たびながコラム

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海上の交差点・対馬

大陸と日本の「文化の交差点」

縄文時代中期の土器(上)後期の土器(下):峰町歴史民俗資料館

 はじめて海を渡ると対馬国に到着。断崖絶壁の島で、山は険しく、森も深く、道は獣道のように細い。また、水田が少なく、海産物を食べ、朝鮮半島や大陸と日本本土を行き来して交易をおこなっている・・・

 

 このような対馬の様子が、日本が「倭」とよばれていた時代に書かれた中国の歴史書『三国志』の一節に登場します。弥生時代後期、中国の「魏」が治めていた帯方郡(朝鮮半島)から海を渡って、倭の女王が住む邪馬台国に至るまでの道筋にある国々の様子などが描かれている部分は『魏書東夷伝 倭人の条』、通称『魏志倭人伝』といわれます。当時の日本のことが2008文字で記されていますが、その中にまっさきに登場するのが対馬国なのです。この文献から、弥生時代に大陸と日本の間に行き来があったことがわかります。

 それでは、もっと前の縄文時代には、大陸と対馬の交流はあったのでしょうか?今度は、遺跡から出土する土器を見てみましょう。

 対馬の縄文時代の遺跡から、装飾文様が盛り上がった隆起文土器(りゅうきもんどき)や櫛(くし)の歯状の道具でつけた文様が特徴の櫛目文土器(くしめもんどき)、また、九州産黒曜石(こくようせき)の石鋸(いしのこ)や西北九州型といわれる結合式釣針が出土しています。そして、これらの遺物は朝鮮半島の遺跡からも見つかっているのです。このことから、九州本土と対馬と朝鮮半島のあいだに行き来があったことがわかります。共通性のある土器や漁労具の出土は、かつて海人たちが海を渡った活動の証でもあり、縄文時代から海峡を越えた交流がはじまっていたことを今に教えてくれます。


黒曜石:峰町歴史民俗資料館

 縄文時代中期の遺跡「ヌカシ遺跡」(豊玉町)から、大陸系の石器である石包丁(いしぼうちょう)様石器や扁平片刃石斧(へんぺいかたばせきふ)が出土しました。縄文時代後期の「佐賀(さか)貝塚(峰町)」でも扁平片刃石斧が見つかっています。弥生時代に入ると、「志多留(したる)貝塚」(上県町)の地層から石庖丁が出土しています。

 これらの道具は農耕のはじまりを示すもので、中国大陸の農耕文化が朝鮮半島を経由して縄文時代中・後期に対馬に伝わり、その後日本列島に伝播していったと考えられます。対馬は古代から大陸と日本の文化の交差点としての役割を持っていました。

森の中の世界に見る「生物分布の交差点」

龍良山(たてらやま)原始林

 国の天然記念物に指定されている龍良山(たてらやま・たてらさん)と白嶽(しらたけ)には原始林が残ります。展望台から遠くその原生林をのぞむと、美しく統一された緑色に染まっています。古くから伐採されることも植樹されることもなく、人の手がはいらずに時が流れてきたため、山々の表情は今も限りなく太古の時代に近いものなのです。その神秘的な空気はまさに神々が住むところといった感じで、龍良山は対馬独特の天道信仰の聖地として、また白嶽は山岳信仰の聖地として崇められてきたことにもうなずけます。

 このほか、白村江(はくそんこう・はくすきのえ)の戦い後の防衛対策として築かれた山城「金田城」跡や、豊臣秀吉が朝鮮出兵時に築いた「清水城」の石垣が残る有明山(ありあけやま)、国定公園・国指定天然記念物・鳥獣保護区等の指定を受けている御獄(みたけ)なども、対馬の歴史性や地理的な特徴をあらわしています。

 

※入山の許可が必要な山もありますので、事前に厳原森林事務所(TEL:0920-52-0243)へご確認ください。

 

 さて、これら対馬の山々に生息する動植物を観察してみると・・・。

 

 対馬には、ヒトツバタゴやチョウセンヤマツツジなど大陸系の植物群が自生しています。またシマトウヒレンやツシマギボウシといった対馬にしか自生していない植物に出会うこともできます。


ツシマヤマネコ:環境省 対馬野生生物保護センター

 生物ではアキマドボタルやツシマテン、ツシマヤマネコなどが日本では対馬にしか生息していません。アキマドボタルは、中国や朝鮮半島などにいる大陸系の珍しいホタルで、9月から10月にかけて草地や林の緑の中で単独で強い光りを放ちながら飛びます。絶滅の危機に瀕しているツシマヤマネコは、約10万年前に大陸から渡ってきたと考えられています。近年の遺伝子研究から、アジア大陸産のベンガルヤマネコにきわめて近い種類であることが判明しました。ツシマヤマネコが朝鮮海峡を泳いで渡ったとは考えにくく、陸地を渡ってきたとする方がより現実的です。


ヒトツバタゴ:対馬観光物産協会提供

 このように日本と大陸の動植物が混生する対馬独自の生態系は、まさに「生物分布の交差点」。対馬の動植物において、大陸系の動植物とこれだけ多くの共通点がみられることから、やはり対馬は“陸橋の島”ともいえるようです。はるか昔むか〜し、対馬が大陸とつながっていたのかどうか・・・。みなさんはどう思いますか。



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