれてきたべっ甲の伝統工芸にぜひとも触れてほしいと思います。 川政べっ甲店製作所(長崎歴史文化博物館内) 伝統工芸体験工房 長崎市立山1-1-1 TEL:095-818-8366 FAX:095-818-8407 ※長崎奉行所の門から入ってすぐ左側です   【べっ甲細工体験 ※要予約】 所要時間:30分から40分程度 体験コース:1,300円コース・2,000円コース ※要予約です。(水曜日はお休みです) 1回6名様から受け付けています。
  • 鷹島の伝統として続く石工業“阿翁石(あおういし)” 2009年11月25日
    鷹島の伝統として続く石工業“阿翁石(あおういし)”
     第1週の「歴史発見ドライブルート」で、多くの歴史スポットをご紹介しましたが、鷹島を巡っていると、石碑や墓石群が多いことに気づきます。これらの石には様々な形や表情があり、なにか特別なものを感じます。 オアシス村 開田の七人塚 聖徳太子立像 宮地嶽史跡公園  2009年(平成21)4月18日、鷹島肥前大橋の開通にあわせ、鷹島町では道の駅「鷹ら島(たからじま)」が完成し、とらふぐをかたどったユニークな石灯籠(いしどうろう)が観光客を出迎えています。この石灯籠をよく見てみると、内部がくりぬかれ、中に電灯が設置されています。夜にはこの電灯が灯り、ほのかに漏れる明かりが癒やしの空間を演出しています。 道の駅 鷹ら島の駐車場にある石灯籠は夜になるとライトアップ(写真右)されます  この石灯篭は、“阿翁石(あおういし)に再び光を当てることで島の石工業を盛り上げよう”と開発された商品のひとつで、『島あかり』とよばれています。    鷹島に伝統として受け継がれている石工業とは、どんな歴史を持つものなのか、“阿翁石(あおういし)”とはいったいどういう石なのか・・・。    鷹島石工業協同組合の代表理事である森 力松(もり りきまつ)さんに話をうかがいました。 森 力松(もり りきまつ)氏のプロフィール 長崎県特産品 長崎県伝統的工芸品指定 鷹島石工業協同組合 代表理事 阿翁石の歴史  鷹島は、今から約730年前の元寇において、元軍と激戦を展開した古戦場であり、多くの戦死者の霊が眠っています。元寇後、島の開発が進むにつれて、当時の戦死者の遺骨が出土したそうです。その遺骨を祀るために、数多くの墓石や石碑が建てられました。石は、島北部の阿翁地区産の玄武岩が良質とされ、使用されました。これが「阿翁石」として名声を博した鷹島の石工業の起源といわれています。  その後、平戸や唐津各藩の御用石としても栄え、「阿翁石」の名前は各地へ知られるようになりました。 阿翁石の特長  阿翁石は粘着力に富んでいるため、繊細な加工をするのに適しており、風化作用にも耐え、磨滅(まめつ)の度が少ないことが特長です。また、彫刻するにはやわらかいため、手づくりの良さが映える石です。  現在の鷹島モンゴル村辺りは、昔からの採石場でした。駐車場の真ん中にそびえ立っているモニュメントは、阿翁石の採石場だった証として残してあります。 阿翁石の活躍と鷹島の伝統工芸品 阿翁石モニュメント  阿翁石が使われている有名なものとしては、福岡の筥崎八幡宮(はこざきはちまんぐう)の一の鳥居があります。鷹島から採石された阿翁石を福岡へ運び、1609年(慶長14)に建立されました。これは国の重要文化財に指定されています。    また公共事業としても活用されています。最近では、平戸オランダ商館(平戸市)の復元工事をはじめ、千里ヶ浜(平戸市)のはり石、志佐港環境整備工事(松浦市)などで使用されています。鷹島島内では、鷹島海中ダム竣工記念碑や鷹島肥前大橋の親柱(おやばしら)、モンゴルの方向へ向かって建てられた交流のシンボル塔(鷹島モンゴル村)など、さまざまな場で鷹島の石工業の制作物を見ることができます。 筥崎八幡神社 松浦市志佐港環境整備工事 鷹島モンゴル村 海中ダム竣工記念碑 鷹島肥前大橋の親柱 『勝利の風が吹く島“鷹島”』の活動 ホーク1世  約730年前の元寇で「神風」が吹いた鷹島の歴史を活用し、「鷹」つながりでプロ野球の福岡ソフトバンクホークスとスポンサー契約を結びました。この鷹島を切り口として松浦市の全体的な知名度アップを図り、交流人口の拡大につなげるというものです。  この取り組みのひとつとして、福岡ソフトバンクホークスキャラクター「ホークファミリー」の祖先にあたる「ホーク1世」をかたどった阿翁石のお守り『勝鷹(かちたか)』が、鷹島限定で販売されています。 鷹島限定おまもり「勝鷹」・1個1,200円  この勝鷹は、厄除・勝運の神として有名な筥崎八幡宮の一の鳥居(国指定重要文化財)と同じ阿翁石でひとつひとつつくられていますし、鷹島の守護神である住吉神社の御祓いを受けて販売されているそうです。現在は道の駅「鷹ら島」と鷹島モンゴル村の2施設でのみ販売されています。 必勝モニュメント  また、「勝利」を呼び込む島としてのイメージを定着させるため、スポーツ・受験・恋愛などに頑張ってほしいという願いを込めて、必勝モニュメントを建設しました。鷹島モンゴル村の駐車場に設置されており、記念写真スポット・観光名所になりそうですね。このモニュメントの中央には、王貞治(おうさだはる)福岡ソフトバンクホークス会長の直筆による「必勝」の文字が刻まれています。 約450年の伝統を持つ鷹島の石工業のこれから・・・ 鷹島石工業組合展示の島あかり  これまで主体であった墓石や石碑、公共事業の分野はこのまま継続しつつ、このほかにも「勝鷹」や「島あかり」などのアイデア商品で幅を広げながら取り組んでいかれるそうです。約450年の伝統を誇る鷹島の石工業はその伝統を受け継ぎながら、さらに進化を続けています。 取材協力 鷹島石工業協同組合 参考資料 鷹島石工業協同組合パンフレット 長崎県特産品 長崎県伝統的工芸品指定 鷹島石工業協同組合 〒859-4302 長崎県松浦市鷹島町阿翁免 TEL:0955-48-2090 FAX:0955-48-3283
  • 島グルメ 2009年05月07日
    島グルメ
    〜対馬編〜  長崎県の「対馬(つしま)」をご存知ですか?朝鮮半島と九州のあいだに浮かぶ島。韓国の釜山からわずか49.5kmの距離に位置する国境の島。南北82km、東西18km、面積約708平方キロメートルと日本で3番目に大きい島。  朝鮮半島や中国大陸の影響を受けながら、昔から朝鮮半島と交流してきた対馬には、独特の自然、歴史、食文化などがあります。今回は、対馬に伝わる自慢の郷土料理を紹介します。 「石焼(いしやき)」と「対州(たいしゅう)そば」  対馬の有名な郷土料理に「石焼」と「対州そば」があります。  石焼はもともと対馬の漁師が浜辺で捕ったばかりの魚や貝を、たき火に入れた石の上で焼いたことから生まれました。普通なら刺身で食べられるほど新鮮な魚介類や季節の野菜を、石英班岩(せきえいはんがん)の上でジュージュー焼いて食べます。  そばは縄文時代の終わりに中国から朝鮮半島を経て日本の対馬に初めて伝えられたといわれます。対馬には平野が少なく稲作がほとんどできなかったので、山の斜面を利用してそばが栽培されていました。大自然の中で育った対州そばは香りがよくコシもあり、そば本来の素朴かつ豊かな風味が特徴。麺はツルツルとのど越しよくいただけます。 「いりやき」と「ろくべえ」と「かじめの味噌汁  対馬の人々が好んで食べる料理に「いりやき」と「ろくべえ」と「かじめの味噌汁」があります。  いりやきは対馬の鍋料理の代表です。だし汁は甘めで、旬の魚ベースと地鶏ベースの2種類の鍋があります。地元のルールとしては魚と地鶏を一緒に入れることはないそうです。宴会などでは魚好きと鶏好きに分かれて鍋を囲むということでした。  「ろくべえ」は芋(甘藷)を手間ひまかけて加工し、粉状にして乾燥保存した「せんだんご」をうどん状にして煮込んだものです。せんだんごの製法は中国の福建省にも分布しているといわれています。せんだんごをうどん状にしたものは、つなぎがないので普通の麺に比べて、ぶつぶつ切れて短くなっています。  ちなみに、「いりやき」や「ろくべえ」の名前に由来は諸説あり、はっきりしないようです。  ところで、地元の人々が家庭で食べる定番の朝食といえば、かじめの味噌汁。かじめは独特のとろみがある海藻の一種で、対馬の家庭ではよく温かいごはんにかじめの味噌汁とイカをおかずにして一緒に食べるそうです。就職や進学などで島外に出た人々が、まず懐かしむ島の味が磯の香り豊かなかじめの味噌汁だといわれています。 「蜂蜜(はちみつ)」と「しいたけ」  山深い対馬には、高品質の特産品として有名な「蜂蜜」と「しいたけ」があります。  対馬特有の気候と風土がもたらしてくれる対馬産の蜂蜜は全国に知られる高級品。民家近くの山林には、蜜蜂と巣を集める「はちどう」がたくさん設置されています。9月下旬、はちどうから巣を取り出し、手前の巣を削って取ると、黄金色の甘い蜜がじわっとしたたり落ちます。その蜜を布でこして瓶づめにしていくそうです。対馬の蜂蜜はニホンミツバチの巣から採れる貴重なものですが、ニホンミツバチには一カ所ではなくあちこちを放浪しながら時間をかけて蜜を集める習性があるため、様々な種類の花の蜜が混ざりあい、独特の色合いと風味に特徴があるそうです。しかもミネラルなど様々な成分が含まれ、栄養もたっぷり。採れたての蜜をなめてみると、濃厚な甘さですが甘ったるさは残りませんでした。  さて、山の幸をもうひとつ。対馬では、山の斜面と原木を利用した自然ほだばでしいたけづくりがおこなわれます。良いしいたけを栽培する条件は、日差しが当たらないことと原木そのものにいいものを使うこと。原木は切ったものを乾燥させて使います。11月中旬から3月にかけて採れるのは肉厚が特徴のどんこしいたけです。原木しいたけは肥料や農薬をまったく含まず、水分と木の養分のみで育ちます。そのため臭みがほとんどありません。生しいたけのおいしい食べ方は、炭火でそのまま焼いて藻塩や醤油を少しふりかけるだけです。地元では「森のアワビ」とよばれます。  みなさん、対馬の風土が生んだ豊かな食文化の数々、いかがでしたか?対馬にお立ち寄りの際には、歴史散策の合間に、ぜひ対馬自慢の郷土料理を味わってみてくださいね。 [文:小川内清孝] 参考文献 『長崎県文化百選 壱岐・対馬編』(企画/長崎県 制作/長崎新聞社)
  • ちゃんぽんを作ろう! 2008年05月14日
    ちゃんぽんを作ろう!
    〜長崎の郷土料理(8) 中華編〜  長崎の代名詞ともいえるほど全国的に有名な「ちゃんぽん」は、野菜たっぷりでヘルシーな料理です。  ちゃんぽんが長崎に登場したのは明治時代。中国料理店を営む福建省出身の陳平順さんが、華僑の人びとや勉学に励む中国人留学生のために、安くてボリューム満点のおいしい料理を提供したいと考案した麺料理がルーツといわれます。この新メニュー「ちゃんぽん」は、安さと味の良さが評判を呼び、長崎じゅうに広まりました。  ちゃんぽんの語源は、福建で挨拶代わりに使われる言葉、「ご飯は食べた?」という意味の「吃飯(シャポン)」だといわれています。  いろいろな素材をミックスさせて新しいものを生み出すことを「ちゃんぽん!」という言葉で形容することがあります。ちゃんぽんは、もはや料理だけにとどまらず、大衆文化のひとつになっていきました。  春夏秋冬、いつ食べてもおいしいちゃんぽん。長崎っ子は月に2〜3回はちゃんぽんを食べるのだとか。中華なべひとつでできる手軽さもうれしい母の味でもあります。  今回は、ちゃんぽんの作り方をご紹介します。 材料(1人分) ・ちゃんぽん麺 1玉   ・豚バラ肉の薄切り 25g   ・いか 25g   ・はんぺん(赤と緑) 10g   ・牡蠣(またはアサリ) 15g   ・芝エビ 10g   ・たまねぎ 20g   ・キャベツ 30g   ・キクラゲ 1/4枚   ・もやし30g ○調味料 ・ラード(またはサラダ油) 小さじ1   ・ガラスープ 400cc   ・塩 少々   ・薄口しょうゆ 小さじ2   ・酒 少々   ・コショウ 少々   ・ごま油 少々 ○用意するもの ・ちゃんぽんの器、中華なべ 作り方 (1) 材料を食べやすい大きさに切りましょう。 豚バラ肉は一口大に、いか・はんぺん・たまねぎ・キクラゲは短冊切り、キャベツはざっくりと切りましょう。牡蠣は塩水で汚れを洗い落とします。芝エビは殻を取って身だけにします。もやしはひげ根を取り除いて水洗いしておきます。 (2) 材料を炒めましょう。  中華鍋を熱して、ラード(またはサラダ油)を入れましょう。豚バラ肉、たまねぎ、えび、はんぺん、キャベツ、もやしをさっと炒めてスープを加えます。ひと煮立ちしたらイカを加えて、酒、薄口しょうゆ、塩、コショウで味付けをします。 (3) チャンポン麺をゆでましょう。  (2)にちゃんぽん麺を加えましょう。  麺をほぐしながら、残りのキクラゲ、牡蠣を入れてひと煮立ちしたら、火を止めてごま油を入れます。 (4) 盛り付け♪  完成です。お好みでチャンポンに白コショウをかけて、さぁ、いただきましょう! ★調理のポイント★ ガラスープですが、長崎のスーパーでは"ちゃんぽんの素"なるスープが売ってあります。市販の中華スープでも代用できます。 関東で「はんぺん」と言えば、白くて四角いもの。でも、長崎で「はんぺん」と言えば、赤と緑の鮮やかな細長いものをいいます。長崎の郷土料理にはかかせない材料となっています。 牡蠣やアサリ、エビやイカなどの全部の魚介類がそろわなくても大丈夫です。チャンポンは、冷蔵庫にある材料で手軽に作れるのも魅力のひとつです。 参考文献 長崎県栄養士会
  • 長崎てんぷらを作ろう! 2008年05月07日
    長崎てんぷらを作ろう!
    〜長崎の郷土料理(7) 長崎編〜  てんぷらは、約400年前に南蛮貿易とともにポルトガルから長崎へと伝わった料理です。語源はポルトガル語のTemperoで「調理する」という意味。キリスト教では、肉食を絶って魚を食べる期間をTemporasというそうです。キリシタンたちは、その習慣に習って魚や野菜をフライにして食べていたことから、油で揚げた料理をまとめて「テンプラ」と呼びはじめたようです。  キリシタン文化とともに海を渡ってきた長崎てんぷらは、小麦粉に砂糖などを加えて練り混ぜた衣をつけてカリッと油で揚げます。フリッターに似ていて、衣に味がついているので冷めてもおいしい一品として楽しまれています。天つゆはいりません。アツアツをそのままパクリといただきましょう。  今回は、長崎を代表するお魚のひとつ"アマダイ"を使ってみたいと思います。アマダイは、延縄や以西底曳網などの沖合や遠洋漁業で漁獲され、長崎県は全国の主産地となっています。調理すると風味が出て、柔らかな白身魚の淡泊な味わいを楽しむことができます。 材料(2人分) ○ネタ 季節にあわせて旬の食材で作りましょう。今回はアマダイを使います。 ・アマダイ 1匹  ・鶏のささみ 2本  ・インゲン 4本 ○調味料 ・油 適量  ・塩 少々 ○衣 ・小麦粉 40g  ・卵液 大さじ2  ・酒 大さじ2  ・水 大さじ4  ・砂糖 大さじ1  ・塩 少々 ○用意するもの 天ぷら鍋 作り方 (1) ネタの下ごしらえ  アマダイは3枚におろし、インゲンは半分に切ります。鶏のささみは筋を取り除きましょう。  そして、それぞれのネタに軽く塩をふります。 (2) 衣をつくる  ボールに小麦粉、卵液、酒、水、砂糖、塩を加えます。粘りがでるくらいかき混ぜましょう。 (3) 油で揚げる  (1)のネタに、(2)の衣をつけて180℃の油で揚げましょう。 (4) 盛り付け♪  器に盛り付けて完成です。  さぁ、いただきましょう! ★調理のポイント★ 旬の食材として、たまねぎもおすすめです。長崎てんぷらでオニオンリングもいいかも。季節の味を楽しんでください。 鶏のささみは、いわゆるナゲットです。お好みのソースで楽しんでください。お子さまにも大人気!お弁当のおかずにもピッタリですよ。 参考文献 長崎県栄養士会 「旅する長崎学1 キリシタン文化機 特集-第4章 400年前につたわった南蛮文化を味わう 企画/長崎県 制作/長崎文献社 「長崎の西洋料理 -洋食のあけぼの-」 著/越中哲也 発行/第一法規 ゆめとびネット 長崎県水産部ホームページ
  • パスティを作ろう! 2008年03月26日
    パスティを作ろう!
    〜長崎の郷土料理(6) 長崎編〜  パスティは、鎖国時代、長崎にオランダ人から伝わった料理のひとつです。鶏ガラスープで煮込んだ具材を大鉢に盛り付け、パイ生地をのせてオーブンで焼いた調理法は、鎖国時代のレシピ本『南蛮料理書』にも紹介されています。パイ生地を用いた西洋の調理方法を活かして、中国から伝来したもやしを加え、長崎っ子の嗜好にあうよう、しょうゆを使った和の味付けにアレンジされています。現在、パスティは和・洋・中が一体となった郷土料理として卓袱料理の円卓に並び、長崎の食文化と歴史を味わうことができる一品です。今回は、パスティのつくり方をご紹介します。 材料 ・鶏肉 100g  ・やまいも 100g  ・キクラゲ 1枚(2g)  ・ぎんなん 5個  ・もやし 100g  ・ゆで卵 2個 ・鶏ガラスープ 200cc  ・塩 少々  ・薄口しょうゆ 小さじ1  ・砂糖 小さじ1  ・酒 大さじ1  ・冷凍パイシート 1枚  ・卵黄 少々 ○用意するもの ・大鉢の耐熱容器 作り方 (1) 材料のしたごしらえと準備をしましょう。  鶏肉を食べやすい大きさに切りましょう。やまいもは乱切り、キクラゲは水にもどして一口大にちぎります。ぎんなんは殻を除いて茹で、ゆで卵は縦半分に切ります。  もやしはひげ根を取り除いて、水洗いします。 (2) 煮ましょう。  鍋に鶏ガラスープを入れ、沸騰したら、鶏肉、キクラゲ、ぎんなん、やまいも、もやしを加えて煮ましょう。やまいもがやわらかくなったら、薄口しょうゆ、塩、砂糖、酒で味をつけて、しばらく煮ます。 (3) 耐熱容器に具材を盛り付けましょう。  煮込んだ材料を大鉢に盛り付けましょう。彩りよくゆで卵を飾ります。 (4) パイ生地でフタをしましょう。  パイ生地は1センチの幅でひも状に切ります。耐熱容器の上に、少し隙間をあけながら斜め格子状に編みこんでいきましょう。耐熱容器のふちにグルリと一回りしてパイ生地を押さえます。 パイ生地に卵黄を塗りましょう。  少量の水を加えて混ぜた卵黄をハケで塗ります。 (5) オーブンで焼きましょう。  250℃のオーブンで軽く焦げ目がつく程度に焼きあげましょう。 完成です! さぁ、いただきましょう! ★調理のポイント★ スプーンでパイをザクザクと割って、お皿にとり分けていただきます。  こんがりキツネ色に焼きあがったパイが、パッと咲いたひまわりのようにテーブルを華やかにしてくれます。パスティは、いわば"和のパイ包みスープ"といったところ。意外な組み合わせとその味は、長崎の歴史を感じさせてくれるのです。みなさんもパスティを作ってみませんか。 参考文献 長崎県栄養士会
  • 大村ずしを作ろう! 2008年03月05日
    大村ずしを作ろう!
    〜長崎の郷土料理(5)  大村編〜  大村ずしは、戦国時代に大村の土地を守った領主大村純伊と、勝利を喜んだ領民たちが生んだといういわれのある郷土料理です。  1474年(文明6)、大村家16代当主 大村純伊は、島原半島を治める有馬と激しい合戦を繰りひろげていました。有馬勢の攻防に押された大村純伊は、命からがら唐津の孤島へ落ちのびました。なんとか巻き返しを図ろうと必死の攻防を続ける純伊は、ついに大村領を有馬の手から奪還することができ、再び故郷の地を踏み凱旋帰国したのです。領民たちは、その無事な姿に大喜びしました。しかし、あまりに突然の帰郷だったので、祝い用の食器をすぐに用意することができませんでした。そこで大人数分を短時間で、しかも手軽に食べられる料理として「もろぶた」と呼ばれる長方形の木箱を使った押し寿司を考案しました。ご飯に刺身や野菜を散して上からギュッとサンドした彩り豊かな押し寿司を振舞いました。将兵たちは、脇差しの刀で寿司を切り分けながら食べたといわれています。  時を経て、祝いのもてなし料理となった大村ずしは、南蛮貿易で手に入るようになった砂糖がふんだんに使われるようになりました。  今回は、約500年の歴史をもつ郷土の味、大村ずしをご紹介します。 材料 ○米を炊く ・米 5合  ・酒 大さじ2  ・だし昆布 10cm角 ○寿司飯の合わせ酢 ・酢 100cc  ・砂糖 50g  ・塩 小さじ1 ○白身魚のそぼろ ・白身魚 150g  ・砂糖 大さじ1.5  ・酒 大さじ1  ・塩 小さじ1/6 ○そぎ牛蒡の炒めもの ・そぎ牛蒡100 g  ・油 少々  ・だし汁 少々  ・砂糖 大さじ1/2  ・薄口しょうゆ 大さじ1/2 ○干し椎茸とかんぴょう ・干し椎茸 20g  ・かんぴょう 15g  ・砂糖 大さじ1  ・酒 大さじ1  ・濃口しょうゆ 大さじ1  ・みりん 大さじ1/2  ・干し椎茸のもどし汁 適量 ○はんぺん ・はんぺん 50g  ・砂糖 大さじ1/2  ・酢 大さじ1/2 ○錦糸卵 ・卵 5個  ・塩 小さじ1/5  ・酒 大さじ1  ・グラニュー糖 大さじ1 ○用意するもの 押し寿司用のすし型を準備しましょう。 作り方 (1)寿司飯用のご飯を炊きましょう。  米を研いで、30分くらい水切りをします。次に炊飯器に米を入れ、昆布と酒を入れて、かために炊きましょう。(米の研ぎ汁は、牛蒡のアク抜きに使いますので捨てずに取っておきましょう。) (2)寿司飯をつくりましょう。  ご飯が炊きあがったら、昆布を取り除いて蒸らしましょう。小さな鍋で合わせ酢をひと煮立ちさせて冷まします。  ご飯が蒸しあがったら、飯台にご飯を移します。合わせ酢を少し残してご飯にまんべんなくかけ、しゃもじで切るように混ぜましょう。 *飯台としゃもじは、あらかじめ水に浸し、酢を含ませた布で拭いて準備しておきましょう。 (3)白身魚のそぼろをつくりましょう。  白身魚をゆでましょう。火が通ったら、皮や骨、血合いを取り除いて流水で洗い、身を細かくほぐします。  ほぐした白身を鍋で炒り、砂糖、酒、塩で味つけをします。 *今回は、白身魚に真鯛を使いました。 (4)そぎ牛蒡をつくりましょう。  そぎ切りにした牛蒡は(1)の米の研ぎ汁であく抜きをしましょう。水洗いをして水気を取って油で炒め、砂糖と薄口しょうゆで味付けします。 (5)干し椎茸とかんぴょうをつくりましょう。  干し椎茸は水に戻して細かく切ります。かんぴょうは茹でてから刻みます。鍋に干し椎茸とかんぴょうを入れ、干し椎茸のもどし汁、砂糖、酒、濃口しょうゆ、みりんで煮ましょう。 *かんぴょうの準備! 水で軽く流し塩でもみ洗います。約10〜15分ゆで、水で洗って絞ります。 (6)はんぺんに味付けしましょう。  小さな角型に切って、砂糖と酢をふりかけておきましょう。 (7)錦糸卵をつくりましょう。  フライパンで薄焼き卵をつくりましょう。冷めてから細く切ります。ここで南蛮貿易がもたらした大村独特の砂糖の使い方! グラニュー糖をまぶします!! (8)材料を重ねていきます。1段目!  すし型を準備しましょう。あらかじめ、すし型を手水(酢と水を同量であわせたもの)でぬらしておきましょう。さぁ、材料を順番に重ねていきますよ。  まず1段目に半分の寿司飯を薄くひろげます。そぎ牛蒡(4)と干し椎茸・かんぴょう(5)を1/3ほどの分量を全体に散します。 (9)材料を重ねていきます。2段目!  2段目は、再び残りの寿司飯を広げ、そぎ牛蒡、干し椎茸、かんぴょう、はんぺん、白身魚のそぼろ、最後に錦糸卵、の順番で、具材の色の濃いものから先に重ねていきます。残りの合わせ酢をかけて、手のひらで軽く押しましょう。 (10)完成です!  すしの蓋でキュッと押しましょう。そのまま30分ほど置いたら、5センチ角に切り分けて完成です。  さぁ、いただきましょう! ★調理のポイント★ 各家庭には、こだわりの具材があるようですよ。刻んだ奈良漬けやタケノコ、かまぼこ、刺身、木の芽など、お好みのトッピングで楽しんでください。 関東で"はんぺん"と言えば、白くて丸いもの。でも、長崎ではんぺんと言えば、赤と緑の鮮やかな細長いものをいいます。ちゃんぽんや皿うどんに入れたり、長崎の郷土料理にはかかせない材料です。  海と山に囲まれた城下町で誕生した大村ずしは、自然豊かな地の利を活かして、新鮮な魚と旬の山菜がいっぱい詰まっています。ほんのり甘く、彩り豊かな大村ずしは、お花見やピクニックなど行楽シーズンにぴったりの料理です。ぜひ、お試しください!  キリシタン時代の大村を紹介した「ながさき歴史散歩」の第9回『キリシタン時代の面影をたどる大村の旅〜日本初のキリシタン大名の大村純忠〜』も、あわせてお楽しみください! 参考文献 長崎県栄養士会 「旅する長崎学6 キリシタン文化 別冊 総集編」 企画/長崎県 制作/長崎文献社 2007年
  • トラベル・スタディへようこそ! 2008年02月27日
    トラベル・スタディへようこそ!
    〜旅する長崎学講座〜 ようこそ、長崎県へ! 2月17日(日)からの2泊3日、東京・福岡方面から40名の皆さんがやってきました。実はこのツアー、県が「ながさき歴史発見・発信プロジェクト」の取り組みのひとつとして、平成19年に県外で開講した「旅する長崎学講座」の受講修了生を対象に募集したトラベル・スタディ(現地講座ツアー)なのです。  平成19年の講座は、歴史ガイドブック「旅する長崎学 キリシタン文化編」をテーマにした内容で、次の3箇所で開講されました。中央区民カレッジ〔東京、全5回:平成19年5月〜7月〕、西日本天神文化サークル〔福岡、全4回:平成19年7月〜8月〕、早稲田大学オープンカレッジ〔東京、全8回:平成19年9月〜12月〕。 「座学で膨らませた長崎への思いを抱いて、いざ、遊学の旅へ!!」 参加者の皆さんの知的好奇心を乗せたバスが、いよいよ発車します! トラベル・スタディができるまで  今回のトラベル・スタディは、「旅する長崎学講座」受講修了生の限定ツアーとして、県が企画しました。講座の中に登場したキリシタンの物語、その証明ともいえる数々の文化遺産を実際に長崎の地で確かめ、歴史が伝えているメッセージを肌で感じてもらおうと、講座を担当した先生と職員によってコースが設定されました。(地図をクリックすると拡大します。)  オススメのポイントは次の5つ、 講座を担当したナビゲータ兼講師の先生が同行するオリジナルツアー 地元のガイドさんも登場!世界遺産候補となっている文化遺産に出会える旅 冬のビッグイベント"ランタンフェスティバル"開催中 海外線を走る、島に渡る。長崎らしさの満喫ルート 伝統あるご当地名物、そして冬の味覚。長崎グルメを召し上がれ  歴史だけでなく、その舞台となった自然や風土、そしてそこに育まれた人々との出会いをとおして、今に継承されている思いを伝えたいと思ったら、あれこれ欲ばりな企画になってしまいました。もちろん、旅のお楽しみ、食事や買い物も長崎らしくピックアップ。最後にこのコースを満喫していただける最適な人数として、募集定員は20名に決めました。これで、おすすめ度は100%です。  それでも、どれだけの方が参加してくださるのか、不安がありました。というのも、ある講座で、先方の担当の方にトラベル・スタディを実施したいというお話をしたところ、「過去に他県でも企画したことがあるが、催行人数が集まらずできなかった。なかなか厳しいと思いますよ。」という答えが返ってきたからです。こうしておそるおそる迎えた募集開始の日でしが、なんと20名の定員は一日でほぼ満席という嬉しい反応!「せっかくの機会をできるだけお断りしたくない。」「募集人数を増やしましょうか?」「でも、大勢になることで講座の質を落とさず、場所の雰囲気も壊さずにやれるかな。」いろいろと考えた結果、20名のグループをもうひとつつくる(バス2台)ことにして、あとはやむなくお断りすることとなりました。 奇跡的な好天にめぐまれて  さて、トラベル・スタディが近づくにつれ一番の心配ごとはお天気。関係者がそれぞれ週間天気予報を毎日のようにチェックしながら、一喜一憂。今回のツアーは、まち歩きあり、夕陽あり、船もありで、2月という冬の季節にはちょっと悩ましい・・・。晴れ? いえいえ曇り? うそっ、冷え込んで雪が降る? コロコロ変わる天気予報を横目に、企画者が"晴れ男・晴れ女"ばかりだから大丈夫!と妙な自信をもって、いよいよ2月17日を迎えました。  「本当に奇跡的」といってもいいほどの素晴らしい天気に恵まれた3日間となり、空も海も冬とは思えない青さを見せつけてくれました。企画者と参加者の皆さんの願いが通じた好天に、ただただ感謝するばかりです。  それでは、3日間の旅の様子を、参加者の皆さんの感想を交えてご紹介したいと思います。 1日目 2月17日(日) 曇りのち晴れ  それぞれ長崎空港と長崎駅に集合した皆さんが、昼食会場で合流。午後は20名ずつのグループにわかれて、日本二十六聖人殉教地(西坂 長崎駅近く)と長崎歴史文化博物館(立山 諏訪神社近く)を結ぶコースに点在する史跡を巡るまち歩きです。日本二十六聖人殉教地では、記念館の結城了悟 前館長が出迎えてくださり、殉教者たちの思いをかたちにして伝えている記念碑(彫刻:舟越保武)や記念館・記念聖堂(設計:今井兼次)について解説してくださいました。また、今年11月24日に日本で初めておこなわれる列福式に関連して、西坂で殉教した中浦ジュリアンのお話もありました。 ★1日目の行程(基本コース)★ *場所によって、2グループに別れて散策 長崎空港・長崎駅 集合→(バス)    昼食<吉宗:茶碗蒸しと蒸し寿司>→(バス) 〔1〕 日本二十六聖人殉教地、記念館〔結城了悟 前館長〕→(徒歩) 〔2〕 本蓮寺→(徒歩) 〔3〕 中町教会→(徒歩) 〔4〕 聖福寺→(徒歩) 〔5〕 西勝寺→(徒歩) 〔6〕 サント・ドミンゴ教会跡→(徒歩) 〔7〕 長崎歴史文化博物館 *奉行所お白洲でボランティアによるお芝居を観劇→(バス) 〔8〕 ランタンフェスティバル(自由行動) 長崎市街に宿泊 2日目 2月18日(月) 晴れ  朝から良いお天気に恵まれた2日目。少しひんやりした空気もすがすがしく、一行は大浦天主堂、旧羅典神学校へ。そのあと、浦上に立ち寄って長崎巡礼センターの入口さんにレクチャーしてもらったあと、浦上天主堂へとあがりました。お葬式があるということで、天主堂内の拝観はできませんでしたが、信仰のなかにある教会の姿を感じていただけたようです。  そのあと、バスは外海へ。枯松神社で松川さんと日宇さんが待ってくれていました。外海に潜伏したかくれキリシタンのお話を聴きながら、仏教の方たちと共存してきた地域のきずなを感じることができました。 また、ド・ロ神父記念館では、90歳の橋口シスターのおだやかな微笑みと何もかもを包み込んでくれるようなオルガンの音色に、参加者の皆さんも心癒されたようでした。日宇さんがおやつにくださった手づくりパンの味は格別で、道の駅では地元産の果物などと一緒に買い占めて宅急便で送る姿もみられました。  途中、中浦ジュリアンの生誕地で夕陽を眺め、今夜の宿泊地である崎戸へとバスは向かいます。 ★2日目の行程(基本コース)★ *場所によって、2グループに別れて散策 各ホテル→(バス) 〔9〕 大浦天主堂→(徒歩) 〔10〕 旧羅典神学校→(徒歩)→自由行動→(バス) 〔11〕 浦上天主堂→(バス) 〔12〕 枯松神社→(バス)     昼食<日浦亭:ド・ロ様そうめん>→(バス) 〔13〕 大野教会→(バス) 〔14〕 大平作業場跡→(バス)→*車窓からド・ロ神父のお墓→(バス) 〔15〕 ド・ロ神父遺跡、記念館→(徒歩) 〔16〕 出津教会→(バス) 〔17〕 遠藤周作文学館→(徒歩) 〔18〕 道の駅 夕陽が丘そとめ→(バス) 〔19〕 中浦ジュリアン生誕地→(バス) 崎戸に宿泊 3日目 2月19日(火) 晴れ  あっという間に3日目。今日は、船に乗って黒島に渡ります。ぽかぽか陽気で、この様子なら波も穏やかでしょう。皆さん、3日目の疲れもみせず、ウキウキの笑顔で最終日の一日がスタートしました。  横瀬浦、西海橋を経由して、車窓から見える針尾無線塔や赤レンガの倉庫群など近代化遺産なども楽しみながら、佐世保市の相浦港へ。魚市場内の「もったいない食堂」で素朴な懐かしい味を堪能したあとは、いよいよ黒島へ。バスは1台だけを渡します。ここでも、地元の鶴崎さんと大村さんがガイドとして一行を歓迎してくれました。 ★3日目の行程(基本コース)★ *場所によって、2グループに別れて散策 ホテル→(バス) 〔20〕 横瀬浦→(バス) 〔21〕 西海橋、新西海橋、魚魚市場→(バス)     昼食<もったいない食堂:日替定食>→(バス)→相浦港→(船) 〔22〕 黒島天主堂、島内→(バス)(船)→相浦港→     夕食 持ち帰り<ぎおん:大村ずし> 長崎空港・長崎駅 解散 トラベル・スタディで伝わったもの  今回のトラベル・スタディでは、長崎県の自然、風景、歴史、特産品などの魅力をたくさん見たり味わったりしてもらえたと思います。でも、なにより、企画した私たち自身も感動し感謝したことがありました。それは、各地で心からのおもてなしをしてくださった地元のみなさんの笑顔と気持ちです。このふれあいや交流がなかったら、いくら素晴らしい天気で、どれだけたくさんの場所をまわったとしても、私たちが伝えたかったものの半分も参加者の皆さんの心に残らなかったかもしれません。  最後に、参加者の感想を少しだけご紹介させていただきます(抜粋)。 ○「講座のおかげで、長崎を旅するチャンスを得ました。わくわくして参加しました。みなさんのあたたかいもてなしで、本当に素晴らしい旅となりました。観光ツアーとは違うトラベル・スタディに大満足です。バスの中での先生のお話や、夜の唐人屋敷めぐりも楽しかったです。長崎が大好きになりました。」 ○「企画された皆様のきめ細かい配慮がプログラムの隅々に感じられ、観光ツアーにはない心あたたまる思いで、本当に楽しく過ごさせていただきました。大村湾の夕陽を眺めつつ、大村ずしをいただき、やがて機上の人となり、心地よい疲れをおぼえながら東京へと戻りました。」 ○「青い海、複雑な入江に囲まれた風光明媚な土地に、キリシタンの歴史があることを肌で感じることができました。危険や困難をかえりみず遠い外国からやってきた宣教師や神父のご苦労、迫害にあって殉教された方々の跡をたどり、思わず涙しました。信仰とは何かを真摯に考えさせられました。」 ○「外海や島の方々の素朴な信仰に感動いたしました。今回のトラベル・スタディでは、歴史や文化をベースにして、"今、生きている長崎"を感じることができました。参加者全体の雰囲気も良くて、"大人の学び"という感じでした。食事に関しては高級グルメではなく、ホッとする素朴で新鮮な食材を使った料理に好感がもてました。」 ○「すごくハートフルなトラベル・スタディでした。本当に現存したかくれキリシタンのことを思って、日本人の精神的な凄さと強さを改めて考えさせられました。」 ○「現地のガイドの方のもてなしは、心からうれしかったです。キリスト教の精神が深く伝わっているのが、よーくわかりました。出会った人々をとおして、自分も少しでも変わらなければと思いました。いただいた"遊学のしおり"は、今回の旅の記録として完成させたいです。地方の文化、日本の文化をひろめるために、長崎県の取り組みをもっともっと日本中の人々に知ってもらいたいですし、見習ってほしいと思いました。」 ○「長崎県の素顔に会えたような素敵な旅でした。」