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平戸城

 平戸城は長崎県平戸市にあった城で、江戸時代には平戸藩松浦氏の居城でした。平戸島の北部に位置し、対岸の九州本土を望む平戸瀬戸に突き出た丘陵上にあります。平戸港を見下ろす好地にそびえるこの城は、西海屈指の名城であり、2006年(平成18)には日本100名城にも選定されています。

 平戸は、中国など東洋との絆も深く、アジアの貿易拠点でした。1550年(天文19)にポルトガルの貿易船が初めて平戸に入港すると、中国との交易もあいまって、平戸は「西の都」と呼ばれる国際貿易港として知られます。1609年(慶長14)にはオランダ、次いでイギリスが商館を設置するなど、鎖国が行われるまでは対外貿易の中心地として栄えていました。これだけでも平戸は、歴史のロマンと格調高い文化の香りを感じますね!さあ、早速見に行ってみよう!

平戸城の歴史

 平戸松浦氏は、豊臣秀吉権下の1587年(天正15)、63,200石の大名となり、朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際は、約3,000の兵を率いて朝鮮半島を転戦しました。帰還後の1599年(慶長4)、初めてこの地に「日の岳城」を築城すべく着手しますが、完成を間近にした1613年(慶長18)の大火 によって焼失してしまいました。

 1603年(慶長8)、徳川家康が征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任官されて江戸幕府が始まり、幕藩体制は確立されつつありました。そのような中、家康は、秀吉と親交が深かった松浦家に疑いのまなざしをむけていました。松浦鎮信(しげのぶ)(法印(ほういん))はその疑いを払拭するために、日の岳城に火をつけて焼却し、所領を安堵されたともいわれています。

 それから約100年後の1704年(宝永元)、幕府の許可のもと、平戸城(亀岡城)再築に着手しました。山鹿素行(やまがそこう)の軍学に沿った縄張りがなされた全国でも珍しい城です。14年の歳月を費やし、1718年(享保3)に完成しました。1871年(明治4)に廃城となりましたが、1962年(昭和37)に平戸市が復元しました。

平戸城の見どころ

 天守内は、現在資料館となっており、松浦党などの貴重な資料の数々が展示されています。このほか、弥生時代の里田原遺跡(さとたばるいせき)や遣唐使時代の資料も展示されており、3世紀頃に西海鎮護のため志々伎(ししき)、宮の浦に駐留した十城別王(とおきわけのみこと:仲哀天皇の弟)の武将である七郎氏広のものといわれる鐶頭太刀(かんとうのたち:国指定重要文化財)も見応えがあります。

 そして大航海時代の南蛮貿易を物語る資料や代表する工芸のひとつであった刀工の作品の数々、平戸のカクレキリシタンの遺物品なども展示されており、当時の平戸の歴史や文化がよくわかります。また明治天皇とその祖母にあたる中山愛子姫(松浦清[静山]の第11女)の資料をはじめとして幕末の平戸藩の歴史を知ることができます。

天守閣

 天守閣にのぼると、眺望が素晴らしく、遠くは壱岐まで望むことができます。目下には平戸港が見え、南蛮貿易時代にポルトガル船やスペイン船、オランダ船が行き来していた海が広がり、大航海時代のロマンを感じさせます。国指定史跡「平戸和蘭商館跡」地には、「平戸オランダ商館」の建物が復元されている様子も天守閣から見ることができます。2011年(平成23)9月20日オープン予定です。とっても楽しみですね。

亀岡公園

 平戸城及び各櫓、亀岡神社、マキ並木を有した公園は、史跡公園として、年間を通じ多くの利用者が訪れています。  園内には遊歩道が整備され、春には桜の名所としても知られており、観光客だけでなく市民にも親しまれています。浦敬一(うらけいいち)や菅沼貞風(すがぬまただかぜ / ていふう)、沖禎介(おきていすけ)、作江伊之助(さくえいのすけ)など明治時代に活躍した平戸出身の人々の記念碑や中山愛子像があり、歴史を感じながら散策することもできます。

平戸城

■入場料金

大人500円 中人300円 小人200円

団体割引:30名様以上2割引

■開館時間

8:30〜17:30

■休館日

12月29・30・31日

■お問合せ先

TEL:0950-22-2201

URL:http://ww21.tiki.ne.jp/~hirasink/hiradozyou/siromenu.htm


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