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口之津歴史民俗資料館・海の資料館

口之津歴史民俗資料館・海の資料館

 口之津町(くちのつちょう)は、島原半島の南端にあった町で、船員の町としても知られています。(2006年(平成18)3月31日、周辺7町と対等合併し、南島原市となりました)

 口之津という地は、これまでの歴史のなかで、日本一の賑わいが3度あった特別な地でもあります。とても興味深い歴史に出会えそうですね。早速、館内へ入ってみましょう!

海の資料館〜港町として幾度も発展を遂げた町〜

 口之津は現在に至るまで、天然の良港を中心として発展してきました。

 約440年前、有馬氏が統治していた時代にはポルトガル船が入港し、アルメイダ、フロイス、トルレス、ヴァリニャーノなど多くの宣教師や商人が訪れ、教会や病院、学校(セミナリヨ)などが建てられました。

 そして明治時代には、三井の三池石炭の海外積み出し港として賑わいました。この当時は、石炭の積込人夫として、与論島(よろんじま:鹿児島県最南端の島)などから口之津へ移住してくるほどでした。別館で展示している「からゆきさん」もこの時代になります。島原や天草の農民は貧しく、自分の娘を売らなければ生活していけないほどであったといわれています。遠く中国や東南アジア各地へ売られていった娘たちのことを「からゆきさん」とよんでいます。映画「まぼろしの邪馬台国」の中で吉永小百合さんが歌っていた「島原の子守唄」は、宮崎康平氏が作詞作曲した唄で、からゆきさんのことが歌われています。この資料館では、ビデオ上映もしています。

 大牟田に三池築港が完成した後は、急激に衰微しますが、大正・昭和時代の口之津の就業人口の30%以上が外国航路の乗組員になっており、全国一を誇る「外航船の船員の町」として知られました。1954年(昭和29)には国立口之津海員学校が設立され、港には2000トン級の船舶が横づけできるよう岸壁も完成しました。

 この資料館では、カナダ移民第1号の永野万蔵(ながの まんぞう)氏や世界で初めて魚群探知機を開発した世界のフルノ・古野電機の創業者・古野清孝氏の資料もあります。古野清孝氏は、1938年(昭和13)に口之津で創業し、漁船などの電気工事やラジオの修理などを手がけていました。

 1878年(明治11)に長崎税関口之津支庁として開設しましたが、手狭になったため、1899年(明治32)に新築されました。口之津町唯一の明治洋風建物で、1980年(昭和55)に国より払い下げを受けています。この旧長崎税関跡では、昔の商家や生活用具、古文書、昔の教科書・新聞、税関に関連する資料が展示されています。

 与論館では、口之津が三池石炭の海外積み出し港として賑わっていた1899年(明治32)、石炭積出労務に従事し口之津の繁栄の一端を支えてくれた与論島の方々が使っていた住宅を縮小再現しています。また与論との縁を物語るさまざまな資料も展示されています。

 

 またこの資料館では、時間が合えば館長自らが館内をわかりやすく案内してくれます。口之津の歴史がよりわかりやすいと好評で、リピーターやクチコミで広まっているそうです。

 島原半島を訪れたら、必ず立ち寄ってほしい資料館です。

口之津歴史民俗資料館・海の資料館

南島原市口之津町甲16番7

TEL:050-3381-5089

FAX:0957-86-4880

【開館時間】9:00〜17:00

【休館日】月曜日及び12月29日〜1月3日

【料金】

 ●個人

 一般:200円、高校生:150円、小中学生:100円

 ●団体(20人以上) 

 一般:150円、高校生:100円、小中学生:70円

URL:http://www.city.minamishimabara.lg.jp/kiji/pub/detail.aspx?c_id=54&id=72&pg=1



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