ながさき歴史の旅

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歴史発見ドライブルート

第7回 海岸線を行く福江島の旅

旅の必携アイテムは、「旅する長崎学」の4号・5号だよ

 このコーナーでは、長崎県内の歴史を探っていく旅のドライブルートを紹介しています。

 今月の注目エリアは『下五島』。五島は長崎県西部に浮かぶ列島で、南から福江島、久賀島、奈留島、若松島、中通島の5つの大きな島を中心に約140の島々から成っています。大きくいうと、福江島、久賀島、奈留島を『下五島』、若松島、中通島を『上五島』とよんでいます。大海原に浮かぶ島々は、素晴らしい自然に恵まれた歴史が息づくところで、とても魅力的! 今回は、『下五島』を旅します。まずは位置とアクセスをチェックしよう!

下五島の紹介 下五島へのアクセス

今回、タビーナと一緒に旅をしてくれるのは、この「旅する長崎学サイト」オリジナルのキャラクターたちです。

こんにちは!五島はヤブツバキが自生する“椿の島”です。椿油を使った特産品もいろいろあるわよお盆の伝統行事「ちゃんここ」です。先祖の霊を慰める念仏踊りで、長崎県の無形民俗文化財にも指定されているんだ遣唐使や空海にゆかりのある地です。「五島八十八カ所巡り」はいかがですかな

さあ、みんな揃ったところで出発!
さあ、みんな揃ったところで出発!

今回は、福江島の海岸線沿いをぐるりと一周しながら、自然と歴史を満喫する旅に出かけます。
スタート地点は、福江島の海の玄関口、福江港です。

今回のドライブルート

島原半島の地図

スポットの紹介

1日目

01石田城跡(いしだじょうあと)・五島観光歴史資料館(ごとうかんこうれきししりょう かん)・五島邸心字ヶ池(ごとうていしんじがいけ)

石田城跡 石高1万2600石の五島藩主の居城跡で、福江城ともいいます。江戸幕府下における最後の築城として知られます。
 宇久盛定(うくもりさだ)が築いた「江川城」が、五島藩第2代藩主の五島盛利(もりとし)の時に焼失し、盛利は石田の浜に仮の陣屋を築きます。この石田陣屋は、唐津城主寺沢広高(てらざわ ひろたか)の設計により、1638年(寛永15)に完成しました。


石田城跡 その後、異国船の往来が頻繁になり、海防上の必要性から石田陣屋の改築が建議され、第8代藩主の盛運(もりゆき)、第9代盛繁(もりしげ)、第10代盛成(もりあきら)と続いて築城を幕府に願い出ました。築城の許可がおりたのは、1849年(嘉永2)のこと。15年の歳月をかけ、1863年(文久3)、第11代盛徳(もりのり)の時に完成しました。

城山神社 五島高等学校校門 五島観光歴史資料館
城山神社 五島高等学校校門 五島観光歴史資料館

 しかしながら、日本はその後すぐ明治維新を迎え、石田城(福江城)はわずか築城9年にして解体されてしまいます。現在は、本丸跡に県立五島高等学校、二の丸跡には五島家の祖を祭る城山神社をはじめ、文化会館、五島観光歴史資料館、市立図書館が建ち並んでいます。
 五島観光歴史資料館は、旧福江市の市施行35周年を記念して建設され、1989年(平成元)に開館しました。お城を模した外観で、貴重な民俗資料や歴史資料などを展示しています。
 1階は観光案内がメインで、観光映像の上映、特産品や観光写真、ガイドマップで魅力を紹介しています。2階では五島の歴史(遺跡や遣唐使、倭寇、キリシタンの信仰、五島藩と庶民の生活など)、3階では五島の自然と民俗(五島列島の自然、農漁村の生活、民俗芸能など)をそれぞれ学ぶことができます。

2階 五島の歴史 2階 五島の歴史 3階 五島の自然と民俗館
2階 五島の歴史 3階 五島の自然と民俗
3階 五島の自然と民俗 3階 五島の自然と民俗 1階のハイビジョンシアター
3階 五島の自然と民俗 1階のハイビジョンシアター
観光映画「バラモンの空」に見入るキャラクターたち 「バラモン」は五島の伝統的な凧だよ
バラモンの由来や製作の手順がよくわかったよ
ドラマ仕立でわかりやすかったね

観覧時間:
1月〜6月 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
7月〜8月 8:30〜18:00(入館は17:30まで)
9月〜12月 9:00〜17:00(入館は16:30まで)
休館日:
12月29日〜翌年の1月3日/12月1日〜4月30日(毎週月曜日)
観覧料:
小・中学生 個人:110円 団体(20名以上)90円
高校・大学生 個人:170円 団体(20名以上)140円
一般 個人:220円 団体(20名以上)180円
※無料観覧の場合
・毎週土曜日五島市内の小・中学生
・減免申請者
・身体障害者
・未就学者

五島邸心字ヶ池

 五島邸心字ヶ池は、五島藩第10代藩主の五島盛成(もりあきら)が隠殿として建てた五島邸の庭園です。盛成の命により、京都の僧善章が金閣寺の丸池を模倣してつくったもので、1858年(安政5)に完成しました。
 池は“心”の字をかたどって造られたので、「心字が池」とよばれます。池の周りには樹齢800年を超えるクスノキの大木やビロージュ(亜熱帯植物)、ナンテンなどの古木、男女群島から移植したオオタニワタリなど亜熱帯植物が繁茂し、ところどころに石灯籠が配置されています。なかには、文禄の役の際に朝鮮半島から持ち帰ったといわれる五重の石塔もあります。
 この庭園は、池の造りや石組みに意匠的・技術的な価値が認められ、あわせて熔岩の使い方や亜熱帯植物の配置など地元の風土を生かした特色もあり、建物も一体となって保存されていることから、庭園文化史上高い評価を受けています。

五重の石塔 クスノキ 五島邸 庭園
五重の石塔 クスノキ  
02鐙瀬熔岩海岸(あぶんぜようがんかいがん)

鐙瀬熔岩海岸 鐙瀬熔岩海岸

 この場所から見えるなだらかな丘のような山が「鬼岳(おにだけ)」。地元の人は「おんだけ」とよびます。昔この鬼岳火山から流出した溶岩が、青く澄み切った海に延々7kmにわたって流れ込み、変化に富んだ海岸線を形づくってできたのが鐙瀬熔岩海岸です。温暖な無霜地地帯で、至るところに亜熱帯植物が繁茂し、南国を思わせる情熱的な花木が咲き乱れ、美しい景観を見せています。
 ところで、鐙瀬(あぶんぜ)って難しい地名ですよね。どのような由来なのか気になります。1507年(永正4)、当時の領主宇久囲(うくかこむ)が、妹婿の玉之浦納(たまのうらおさむ)に攻められた際、馬でこの地まで逃げてきましたが、鐙(あぶみ)が切れてしまいました。小舟に乗って沖の黒島に落ちのびましたが、それでも敵が迫ってきたため、囲は自刃したといいます。以来、ここは「鐙瀬」とよばれるようになったそうです。

玉之浦納の乱とは?

鐙瀬熔岩海岸 鐙瀬熔岩海岸展望所から鬼岳の眺め

鐙瀬熔岩海岸展望所から鬼岳の眺め
03珊瑚資料館(さんごしりょうかん)

珊瑚資料館 珊瑚資料館

 富江の珊瑚は、1886年(明治19)、大分県の網漁師によって男女群島沖合で赤色の珊瑚が採取されたのが始まりです。翌年から玉加工を開始し、富江では珊瑚の加工が盛んになります。外国人バイヤーをはじめ、全国の仲売人の来島により、入札場もつくられました。

珊瑚資料館 大正中期には、採取・加工はますます盛んになり、緻密な平面掘りに工夫を加えた「五島掘り」の技術を確立しました。この彫刻法の技術を引き継いできた職人さんの仕事ぶりを見学できるのが、ここ。有限会社 出口珊瑚です。


珊瑚資料館 2階は、貴重な珊瑚の原木や芸術的な珊瑚工芸品が展示された珊瑚資料館になっています。滅多に目にすることができない珊瑚の魅力をじっくりと堪能することができます。
 1階には、珊瑚工芸品の販売コーナーが設置されています。
 珊瑚加工の体験をすることもできます。世界にたったひとつの珊瑚のペンダントやタイタックをつくってみませんか。職人の方がていねいに指導してくれるので、ぜひ挑戦してみてください。
※珊瑚加工体験は、予約が必要です

富江珊瑚とは?

【お問い合せ先】
 有限会社 出口珊瑚 TEL:0959-86-1135
 E-mail:sango@k-int.jp
【2階資料館 入館料】
 ・小学生以上 200円
 ・小学生未満 100円
【珊瑚加工の体験について】
 ・内容:ペンダントづくり、タイタックづくり
 ・料金:お一人様2,100円
珊瑚資料館
富江から見る鬼岳
富江から見る鬼岳 海岸をドライブしてると、贅沢な風景に出会えるね!
でも、運転中はよそ見しないでねっ
04白鳥神社(しらとりじんじゃ)

白鳥神社  日本武尊(やまとたけるのみこと)を祭神として創祀された神社です。あるとき宮守が、一羽の白鳥が飛来して石の祠に姿を隠したのを見ました。その晩、白鳥が宮守の枕元に現れ、「吾こそ神の化身なり」と告げます。後日、宮守が村人たちにその話をすると、皆はいたく感動し、それ以来ここを「白鳥宮」と尊称したといわれています。
 また、天台宗を開いたことで有名な最澄にまつわる話も伝わります。遣唐使として唐へ渡る途中の最澄が福江島に寄泊中、白鳥神社に航海の安全を祈願し、帰朝後に無事帰国できたお礼として、十一面観音の仏像を同社に奉納したという言い伝えです。この仏像は、明治年間に玉之浦の大宝寺に移され、現在同寺院本堂奥の左端の仏像がそれであるといわれています。

白鳥神社 海にのぞむ現在の大鳥居は、1691年(元禄4)に、第5代藩主の五島盛暢(もりのぶ)が寄進したものです。1889年(明治21)には、伊藤博文も玉之浦湾巡視の際に参詣したそうです。また、樹木と草木に覆われた社叢は、長崎県の天然記念物に指定されています。

05大瀬崎断崖(おおせざきだんがい)

大瀬崎断崖 大瀬崎断崖

 大瀬崎の断崖は、五島列島を代表する観光スポットです。淡褐色の砂岩と黒色の泥岩が交互に重なった地層が、打ち寄せる波濤によって削り取られてできました。地殻変動による傾斜や、断ち切られた断層を随所に見せ、壮大な景色を形づくっています。
岬の突端・海抜80mの断崖上にある灯台は、1879年(明治12)に竣工した歴史ある施設で、『日本の灯台50選』の一つにも選ばれています。老朽化した最初の灯台は解体され、1971年(昭和46)に新しい灯台に生まれ変わりました。旧灯台は東海科学館に展示されています。
 大海原に望む大瀬崎には、1898年(明治31)、無線電信機を備えた旧海軍の望楼(ぼうろう)が設置され、日露戦争時の1905年(明治38)に、ロシアのバルチック艦隊発見の報「敵艦隊見ユ」を受信したことでも知られています。

大瀬崎断崖 また太平洋戦争中に大瀬崎の目の前を船で通って南方の戦線に赴き、再び祖国の地を踏むことがかなわなかった多くの将兵たちの霊を慰めるため、北村西望作の「祷りの女神像」が広場に建立されています。

06高浜海水浴場(たかはまかいすいよくじょう)

高浜海水浴場 高浜海水浴場

 高浜は「日本の渚・百選」のほか、環境省選定の「日本の快水浴場百選」にも選ばれており、日本屈指の美しい海水浴場です。天然の砂浜の白銀色、波打ち際から水色、青色へ、そして沖合いの深い藍色へと、美しいグラデーションを見せてくれます。周りを囲む原生林の深い緑色とのコントラストもすばらしい景観をつくっています。この一帯はほとんど人の手が加わっておらず、渚本来の浄化能力が保たれていることから、西海国立公園の特別地域に指定されています。

07空海記念碑「辞本涯(じほんがい)」・柏崎公園(かしわざきこうえん)・ふぜん河・岩獄神社・高崎鼻公園(たかさきばなこうえん)・道の駅遣唐使ふるさと館・白良ヶ浜万葉公園

このエリアは、第2週の「テー間で歩く歴史散策」で詳しく紹介します。

08魚津ヶ崎公園(ぎょうがさきこうえん)

魚津ヶ崎公園 魚津ヶ崎公園

 肥前国風土記には、「西に船を泊(もつ)へる停(とまり)二処あり。一処の名を相子田の停といい、二十(はたち)余りの船を泊(は)つべし。一処の名は、川原の浦といい、一十(とお)余りの船を泊つべし。遣唐の使は、この停より発ちて、美弥良久(みみらく)の埼(さき)に至り。即ち、川原の浦の西の埼是なり。ここより発船(ふなだち)して西を指して度(わた)る」と記されています。魚津ヶ崎は、良好の「川原の浦」を東シナ海の波風から守るように突き出した岬です。川原の浦で風待ちをして順風を得た遣唐使船は、はるか唐の国をめざして出帆しました。

おなか減っちゃった〜よし、五島名物を食べに行こう!ぜひとも味わってほしい逸品だよ!
●キビナゴ

キビナゴ キビナゴ

 キビナゴは、体長10cmほどの小さな魚です。鮮度が非常に落ちやすいので、漁師さんはキビナゴを漁獲すると、すぐに海水の入った氷水につけて冷やしこみ、鮮度が保たれるように気をつけているそうです。
 キビナゴは、刺身、いり焼き、唐揚、天ぷら、煮付け、一夜干しなど、いろいろな料理で美味しく味わうことができます

●長崎和牛

長崎和牛 長崎和牛の代表的な産地である五島。五島の牛は、雄大な自然と暖冬涼夏の風土の中で育てられている純粋な黒毛和牛です。性格はおとなしく早熟早肥で、肉質肉量を兼ね備えた質の良い牛として、全国から高い評価を受けています。やわらかくて香ばしく、食通の人をうならせる味です。

2日目

09水ノ浦教会(みずのうらきょうかい)

水ノ浦教会  木造の教会としては最大規模の天主堂です。青空に白い尖塔がそびえる光景はさわやかで、安らぎを与えてくれるようなやさしさがありました。
 この水ノ浦教会が完成したのは、国家総動員法が発令された1938年(昭和13)のこと。戦争中で男手が足りず、女性や子どもたちも力仕事をいとわず奉仕しました。壁に塗る漆喰用の石灰は女性たちがミナという貝殻を焼いてつくり、シスターは赤土を背負って屋根の上に登って左官作業、子どもたちも手伝って一緒に煉瓦を運んだそうです。こうして白く美しい教会ができました。
 しかし、戦時中には白い色が目立ちすぎたため、コールタールで黒く塗らなければなりませんでした。戦後、そのコールタールはそぎ落とされ、もとの白さを取り戻しています。白いレースをまとったようにも見え、「貴婦人のような教会」といわれています。

10楠原教会(くすはらきょうかい)

楠原教会 かつて五島藩と大村藩の間でおこなわれた移住政策により、1791年(寛政3)、その第一陣のキリシタンが自由を求めて外海から海を渡り、福江島の六方(むかた)の浜に着きました。その一部が西の山奥にある楠原に住んで開墾しました。
 1865年(元治2)の大浦天主堂での信徒発見(浦上信徒による信仰復活)をきっかけに、島のキリシタンたちも続々とカトリックの信仰を表明して、過酷な迫害を受けることとなりました。そうした中でも信仰を貫きとおした信徒たちは、「信教の自由」の夜明けとともに、島内各地に教会堂を建設しました。
 楠原教会は、宣教師の指導と資金援助のもと、信徒たちの資金拠出と子どもから老人まで総力をあげての労働奉仕によって、1913年(大正2)頃に完成しました。煉瓦造りでどっしりとした外観は、水ノ浦教会と比較して「男性的な教会」というイメージのようです。
 近くには、明治初期の迫害当時に、信徒たちが閉じ込められて拷問をうけた牢跡があります。

楠原教会 楠原教会

●タビーナからの注意事項

タビーナからの注意事項 教会の開閉時間やアクセスマップ、交通手段、駐車場台数など観光ガイドで詳細の情報がわかります。ただし、観光で教会を見学する場合は、最低限守らなければならないマナーがあります。必ずこのページを読んでね!

11堂崎天主堂(どうざきてんしゅどう)

堂崎天主堂 1873年(明治6)にキリシタン禁制の高札がおろされ、信教の自由が認められてから4年後の1877年(明治10)、フレノ神父とマルマン神父が五島を訪れました。堂崎の教会堂は、1879年(明治12)にマルマン神父によって建てられ、後任のペルー神父のときに用地を拡張して新聖堂の建設に着工、1908年(明治41)に完成したのが現在の天主堂です。1597年(慶長2)に長崎西坂の丘で殉教した日本二十六聖人に捧げられた教会で、五島出身の殉教者であるヨハネ五島の像が敷地内にあります。
 1968年(昭和43)に浦頭教会が完成した後は巡回教会となっていましたが、1977年(昭和52)からキリシタン資料館として一般に公開されています。

開館時間:
午前9時〜午後5時(11月11日〜3月20日までは午後4時閉館)
(夏休みは午後6時まで[8/13〜15は午後5時まで])
※閉館30分前までに入場下さい。
拝観料:
大人300円(250円)・中高生150円(100円)・小学生100円(50円)
(()内は、団体料金:20名以上)
休館日:年中無休[12月30日〜1月3日のみ休]
問合せ:TEL:0959-73-0705
12明人堂(みんじんどう)・六角井戸(ろっかくいど)

 1540年(天文9)、東シナ海を舞台に貿易商として活躍していた明人・王直(おうちょく)は通商のために深江(現在の福江)に入りました。当時、財政難で苦しんでいた領主・宇久盛定(もりさだ)は通商を許可し、江川城下の川向こうの高台の地に居住地を与えたといいます。

【明人堂】

明人堂 航海の安全を祈るために、王直ら中国人が建立した廟堂の跡が、現在の明人堂であるといわれています。現在の明人堂の建物は、官民一体となった建設資金の募金活動により、島内外の浄財を集めて建設されました。石材などは中国から取り寄せ、中国風の瓦葺きや壁画は中国の工人の手によるものです。

【六角井戸】

六角井戸 領主・宇久盛定が王直に居住地として与えた地が、唐人町(現在の江川町)です。この六角井戸は、良水が得られなかったために、飲料用水・船舶用水としてつくられたといわれています。
 長崎県内には中国人がつくったといわれる六角型の井戸が数カ所で見られますが、いずれも港町にあり、中国との交易がおこなれた場所です。

13福江武家屋敷通りふるさと館(ふくえぶけやしきどおりふるさとかん)
武家屋敷通り福江ふるさと館 武家屋敷通り福江ふるさと館

 五島藩の第2代藩主・五島盛利は、初代藩主・玄雅(はるまさ)の養子として跡を継ぎます。1619年(元和5)に玄雅の息子・角右衛門の養子であった大浜主水(おおはまもんど)が、後継者としての権利を主張するとともに盛利の失政を幕府に直訴しました(大浜主水事件)。この事件を機に、五島藩は藩主の支配権強化に着手し、藩政の礎を築きます。兵農分離を徹底し、各知行地に居住していた家臣たちに対して福江城下への移住を強制しました。また、領内の検地を実施し、家臣たちの知行高を決定して、藩財政の立て直しもおこないました。これは「福江直り(ふくえなおり)」とよばれ、1634年(寛永11)に完了します。
 五島藩士170余家がここに移り住んだといいます。石垣の全長は約300m、通りには市の文化財に指定されている松園邸と播磨邸跡があります。城下町の風情が漂う武家屋敷通りは、観光スポットして多くの人々が訪れます。

バラモン凧製作 ハンカチ染め等ハンカチ染め等
バラモン凧製作ハンカチ染め等

 この一角にあるのが、播磨邸跡の遺構をいかして建設された「福江武家屋敷通りふるさと館」です。入場は無料で、休憩所としてくつろげる庭園や喫茶コーナーがあり、イベントホールでは五島の特産品として知られるバラモン凧づくりやハンカチ染め等の体験ができます(要予約)。展示ホールでは企画展などが開催されています。

福江武家屋敷通りふるさと館 福江武家屋敷通りふるさと館
こぼれ石
参考資料
  • 旅する長崎学4 キリシタン文化IV』(企画/長崎県 制作/長崎文献社)
  • 旅する長崎学5 キリシタン文化V』(企画/長崎県 制作/長崎文献社)
  • 『福江市史(上巻)』『福江市史(下巻)』(平成7年3月31日発行)
  • 『富江町郷土誌』(平成16年2月29日発行)
  • 『玉之浦町郷土誌』(平成7年3月31日発行)
  • 『郷土史事典』長崎県/石田 保著(昌平社出版)
取材協力
五島観光歴史資料館 五島邸 心字ヶ池 鐙瀬熔岩海岸(あぶんぜようがんかいがん) 珊瑚資料館 白鳥神社 大瀬崎断崖 大瀬崎断崖 高浜海水浴場 空海記念碑「辞本涯」 魚津ヶ崎公園 水ノ浦教会 楠原教会 堂崎天主堂 明人堂・六角井戸 福江武家屋敷通りふるさと館

うんちくバンク

人物
  • 伊藤博文
  • 宇久盛定
  • 王直
  • 五島盛成
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  • 倭寇
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