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雲仙岳災害記念館

雲仙岳災害記念館

 火山というものがどんなものなのか・・・見る・体験する・遊ぶ・学ぶ・憩う。火山に関する知的エンターテイメントがギッシリ詰まった一大空間がこの雲仙岳災害記念館です。

 1990年(平成2)11月に始まった雲仙・普賢岳の噴火活動から1996年(平成8)5月の噴火活動終息宣言まで、何が起き、何が残ったのか・・・。大自然の脅威とそれに立ち向かった人々の英知を余すところなく展示しています。

さあ、早速、雲仙岳災害記念館へ行ってみよう!

 雲仙普賢岳噴火活動が始まってから、溶岩ドームは1991年(平成3)5月以来、13も出現しては成長し、幾度かの崩落によって火砕流が引き起こされ、同年6月3日の大火砕流によって尊い命が奪われました。地元住民7人、消防団員12人、警察官2人、火山研究者3人、報道関係者20人と合計44人が犠牲となりました。

 噴火活動がおさまった今では、この溶岩ドームも雄大な景観の一部となり、雲仙岳の最高峰「平成新山」(1,486m)として堂々たる存在感を示しています。

 その平成新山に対峙して、埋め立てられた場所に建てられたのがこの雲仙岳災害記念館です。

館内の見どころ

 雲仙普賢岳のジオラマに火砕流と土石流のシミュレーションCGの映像を重ね合わせた「平成噴火シミュレーション」、直径14mのドーム型スクリーンで噴火を疑似体験する「平成大噴火シアター」、火砕流のスピードを走り去る光により体感する長さ40mの「火砕流の道」、寛政年間の噴火を昔話風にわかりやすく紹介する「島原大変シアター」など、どれも迫力満点で火山の恐ろしさを実感することができます。

 「平成大噴火シアター」を観て火砕流と土石流を体感し、シアターを出ると「焼き尽くされた風景」の前に出ます。火砕流で焼けこげた電柱や電話ボックス、報道陣のカメラなどが実物で展示されており、当時の火砕流のすさまじさがよくわかります。

復興・再生、火山との共生

 雲仙岳災害記念館は、雲仙普賢岳の噴火活動の内容や火砕流や土石流の資料だけではありません。

 1Fフロアを出て、溶岩の庭を眺めながら2Fフロアへあがると、「雲仙・大火砕流378秒の遺言」があります。ここでは1991年6月3日の大火砕流で犠牲になったカメラマンの被災カメラを展示し、そのカメラに残されていた実写映像(撮影時間378秒)を基に編集されたドキュメンタリーを観ることができます。ここでも火砕流がどんなものであったのか、当時の緊迫した雰囲気をリアルに感じることができ、当時の報道を思い出します。

 そして写真や映像で災害に立ち向かう人々や復興への取り組みを紹介する「火山との共生(1F)」や噴火災害を体験した人々から、支援いただいた方や来館者の方々への感謝の気持ちと復興再生への思いを伝えた「明日へのメッセージ」では、復興・再生へと取り組んだ人々の思いを知ることもできます。「明日へのメッセージ」では、等身大の人形の手と握手をするとメッセージを聞くことができますので、ぜひ試してください。

 2011年(平成23)3月11日、東日本大震災による甚大な被害が発生しました。ニュース映像をみると、雲仙・普賢岳の噴火による火砕流・土石流の被害のことも思い出し、とても悲しくなります。

 雲仙岳災害記念館の出口手前には「希望のプロムナード」コーナーがあります。噴火災害後から復興・再生へ立ち向かった人々の思いが3つのテーマに分類されており、ひとつひとつ読むことができます。当時のことを思い出しながら読むと感動はひとしおです。復興・再生への希望、強い力を感じました。

 

 島原半島を訪れたら、必ず立ち寄ってほしいスポットです。

雲仙岳災害記念館

長崎県島原市平成町1-1

TEL:0957-65-5555

FAX:0957-65-5550

 

【営業時間】

 9:00〜18:00(入館は17:00まで)

【休業日】

 年中無休

 但し、メンテナンス休館日あり

 

URL:http://www.udmh.or.jp/


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