たびながコラム

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壱岐の島の神々に出会う

気になる存在

勝本町湯の本温泉町並み
歩いているとノスタルジックで惹きつけられる

 壱岐の島を周遊していると、神社や祠(ほこら)を多く目にします。決して存在感を主張しない素朴さが、かえって印象深く、なぜか心に残りました。

 

 “島”というと、夏のリゾート地といったイメージがありますが、そればかりではない、何か特別なものを感じるのです。家のたたずまいや町並みは島独特の自然に溶け込んでいて、島に住む人々の暮らしがそのまま景観に融合されている印象を受けます。

 夏、美しい海で遊ぶのももちろん壱岐の楽しみ方! でも今回は、何かしら気になってしかたがない、壱岐の特別な雰囲気にひたる旅に出かけてみたくなりました。

神話に登場する壱岐

『古事記』の中に壱岐が登場するのは、国生み神話です。


海をかき混ぜ・・・オノゴロ島ができました

 イザナギノミコト(伊邪那岐命)とイザナミノミコト(伊邪那美命)が、天の浮橋(うきはし)から矛(ほこ)をおろして海をかき混ぜ引き揚げると、矛の先から潮が垂れて重なり積もり、オノゴロ島が出来ました。ふたりはこの島に降り、結婚して子供を生み、これが国土となりました。


5番目に生まれたのが伊伎島でした。

 まず淡路島が誕生、次に伊予二名島(いよふたなのしま)[四国]、隠岐島、筑紫島(つくしのしま)[九州]、そして5番目に生まれたのが伊伎島(いきのしま)[壱岐]です。その後は津島(つしま)[対馬]、佐渡島、本州と続きます。これら日本の大きな8つの島が、大八島国(おおやしまぐに)です。

 国生み神話に登場する伊伎島は、天比登都柱(あめのひとつばしら)という別名を持ちます。「天上に達する一本の柱」という意味です。この柱は、神話学では世界の中心を表し、天地を繋ぐ交通路を意味するという説があるそうです。


壱岐島をつなぎとめた8本の柱はどこ?

 また、こんな話も伝わります。伊伎島はあっちこっちへ動いてまわる“生き島”だったので、流されてしまわないようにと、神様は、島をぐるりと囲むように8本の柱を立てて繋ぎ止めたそうです。8本の柱は折れてしまって、いまは岩として残り、折れ柱といわれています。壱岐の観光スポットとして有名な猿岩(さるいわ)と左京鼻(さきょうばな)が、その8本のうちの2つとされていることは、意外と知られていません。

 また、『日本書紀』には、壱岐の月神が中央(京都)へ分霊されるいきさつが記されています。ドライブルートで訪ねた「月読神社」をご覧ください。

  
(左)左京鼻:8本の柱のひとつ(右)猿岩:8本の柱のひとつ
外交の道に神様あり

印通寺港:かつて雪連宅満が寄港したと考えられる

 壱岐には、遣新羅使一行のひとり、雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)が眠っています。

 736年(天平8)の遣新羅使一行が詠んだ歌145首が、まるで旅行記のように『万葉集』におさめられていますが、そこに雪連宅満の名もあります。彼は、長旅の途中で病にかかり、壱岐の地で病死しました。彼の先祖は、壱岐出身の卜部(うらべ:国の吉凶を占う役職)であったといわれ、雪連宅満にとって壱岐はゆかりの地でした。彼の死を悼んだ同行者たちによって挽歌9首が詠まれています。

 当時、日本から遣新羅使、遣隋使や遣唐使が派遣されていますが、この時代に海を渡ることは命がけの旅で、とても危険でつらいものでした。遣新羅使も、「わたつみの 恐(かしこ)き道を 安(やす)けくも なく悩み来て…(海の神がいる恐ろしい海の路を安らぐこともなく悩みながら来て…)」(万葉集巻第十五・三六九四)と歌に詠んでいます。

 そのため航海の安全を願い、神々の力に頼りました。壱岐では航海の神・住吉神社、月と潮汐の神・月読神社、対馬では海神の和多津美神社(わたつみじんじゃ)などを祀り、外交上重要な使命を担って派遣される使節の無事を祈願しました。朝鮮半島・中国大陸へと渡る「海の道」上に位置する壱岐・対馬は、日本の中でも特別な島として重視されていました。7世紀後半、律令制のもとに国家となった日本において、2つの島は「壱岐国」「対馬国」としてそれぞれひとつの国の扱いを受けていたのです。

無数の神々が宿る島

原の辻で発見された卜骨

 朝廷の祭祀を司る神祇官(じんぎかん)のもとで、吉凶を占う「亀卜(きぼく)」を担当した職を卜部(うらべ)といいます。927年(延長5)に完成した律令の施行細則『延喜式(えんぎしき)』によると、卜部は伊豆・壱岐・対馬の3国から登用されたとあります。

 壱岐においては、弥生時代の原の辻遺跡・カラカミ遺跡からシカやイノシシの肩甲骨を利用した卜骨、古墳時代末期の串山ミルメ浦遺跡からは亀卜に利用した亀の甲羅が発見されており、古くから獣の骨や亀の甲羅をつかった占いがおこなわれていたことがわかります。

 壱岐の島に神々が多いのは、『延喜式(えんぎしき)神名帳(じんめいちょう)』からもわかります。天皇の名でおこなう行事の時に供物を下賜(かし)する神々の数は全国で3132座、式内社(官社として登録された神社)は2861社が列記されています。9国2島(壱岐・対馬)がある西海道(九州エリア)には107座98社があり、そのうち壱岐に24座24社があります。

 また、壱岐には式内社のほか稲荷神など島外から招請して祀っている神社や土地の人が発見した自然の精霊など、島のあちこちに大きな祠(ほこら)、小さな祠(ほこら)があり、それぞれに神様が宿っているようです。素朴ながらも人々の暮らしに密着した信仰の形にも出会うことができました。

島内の神主たちが集い、音を奏で、舞う・・・壱岐神楽(いきかぐら)

国指定重要無形民俗文化財に指定されています:壱岐市観光協会提供

 起源についてのはっきりした記録はないそうですが、聖母宮(しょうもぐう)の吉野家文書によると、室町時代初期に神楽を舞った25人の名前が残されています。

 その後、江戸時代の寛文書記の書物に、聖母宮で唯一神道の形式で大神楽をおこなったという記述があり、広く庶民に理解できるよう、歌や手振りなどを改めたとされます。これが今日に伝わる壱岐神楽の始まりといわれています。

 神楽師による舞とは異なり、島内の神職たちによって伝承され、民俗芸能というよりも神聖性が強調されているのが特徴。幣(へい)や鉾(ほこ)、弓などの供物を持って舞いますが、寝ころんだり飛び跳ねたりとアクロバットのようなユニークな動きも見どころです。


晩秋の夜には住吉神社に設けられた特設会場で、
夜神楽が披露されます(期間限定):壱岐市観光協会提供

 壱岐神楽には、自然の恵みに神を見いだし、崇めてきた精神が息づいています。曲目は全部で35曲で、「太鼓始(たいこはじめ)」「荒塩(あらじお)」「神遊(かみあそび)」など6曲を約1時間で演じる「幣神楽(へいかぐら)」、神と人をつなぐ木として神聖視されている榊をたたえる舞いが演じられる真榊(まさかき)を含む「小神楽(しょうかぐら)」、壱岐神楽のメインとされ最も多く演じられる代表的な「大神楽(だいかぐら)」、最も厳粛で神事としての色が濃い「大大神楽(だいだいかぐら)」の4種類に分けられます。

大大神楽


住吉神社:ライトアップされ幻想的に変わる

 年間を通じて壱岐各地の神社で奉納されていますが、一番最後の12月20日には住吉神社で「大大神楽」が演じられます。また、毎年8月の第1土曜日、石田町筒城ふれあい野外ステージで「壱岐大大神楽」が公演されますし、晩秋の夜には住吉神社に設けられた特設会場で、夜神楽が披露されます(期間限定)。神聖でありながらも、一般の人も気軽に招き入れてくれます。

 

問合せ先:壱岐市観光協会 電話:0920-47-3700

参考文献
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