ながさき歴史の旅

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歴史発見ドライブルート

日露友好の丘


日本海海戦記念碑

日本海海戦記念碑

日本海々戦記念碑の題字

日本海々戦記念碑の題字

 明治38年(1905)、中国東北部(満州)と韓国の支配をめぐり日本の連合艦隊とロシアのバルチック艦隊が対馬沖で戦い、日本が圧倒的勝利をおさめました。このとき、対馬島民は負傷したバルチック艦隊の水兵143人を井戸に案内し、夜は民家へ分宿させるなど手厚く看護し、もてなしたといいます。
 日本海々戦記念碑の題字にある「恩海義●(めぐみのうみ、ぎはたかし=たかしはやまへんに喬)」は、この話を聞いて心を動かされた東郷平八郎司令長官の書によるものです。
日本一の巨大レリーフ「平和と友好の碑」

日本一の巨大レリーフ「平和と友好の碑」

 海戦から100年を迎えた平成18年(2006)には、日本海軍連合艦隊の東郷平八郎司令長官とロシア・バルチック艦隊のロジェスト・ウェンスキー司令長官のそれぞれのひ孫が、対馬で対面して両国の戦没者の慰霊祭をおこない、友好と交流を深めました。
対馬野生生物保護センター


対馬野生生物保護センター:福馬くん 写真は、センターで一般公開されている福馬(ふくま)くんです。ワーイ、やっと会えました。ガラス越しですが、機嫌がいいときには近くまできてくれるので、その様子を間近に観察することができます。福馬くんからはこちら側が見えにくい特殊ガラスを使っているそうですが、おしゃべりの声はしっかり聞こえているので、大きな声を出してビックリさせないようにしてください。
 ツシマヤマネコは、対馬だけに生息する野生のネコです。約10万年前、当時は陸続きだった大陸から渡ってきたと考えられ、ベンガルヤマネコの亜種とされています。昭和46年(1971)に国の天然記念物に指定されました。
  近年、大規模な伐採や道路・河川の整備などで生息環境が悪化したことや交通事故などが原因となって、生息数が急激に減少しています。絶滅のおそれのある野生動植物として、平成6年(1994)には種の保存法に基づき国内希少野生動植物にも指定されています。将来、自然な状態で安定的に生息できるよう、センターでは様々な保護事業に取り組まれているそうです。
 その一環として、ツシマヤマネコをよく知ってもらい、みんなで生息環境を守っていくことができるように、センターで飼育しているツシマヤマネコを一般に公開しています。ツシマヤマネコの特徴や生態、家で飼われているイエネコとの違いなども学ぶことができます。

対馬野生生物保護センター(生き物情報伝言板) 対馬に生息する野生動物は、ツシマヤマネコだけではありません。朝鮮半島から越冬のため東南アジアに渡る途中に対馬上空を通過するアカハラダカ、江戸中期に朝鮮から輸入し放鳥された日本では対馬と北海道にしか生息しない高麗キジ、アゴ髭を持つ対馬地鶏、数少ない日本在来馬の一種である対州馬(たいしゅうば)、対馬にしか生息しないツシマテンなど、まだまだ貴重な生物がたくさん住んでいます。
 また植物では、5月上旬に対馬の北端・鰐浦(わにうら)の港付近を真っ白に染めるヒトツバタゴ、国内では対馬でしか見られないチョウセンヤマツツジが有名です。これらは大陸系植物として知られています。
 野生生物保護センターでは、自然とふれあうイベントなども定期的に開催されています。


■開館時間:10:00〜16:30(入館は16:00まで)
■入館料 :無料
■休館日 :毎週月曜日(月曜日が祝祭日の場合は翌日が休館)・年末年始
■注意事項:館内での飲食・喫煙、ペット等の持ち込みはできません。
■問合せ先:0920-84-5577
■URL :http://www.tsushima-yamaneko.jp/
峰町歴史民俗資料館

峰町歴史民俗資料館

 鹿笛は、山での狩猟に使われました。オスの鹿は、数頭のメス鹿と行動をともにします。そこで、鹿笛で発情期のオス鹿の鳴き声をまねて出し、その音にだまされたオス鹿が自分の集団のメスたちを守ろうとして鹿笛の方向めがけて襲いかかってくるところを捕獲するという“おびきよせ作戦”です。対馬に住んでいた人々がかなり早い時期から動物の習性を利用した高度な狩猟技術をもっていたことを示しています。
 峰町歴史民俗資料館には、このほかにも縄文土器や石斧など考古・民俗資料がたくさん展示されています。

■開館時間:9:00〜17:00(土曜日は12:00まで)、日曜休館
■入館料 :無料
■問合せ先:0920-83-0301
和多都美神社(わたづみじんじゃ)

和多都美神社(わたづみじんじゃ) 和多都美神社は、幻想的な神話の世界を彷彿とさせてくれます。
 オオワタツミトヨタマヒコノミコト(大海神豊玉彦命)の娘・トヨタマヒメノミコト(豊玉姫命)は、海宮(わたつみのみや)にやってきた天神の皇子ヤマサチヒコ(山幸彦)[ヒコホホデミノミコト(彦火火出見尊)]と結婚します。豊玉姫は地上で出産するために海辺に鵜(う)の羽で屋根を葺いて産屋(うぶや)をつくろうとしますが、完成前に出産してしまったので、その子はウガヤフキアエズノミコト(鵜茅葺不合尊)と名付けられました。 初代天皇である神武天皇(じんむてんのう)は、この神の子であるとされています。対馬は海幸彦・山幸彦神話の発祥地ともいわれ、日本の建国神話にもかかわっているのです。
 社殿裏には、豊玉姫の霊石が祀られ、社前には磯良恵比寿(いそらえべす)という磐座(いわくら)があります。磯良は鵜茅葺不合尊の別名といういわれもあります。

磯良恵比寿(いそらえべす) 本殿正面には海、裏手には散策できる神秘的な森があります 本殿正面には海、裏手には散策できる神秘的な森があります
磯良恵比寿(いそらえべす) 本殿正面には海、裏手には散策できる神秘的な森があります

対馬蜂蜜のヒミツ


蜂蜜 対馬の山々を縫うように車で走っていると、山の斜面のあちこちに置いてある、円筒状の大きいポストのような木箱が目に留まります。蜂蜜を集める「蜂洞(はちどう)」というもので、丸太を切って作るそうです。よそではあまり見かないものなので、すごく珍しく感じました。
 対馬の蜂蜜のなんともいえない味わいのヒミツは、“ニホンミツバチ”にあります。短時間でより多くの蜂蜜をとる場合は西洋のミツバチを利用しますが、対馬には西洋ミツバチが入り込んでおらず、古くからずっとニホンミツバチが生息しているのです。純粋なニホンミツバチの蜂蜜がとれる貴重な地域は、日本国内では対馬と四国の一部だけだそうです。

 ニホンミツバチには放浪しながら時間をかけて蜜を集める習性があるため、様々な種類の花の蜜が混ざり合い、風味豊かな蜂蜜がとれます。毎年10月に瓶詰めされて店頭に並ぶようになりますが、西洋ミツバチのようにたくさんの蜜を集めることができませんので、多くをつくれないのが現状です。お土産としての人気も高く、なかなか手に入らない逸品です。
蜂洞を自宅の庭にいくつも設置して、自家用の蜂蜜を作っている方もいらっしゃいます。ミネラルをはじめ、栄養もたっぷりのこの蜂蜜は、滋養強壮として昔から地元の人々も愛用しています。まさに神様の森から対馬の人々への贈りものといっていいかもしれません。昔からずっと続く、自然と人々とが共に暮らしている姿がとても印象に残りました 。

蜂洞 蜂洞 栄養もたっぷりの蜂蜜
山の斜面のあちこちに置いてある蜂洞 栄養もたっぷりの蜂蜜


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        • 対馬野生生物保護センター
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        • 峰町歴史民俗資料館
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        • 対馬蜂蜜
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