たびながコラム

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オランダ正月

〜吉雄耕牛から江戸へと広まった太陽暦で祝う新年会〜

 オランダ正月とは、17・18世紀の鎖国時代に、長崎の出島で暮らすオランダ商館員たちが太陽暦の1月1日に新年を祝って開いたパーティーのことをいいます。この催しには、長崎奉行所の役人、オランダ通詞とよばれる日本人通訳、出島の管理をおこなう出島乙名(おとな)など、日ごろ出島に従事する人たちが招待されました。大広間に案内された日本人たちは、オランダ人たちと同じテーブルを囲んで席に着き、オランダ流のもてなしを受けました。ギヤマングラスに注がれたワイン、豚や牛の料理、パンやカステラなど珍しいオランダ料理を味わい、西洋の文化を体験したのです。異国の文化に関心をもっていた長崎の人たちは、その様子を版画や絵画に描き残しています。

 今回は、オランダ正月をご紹介します。

「オランダ正月」と呼ばれた理由

 出島の役人や通詞たち日本人がオランダ商館主催のパーティーに招待されるのは旧暦11月11日(冬至から11日目)。当時の日本は、月の満ち欠けの周期をもとにつくられた太陰太陽歴を使って生活をしていました。これは、種まきや収穫期の目安となる生活に欠かせないものとして古くから使われてきた暦です。しかし、長崎の出島に滞在するオランダ人たちが使っていたのは「太陽歴(グレゴリオ暦)」でしたから、その1月1日に新年を祝うパーティーを開催していました。このような暦の違いから、日本の人たちが旧暦で祝う正月に対して、オランダ人が太陽暦で祝うパーティーを「オランダ正月」と呼ぶようになったのでしょう。その後、日本が太陽暦を導入したのは1872年(明治5)、明治政府になってからのことでした。

「オランダ正月」流行の発信源のひとつは 蘭学者 吉雄耕牛にあり

 オランダ正月という西洋スタイルのもてなしを世に広めた人物のひとりに、長崎奉行所の大通詞(通訳)で吉雄流紅毛外科医の祖 吉雄耕牛がいました。

 吉雄耕牛は、あの有名な『解体新書』〔杉田玄白や前野良沢らが西洋医学の解剖書『タアヘルアナトミア』を翻訳したもの〕の序文を書いています。耕牛は、「是非に序文を書いてほしい。」と頼まれるほどの蘭学者でしたが、残念なことに一般には意外と知られていない人物かもしれません。彼は、オランダ通詞として出島で働き、直接オランダ人から学問を教わり、自分の屋敷に吉雄流紅毛外科の私塾を開設するなど、西洋医学に精通する蘭学の大家として活躍しました。

 "蘭学"とは、オランダ人を通じて日本に入ってきた西洋の学術や文化を研究する学問のこと。当時、幕府の禁教政策で、西洋の学問を学ぶことはご法度でした。しかしながら、鎖国時代に唯一西洋との交易を許された長崎「出島」では、海外からもたらされた最新の知識が、オランダ人との接触を許されていたオランダ通詞たちへと伝授されていきました。「蘭学のため、長崎へ向かいし候…。」全国から多くの人々が長崎をめざしたのです。遊学者たちは、長崎の通詞たちが開く私塾に通いながら、医学・天文学・本草学・地理学・科学などを学び、故郷の藩の発展のために尽くしました。その私塾のひとつが「吉雄塾」で、発明家の平賀源内や洋画家の司馬江漢たちの姿もありました。

 吉雄耕牛は、自分の屋敷の2階に西洋のインテリアで飾られた「オランダ屋敷」と呼ばれる西洋風の客間をつくりました。ここは、誰もが一度は訪れたいと羨む人気のスポット! オランダ料理が振る舞われ、西洋の風習や文化を伝える発信源として、蘭学者が集い学問を語るサロンとなっていたようです。

江戸の蘭学者たちが集った「オランダ正月」

 1785年(天明5)に長崎遊学した大槻玄沢は、天文学に精通する蘭学者 本木良永の屋敷に下宿しながら、吉雄耕牛の私塾で西洋医学の勉強に勤しみました。耕牛宅の西洋の客間「オランダ屋敷」にはとても感動したといわれています。玄沢は、出島を見物したり、異国の文化に触れたりして、遊学の思い出を胸に帰郷したのでした。

 玄沢は、長崎遊学で体験した感動を伝えたいと考え、仙台藩医を勤めた後に江戸で開いた蘭学塾「芝蘭堂(しらんどう)」で、1794年(寛政6)太陽暦1月1日、新年を祝う新元会"オランダ正月"を催しました。この会には江戸じゅうの蘭学者が集まり、西洋医学の祖ヒポクラテスの肖像を床間に飾り、ギヤマングラスで乾杯し、オランダ料理のフルコースを楽しんだそうです。こうして、オランダ正月は蘭学者のあいだで恒例の行事となりました。

 鎖国政策のなかで、日本の学者たちが研究した蘭学は、近代化へと向かう日本の発展に大きく貢献しました。

参考文献
  • 「旅する長崎学7 近代化ものがたり機
    巻頭特集-第1章 「長崎蘭学」が日本の学問をリードした
    企画/長崎県 制作/長崎文献社 2007年
  • 「新編 おらんだ正月」 著/森銑三 編/小出昌洋 発行/岩波書店 2003年
  • 長崎古版画「長崎名所かわら版」 版元/長崎南蛮屋
  • 「長崎開港物語〜みろくや食文化」 著/越中哲也 みろくやHP


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