たびながコラム

ホーム   >  たびながコラム  >   長崎みやげ話

鯨賓館(げいひんかん)ミュージアム

 みなさんは、鯨のことをどのくらい知っていますか?

 今回は、上五島の北の玄関口・有川港の1階にある鯨賓館(げいひんかん)ミュージアムを紹介します。ここには鯨の生態や近代捕鯨までの歴史、鯨の食文化など、鯨に関する資料がたくさん! 資料やパネルの展示物や動画をとおして、鯨について詳しく知ることができます。

 新上五島町・有川は、むかし鯨が多く回遊していたポイントで、銛(もり)突きによる“有川捕鯨(ありかわほげい)”が盛んにおこなわれていました。

 さあ早速、日本でも珍しい鯨の博物館「鯨賓館ミュージアム」へ入ってみよう!

 鯨やイルカの模型をはじめ、鯨に関する歴史資料など、とても充実した展示内容になっています。

 鯨の進化の過程やイルカとの違いなど、これまであまり意識したことのなかった気づきもありました。

 歴史については、江戸時代の有川捕鯨や近代捕鯨、鯨の食文化などが紹介されています。有川に伝わった捕鯨法や使用されていた道具をとおして、当時の人々がどのように鯨にかかわり、大切に親しんでいたのかがよくわかります。近代捕鯨のコーナーでは、捕鯨法や鯨の解体・利用、捕鯨船内の様子などについての資料を見ることができます。

 五島での捕鯨方法は、突取(つきとり)式捕鯨法から網取(あみとり)式捕鯨法、そしてノルウェー式捕鯨法へと移り変わっています。捕鯨砲を用いたノルウェー式捕鯨法からが「近代捕鯨」と位置づけられていますが、この手法を日本で初めて導入したのが有川だということはあまり知られていません。南氷洋捕鯨の記録動画を閲覧できますので、近代捕鯨の様子を具体的に知ることができます。

 また、現在日本が行っている調査捕鯨の様子や内容なども紹介されていますので、自分なりに現在の捕鯨について考えてみるのもいいかもしれませんね。

面白い展示

 鯨の重さは、いったい自分の体重の何倍ぐらいあるのかな?

 自分の体重を基準として、鯨の重さが何人分になるのかを測定できる機械があります。ちなみに私の場合、シロナガスクジラはなんと私の1586人分でした。

 やっぱり鯨は大きいっー!改めて実感させてくれる結果でした。

鯨に関する史跡

 鯨賓館ミュージアムで鯨について学んだあとは、周辺にちょっと足をのばしてみましょう。ここから徒歩圏内には、鯨に関する史跡がたくさんあるんですよ。

 有川湾を見渡せる鯨見山には「山見小屋」が置かれ、鯨が来たことを知らせたり、出漁の合図などを行っていました。山見小屋のすぐ傍には、鯨の供養碑があります。碑文には、1691年(元禄4)から1712年(正徳2)までの21年間に、1312頭の鯨を捕獲したことが刻まれています。このような鯨供養碑は、有川対岸の新魚目(しんうおのめ)、五島市の富江町(とみえちょう)にもあり、この西海の地で鯨がいかに多く捕れていたかがわかります。

 鯨賓館ミュージアムのそばには水難防止を祈願して龍神様を奉っている海童神社があります。ナガスクジラの顎の骨でできた鳥居があり、捕鯨で栄えた有川地域を代表するもののひとつです。この神社には、「十七日祭り」と呼ばれる伝統行事があります。

 1617年(元和3)から1619年(元和5)の間、毎年6月17日に限って、近くの海で遊泳する者の溺死が相次いだといわれています。人々が気味悪く思っていると、時の乙名役(おつなやく)、高井良福右衛門の夢枕に海神様が立ち、

「わしは、この地にずっと昔から住んでいるものだが、誰も祀ってくれるものがいない。以後わしを祀るものがいれば、願いを叶える」

と言いました。さっそく福右衛門は、村の人々にはかり、当時小島だったこの地に海神様を祀って、即席の芝居を奉納したところ、溺死する者がいなくなったと伝わります。

 これが今でも「十七日祭り」と呼ばれる伝統行事として残り、例年7月の第4日曜日に行われているのです。花火を合図に海童神社に奉納され、その後三味線や太鼓を響かせながら町中に繰り出して、数カ所の踊り場で寸劇が演じられます。

息づく鯨文化

 五島藩では、魚目が富江領に分立して有川の海は富江領とされたため、五島藩領であった有川村民の入漁猟が一切禁止されてしまったという歴史があります。

 有川の甚右衛門正利は村民の窮状を救うため、藩の重役たちに必死で訴えを繰り返しましたが、富江は大村藩の深沢義太夫(ふかざわぎだゆう)に15年間の捕鯨権 を与えてしまいます。双方の争論は絶えず、ついに甚右衛門正利は江戸公訴を決意します。この事件は有川・魚目の海境争いとよばれています。

 幕府評定所はその決死の訴えに、1689年(元禄2)、1690年(元禄3)と二度にわたり、有川村に海の権利を公認しました。

 江戸へ行き直訴していた甚右衛門正利は、道中、鎌倉の弁天様に勝訴の祈願をしていました。有川の勝訴で決着したことから、1691年(元禄4)にこの分霊を浜の小島に祀り、有川鯨組の守り神として、年の初めに鯨漁の安全を祈ったそうです。それから300年余り、鯨組や有川の守り神として住民の厚い信仰を受けてきました。

 毎年1月第三日曜日、鯨を捕まえる羽差(はざし)の姿をした若者たちが太鼓をたたき、鯨唄を歌いながら地区内を練り歩き、大漁、商売繁盛、家内安全を祈願する行事「弁財天(めーざいてん)」が行われます。約400年前の慶長年間に始まったといわれています。昔、弁財天でたたいていた太鼓には鯨の心臓の皮膜が張られていました。現在では手に入らないため馬の皮が使用されていますが、当時の太鼓が鯨賓館ミュージアムに展示されています。現在の太鼓とは音の響きが違いますので、ぜひ訪れた際には確認してみてくださいね。

 2011年の弁財天は、1月16日(日)早朝から開始されます。弁財天宮をスタートし、有川の町の中を練り歩きます。鯨賓館ミュージアムでは鯨の肉をふるまうこともあります。ぜひお出かけください。

 弁財天(メーザイデン)のほかにも、有川では8月にスケッチ大会、10月には鯨丼祭りなど、鯨にまつわるイベントがいろいろ開催されます。有川港・鯨賓館ミュージアムを中心として、近隣の広場や徒歩圏内の史跡で行われるものが多いので、お出かけの際は、イベント情報もぜひチェックしてみてください。

鯨賓館ミュージアム

【開館時間】

午前9時〜午後5時

【入館料】

一般・・・200円

(団体・15人以上・・・150円)

小・中学生・・・100円

(団体・15人以上・・・50円)

【休館日】

毎週月曜日、年末年始(12月29日〜1月3日)

【お問い合わせ】

〒857-4211 長崎県南松浦郡新上五島町有川郷578-36

TEL:0959-42-0180

 

URL:http://k101ow01.town.shinkamigoto.nagasaki.jp/geihinkan/index.html


周辺散策地図


アンケート

コメント