たびながコラム

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小説『沈黙』に登場する晧臺寺を訪ねて

〜坐禅も体験してきました!〜

 小説『沈黙』で、仏教に改宗した宣教師フェレイラが住んでいたお寺という設定で登場する晧臺寺(長崎市寺町)。作者である故・遠藤周作氏は取材で長崎を訪れた際、フェレイラのお墓を探しに晧臺寺を訪ねています。16・17世紀の日本の仏教寺院は、キリシタン文化が隆盛を迎えた陰に、キリシタンたちによって放火などの破壊を受けたという歴史もありました。

 今回は、小説『沈黙』の舞台となった晧臺寺をご紹介します。坐禅の体験もさせていただきましたよ。

坐禅体験

 海雲山晧臺寺(こうたいじ)では毎週土曜日に坐禅会が催されています。開始時間が夜19時からとあって、お昼とは一味違う雰囲気のなかで坐禅を体験できます。この日は、特別に撮影の許しを得て参加させていただきました。

 蝋燭に火が灯る僧堂に入ります。まず、壁に向かって丸いクッションのような坐蒲に腰を下ろし足を組みます。うっすらと目を開けたまま、呼吸を整えて自分の心と向き合います。夜の闇が包む空間に身を置いて、静かに流れていく時を感じる・・・。坐禅を終えると、仏像の周りをゆっくり歩く経行(きんひん)がおこなわれます。鐘の音が鳴って終了。別室でお茶を飲みながら方丈さまとの楽しい談話など、とても日常では味わえない贅沢なひとときを過ごし、満足感でいっぱいでした。長崎の身近な場所に、坐禅の体験ができるお寺があるなんて、新たな発見でした。

 ここ晧臺寺は、小説『沈黙』に登場する場所。フェレイラとロドリゴのここでの問答の様子を想像したり、また、フェレイラのお墓はどこなのかと考えたり、頭のなかがいっぱいになっていました。晧臺寺を舞台に、キリシタン時代の歴史をみてみましょう。

キリシタン文化隆盛の陰に、破壊を受けた仏教寺院の苦悩

 16・17世紀の日本では、ポルトガル船に乗ってやってきた外国人宣教師たちによる布教活動によって、キリスト教が広まり入信する人々が増え続けました。

 一方で、仏教寺院などに対する攻撃も大きかったようです。たとえば、ザビエルが平戸に降り立ちキリスト教の種を蒔いた後、ヴィレラ神父などの活躍によって平戸のキリシタンは1,500人にもなりました。しかし、一部のパードレ(司祭)たちによって、寺にあった仏像が無残にも焼き払われ、神社も破壊され、寺院は教会に改造されました。このため仏僧や仏教徒の反感が強まり、ヴィレラ神父は平戸から追放となり、教会堂は破壊されました。また島原半島でも、有馬晴信がキリシタンになると寺社破壊がおこなわれました。岩戸山の洞穴(加津佐)に隠された仏像も処分したという報告が、宣教師フロイスの報告書にも出ています。

 1580年(天正8)、キリシタン大名 大村純忠の領地"長崎"と"茂木"がイエズス会へと寄進され、住む人々はほとんどがキリシタンという時代。多く教会が建ち並び、長崎はさながら「小ローマ」のようだといわれました。1584年(天正12)、有馬晴信も領地の"浦上"をイエズス会に寄進しました。しかしその3年後には、豊臣秀吉が伴天連追放令を出し、イエズス会領となっていた長崎・茂木・浦上を取り上げ直轄地とします。続いて1592年(天正20)、長崎の教会の破壊を命令しますが、莫大な利益をもたらす南蛮貿易は続けたいという秀吉の意向もあって徹底されない部分もあり、教会は再建されて、徳川幕府の禁教令発布の1614年まで、キリシタンの町としての長崎は生き残ります。

 さて、「晧臺寺」が長崎の地に創建されたのは1608年(慶長13)の頃。長崎は教会の建築ラッシュで、さらに新しい教会が建てられており、領民の心はキリシタン文化へと向いていた時代です。仏教徒にとっては厳しい状況のなかで、晧臺寺は仏教の復興に力を注いだといわれます。豊臣政権に幕が降りて、1614年に徳川幕府の禁教令が発布されると、次第にキリシタンの勢いは衰えていきました。晧臺寺は、キリシタンたちを仏教徒へと改宗させながら、禅寺としての基盤を築いていったのです。

小説『沈黙』に登場する晧臺寺

 そんな16・17世紀の長崎を舞台にして描かれた故・遠藤周作氏の小説『沈黙』では、フェレイラが住んでいたお寺という設定で、晧臺寺が登場します。フェレイラは、17世紀の日本に実在した人物で、日本で布教活動をしていたイエズス会のポルトガル人宣教師。徳川幕府の禁教令によって捕らえられ、厳しい拷問の末、キリスト教を棄て、日本名を沢野忠庵と名乗り生き続けたのです。フェレイラを師と仰ぐ主人公ロドリゴは、フェレイラがキリスト教を棄てたことを信じられず、緊迫した情勢の中、密かに日本へと潜入。しかし、捕らわれの身となってしまいます。

 小説では、ロドリゴが長崎奉行所の役人に連れられて、ここ晧臺寺へとやってきます。転んだ(棄教した)フェレイラと、転んでいないロドリゴが面会する場面! 対極の位置にいる2人によって「棄教のおろかさ」「生きることの意味」「殉教とは」と問答するシーンが、境内を舞台に繰りひろげられます。

 また、遠藤周作こと狐狸庵先生が、フェレイラのお墓を探しに訪れた場所でもありました。晧臺寺の裏山には、写真の開祖 上野彦馬、シーボルトが愛した女性 お滝さんと娘の楠本イネなどのお墓があります。

 晧臺寺は、歴史の舞台であり、長崎で活躍した人たちに親しまれたお寺なのです。

参考文献
  • 『沈黙』 著/遠藤周作 発行/新潮社 1966年
  • 『旅する長崎学1 キリシタン文化機戞ヾ覯茵芯杭蠍 制作/長崎文献社 2006年
  • 晧臺寺HP
取材協力
  • 晧臺寺


うんちくバンク

人物
  • 有馬晴信
  • 遠藤周作
  • 大村純忠
  • シーボルト
歴史事件
    資料
      場所
      • 晧臺寺
      その他
      • イエズス会
      • 伴天連

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