ながさき歴史の旅

ホーム   > 歴史発見ドライブルート >   第3回 近代洋式炭鉱が始まった地、高島

歴史発見ドライブルート

高島海水浴場・ふれあいキャンプ場〜UMIBOUZ in 高島〜

UMIBOUZ in 高島
日曜日にはイベントが盛りだくさん!


 氷玉ボーリングやうき輪投げゲームなど日曜日にはイベントがたくさん!長崎港・高島港の往復乗船券と海水浴場内商品購入券と島内往復バス乗車券がついたお得な『海水浴パック』を利用できます。

 ※8月30日(日)はイベントが行われません。8月9日(日)は午後のみ開催

■海水浴パックお問合せ■
 TEL:095-896-3511
■磯釣り公園入園券+長崎港・高島港の往復乗船券『釣りパック』■
 TEL:095-896-4900
■高島海水温浴施設券+長崎港・高島港の往復乗船券『健康パック』■
 TEL:095-896-2345


権現山(ごんげんやま)公園・展望台


権現山の大蛇 「蛇谷」

 「権現山に大蛇が出るそうな」
 噂は噂を生み、島いっぱいにひろがった。何時の頃からか、はっきりしないが権現神社の南の凹地に驚くばかりの大蛇が住み、毎晩磯に出ては海中に飛び込みのたうちまわり、やがて朝日に向かって体を伸ばして立ち上がり、眼光するどく火をはき、鱗に五光を輝かすその姿は全く息詰まるような物凄さであった。島人は、大蛇を恐れて柴取りに出る者もいなくなりました。
 時の番所役人・小城藩士田代藤左衛門がこの話を聞き、にっくきは我ら民を苦しめる大蛇めとばかり、鉄砲自慢の和侍数名に申しつけすきをうかがわせた。ところが、早くもそれを知ったのか大蛇は姿を現さなくなりました。

 ある夜、藤左衛門が昼間の疲れで正体もなく眠っている夜半頃、なまぐさい風が吹いたかと思うと、音もなく一人のやさしい小者が藤左衛門の枕もとにたたずんでいた。ふと眼をさました藤左衛門は、大刀を取りあげて大喝しました。
「何奴なれば武士の寝所に忍び入るか」
その小者は両眼に涙を浮かべ静かに口を開いた。
「実は、私は人間ではなく大昔からこの島に住みなれた蛇でございます。近く昇天しようと思っておりますがいい折がなく困っています。貴殿は私の姿を憎んで鉄砲で撃とうとなさいますが、どうぞ私を憐れみ下さいまして、あと17日間御猶予下さるわけには行きますまいか。そのうちにきっと昇天いたします。それまでの命お助け下さるようお頼み申します」といったかと思うと、そのままかき消すように立ち去りました。
大蛇の棲所 藤左衛門は不思議なこともあるものと考え惑いましたが、翌朝早く鉄砲組を引きつれ権現山の大蛇の棲所をのぞくと、さも安心しきったかのように朝もやに包まれながら、静かにとぐろをまいて眠っていました。ニッコリ笑った藤左衛門、いい折だとばかり鉄砲の筒先そろえて一斉に放たせました。数挺の鉄砲につるべうちにされてはたまらず、大蛇は眼光かっと見開き口に毒気をはき無念の形相すさまじく上半身をぐるぐる回転させていましたが、やがて空中高く飛び上がるとそのままばったり地面に横たわってしまいました。

 のち寛永の頃、藤左衛門7代の孫藤左衛門が当番所勤の折、島廻りの途中、にわかに大暴風が起こり、怒涛に御用船を打ち砕かれ溺死したのを、島の人々は大蛇のたたりだと言い伝えて恐れました。

(高島町 閉町記念誌より)




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