ながさき歴史の旅

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歴史発見ドライブルート

第11回 歴史と自然文学の島、大島・崎戸

 このコーナーでは、長崎県内の歴史を探っていく旅のドライブルートを紹介しています。

 今月の注目エリアは、西海市の『大島・崎戸・松島』です。
 2005年(平成17)4月1日に長崎県西彼杵郡(にしそのぎぐん)北部の西彼町・大瀬戸町・西海町・大島町・崎戸町の5町が合併して「西海市」となりました。今月は西海市の「大島」「崎戸」「松島」をピックアップして、歴史と文化と自然を満喫する旅に出ます!
 大島・崎戸・松島を知らないという人は、先にどんなところかチェックしておこう。


今月のゲストキャラ

今回は、崎戸・大島・松島を代表する特産品である
伊勢海老、大島トマト、ウニをモチーフにした
キャラクター3人が案内してくれるよ!

スポットの紹介
01大島大橋・大島大橋公園
大島大橋公園
広場奥に新宮晋氏設計の
『風の花びら』があります

 平成11年11月11日11時11分に開通した大島大橋は、全長1,095mの斜張橋でシルエットが美しいことでも知られています。
 公園の駐車場は広く、広場には芝生がしかれ、大島大橋を間近で見ることができる絶好のスポットです。観光案内所などの施設や世界的に有名な彫刻家・新宮晋(しんぐうすすむ) 氏設計の『風の花びら』があり、訪れる人を楽しませています。また夏になると、海辺で遊ぶ家族の姿をよく見かけます。



大島造船所(おおしまぞうせんじょ)
大島造船所
対岸の西海町太田和から見た大島造船所

 大島大橋を通過し、寺泊(てらどまり)大橋に差し掛かると、右手に大島造船所が見えます。
 大島造船所では、鉱石や石炭、穀物などを梱包せずにそのまま積載して運搬するばら積み貨物船を主に造っています。年間20隻以上を建造しているそうです。



02大釜海水浴場(おおがまかいすいよくじょう)

 島の南側にあり、小規模ながら遠浅の砂浜です。シャワー室、休憩所などを兼ね備えた海の家があり、家族連れで賑わいます。



03百合岳公園(ゆりだけこうえん)
展望台
展望台
新宮晋氏設計モニュメント
新宮晋氏設計モニュメント

 展望台や野外音楽堂、モニュメント「星のなる木」、キャンプ場、芝生広場、探索路などが整備されています。大島の中で最も高い位置にあり、 展望台からは五島列島や崎戸、松島、西海市の山並みなど素晴らしい景観を一望できます。また桜の名所としても知られています。
 展望台近くのうっそうと茂った木々の中を進むと琴平神社があり、荘厳な雰囲気を醸し出しています。




04片島(片島に沈む夕日)

 大島、崎戸の見晴らしの良いスポットからよく目に入る片島です。角度によって様々な表情を見せてくれます。また大島・崎戸のあちこちで美しい夕陽を見ることができますが、 特に片島の彼方の五島灘に沈む夕陽が素晴らしいと定評があります。ドライブの帰りに立ち寄る人々も少なくありません。



05太田尾教会(おおだおきょうかい)

 江戸時代のキリスト教禁教による迫害を逃れ、外海地方から移住してきたかつてのかくれキリシタンが1929年(昭和4)に建てたといわれています。 木造平屋の小さな教会で、教会建築特有のコウモリ天井が採用されていますが、柱がないのが太田尾教会の特徴です。他によく見られる教会のコウモリ天井の構造とは異なり、 薄い木の板を幾層も重ねて厚くし、その後で曲線をきれいにカットして上から漆喰で固めるという独特の技巧が用いられています。



06崎戸とんぼ公園

 全国的にも珍しいベッコウトンボを観察することできる崎戸とんぼ公園です。ベッコウトンボは、環境庁レッドデータリストの絶滅危惧I類に記されており、 「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存法」でも国内希少野生動植物に指定されています。主に4月から5月の初夏に見られ、ベッコウ模様の羽が特徴です。
 またこの公園では、アオモンイトトンボ(4月から10月)やコシアキトンボ(6月から9月)、ショウジョウトンボ(5月〜10月)、シオカラトンボ(4月〜10月)、 チョウトンボ(6月〜9月)、ベニイトトンボ(6月〜9月)などを観察することができます。



07ウォーターデッキステーション

 丸田海岸に、ウッドデッキの散歩道「ウォーターデッキステーション」が突き出ています。幅2メートル、全長260メートルあり、 端を歩いていると海の上を歩いているような感覚!!
 最高の散策コースです。潮が引いている時には、デッキから降りて広々とした岩の台地で小さな生物を観察して遊ぶこともできます。 家族連れやカップルに人気のスポットです。



08浅間神社(あさまじんじゃ)
御神木
御神木

 蛎浦(かきのうら)島の端にある浅間神社には、幕末の志士のエピソードが残ります。
 1863年(文久3)、大村藩は佐幕派と倒幕派に揺れました。針尾(はりお)九左衛門や藩校五教館(ごこうかん)の先生であった松林飯山(まつばやしはんざん)、 渡辺昇(わたなべのぼり・のぼる)を中心に、倒幕をめざす37名が集まり、“大村三十七士”が結成されました。
 1864年(元治元)には、藩主である大村純煕(すみひろ)が、倒幕派の意見を受け入れ、幕府に対して、病気を理由に長崎総奉行を辞任。 そして家老など佐幕派を藩の主要な役職からはずし、倒幕派を役職に就かせました。藩政の中心からはずされた佐幕派と倒幕派の対立は深刻な問題となりました。


 1867年(慶応3)に針尾九左衛門と松林飯山が暗殺されるという事件が発生。佐幕派の首謀者は処刑され、大村藩は尊皇攘夷へと藩論を固めました。 この事件を「大村騒動(おおむらそうどう)」や「小路騒動(こうじそうどう)」といいます。
 この事件の首謀者のひとりであり、大村藩の剣術指南役一刀流の達人でもあった長井兵庫(ながいひょうご)は死罪となり、その妻子は蛎浦島に流罪となりました。 長井兵庫の子・巌雄は当時7歳でした。
 1871年(明治4)の廃藩置県とともに巌雄は赦免され、蛎浦島を去ります。一緒に流罪となっていた母親はすでに蛎浦島で他界していました。
 蛎浦島には巌雄に関する逸話が伝わります。あるとき釣りに伴われた際、針の大きさが合わず、魚が釣れませんでした。そこで巌雄は針を火で焼いて小さくし、 翌日は大漁。小さな頃から秀才といわれていました。
 蛎浦島を去って十数年後、行方がわからなかった巌雄でしたが、瀬戸で徴兵検査が行われた時に、軍医官として訪れたそうです。少年の頃に暮らしていた崎戸のこと、 蛎浦島の住民たちから親切にされたこともが忘れられなかったといいます。
 1936年(昭和11)、77歳の巌雄は、当時の恩に謝し「敬神」と大書きした額をこの浅間神社に寄進しました。この書は西海市の文化財に指定され、 今でも浅間神社に飾られています。



09崎戸歴史民俗資料館(さきとれきしみんぞくしりょうかん)
崎戸民俗資料館
崎戸民俗資料館
山崎和國氏の作品
山崎和國氏の作品
展望台からの展望
展望台からの展望

 江戸時代は捕鯨、明治・大正・昭和の時代には炭鉱の町として栄えました。捕鯨時代の歴史や道具、炭鉱時代に栄え賑わっていた様子を映すフィルム、 現在の基幹産業である製塩工場の製塩過程、崎戸近海に生息する魚たちのジオラマが展示されています。
 また館内には、作家・井上光晴の文学室が設置され、小説原稿や同人誌など貴重な資料が展示されています。 「地の群れ」や「明日」などの作品を遺した彼が少年期を過ごしたのが崎戸なのです。また井上光晴の娘で、 2008年(平成20)に第139回直木賞を受賞した井上荒野(あれの)の作品『切羽(きりは)へ』に関する資料も展示されています。


井上光晴文学室
井上光晴文学室
文学碑
文学碑


捕鯨の歴史
1988年(昭和63)4月に長崎近海で捕獲されたミンククジラ
1988年(昭和63)4月に長崎近海で
捕獲されたミンククジラ
江島の鯨唄が聴けます
江島の鯨唄が聴けます

 1631年(寛永8)に深澤儀太夫勝清が捕鯨を開始したことによって、崎戸の島々の生活が変わり始めました。 崎戸、蛎浦、江島、平島と各島々に捕鯨の拠点が置かれ、島の人々は鯨組と一緒になって働きました。1861年(文久元)に江島捕鯨が廃絶するまで約230年にわたって行われました。


崎戸炭鉱

 1906年(明治39)の石炭採掘開始から1968年(昭和43)の閉山までの歴史を紹介しています。 1931年(昭和6)には全国の炭鉱のうち6番目の出炭量だったと記録されています。最盛期の人口は25,000人を超え、8,000人の労働者がはたらき、 住居などもひしめき合う活気あふれる町でした。小さな島でありながら、映画館や遊園地、ビリヤード場、玉屋、いくつもの商店街があったそうです。

入館料:無料
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は翌日)、年末年始
問合せ:TEL:0959-37-0257


1033°元気らんど

 「33°元気らんど」は1999年(平成11)にオープンしました。イベントなどにも活用されており、おもしろ自転車やソリなどの遊具施設もあります。 休日は家族連れで賑わいます。ここは、もともと炭鉱時代にたくさんの社宅が建ち並んでいた場所であり、 周囲には赤煉瓦の建物や昭和小学校跡など当時の面影を残す建物があります。



11崎戸浦(さきとうら)の合戦跡

 1569年(永禄12)、宮村(元佐世保市)にいた大村三河守純種(すみたね)が、領主・大村純忠(すみただ)に反乱を起こすという事件が起こりました。 大村純忠の軍は、後藤貴明(ごとうたかあきら・たかあき)や松浦鎮信からの援軍を得た純種軍に敗れ、小佐々弾正純俊(すみとし)は、葛峠(くずとうげ)の戦いで戦死しました。
 この機に乗じて松浦氏は、翌年兵船2隻で崎戸の浦に攻め寄せました。大島町東部黒瀬から呼子ノ瀬戸に入る航路は古くから船の交通量が多かったことから、 この海域をめぐって松浦氏と大村氏は以前から対立していたといわれています。1年前の葛峠の戦いで父を亡くした小佐々弾正純正は、弱冠18歳でしたが、松浦氏の軍を迎え撃ち、 この地を守りました。この戦いを崎戸浦の合戦とよんでいます。



12ラジウム泉 狸の湯(ホテル咲き都)

 そのまま丘の上の風車を目指して進んでいくと、「ホテル咲き都」があります。
 このホテルには「ラジウム泉 狸の湯」という温泉施設があり、この浴場からは五島灘を一望でき、リラクゼーションを求めて訪れる人々も多いそうです。 リュウマチや神経痛、痔、冷え性、疲労回復、うちみ、湿疹、肩こり、腰痛などに効果があります。
 ホテルでは、基幹産業である製塩工場の製品をはじめ、崎戸の方言入りオリジナルTシャツや狸の絵で有名な長崎県の画家・堤けんじ氏の作品の各種グッズ、 地元の伊勢海老の加工品「伊勢えびチップ」、みそ汁の粉末など豊富な品々がそろっています。
 1950年(昭和25)頃に、アメリカ軍から直接レシピをきいたことから始まった佐世保バーガーや、高級将校の家族がパーティやハイキングのお弁当として作って食べていたというプチバーガーもあります。



ラジウム泉 狸の湯(ホテル咲き都)
  • 問合せ:0959-35-2050

1333度線展望台
展望台
展望台
展望台からの夕景
展望台からの夕景
聴音所跡
聴音所跡

 崎戸島の最西端にある展望台で、天気が良いときには五島列島や平戸島が浮かんで見えます。ここから眺める夕陽は美しく、 撮影に訪れるアマチュアカメラマンも少なくありません。この展望台は北緯33度線に位置し、遠くはカサブランカ、バグダッドに通じています。
 展望台の隣にあるのは、旧日本海軍佐世保鎮守府の特設見張り所の聴音所として1938年(昭和3)に建築されたものです。 終戦まで海底のスクリュー音等をキャッチしていたといいます。



さきと伊勢海老祭り

 毎年8月下旬から9月末にかけて、「さきと伊勢海老祭り」が行われています。
 崎戸沖の荒波に育まれた美味しい天然の伊勢海老が格安で販売されたり、飲食店や宿泊施設で期間限定の伊勢海老特別メニューが味わえます。
また、魚のつかみ取りや格安での伊勢海老味噌汁の提供など、イベントも開催されます。


さいかい丼フェア

 いまや定番となった「さいかい丼フェア」。大好評につき第7回目を迎えました。西海市の食材にこだわったどんぶり料理が味わえます。 郷土料理の小鉢も付いてボリューム満点でお得です。旅やドライブで西海市を訪れたなら、ぜひ“西海市の食”を満喫してください。
 第7弾さいかい丼フェアは、2010年4月30日までです!



参考資料
  • 『大村史話 上巻』(木下義春編著/大村史談会発行)
  • 『大島町郷土誌』
  • 『佐世保市宮地区 歴史散歩』(中島雄俊著)
国崎半島自然公園(くにさきはんとうしぜんこうえん) 原城跡 大島大橋・大島大橋公園大島大橋・大島大橋公園大釜海水浴場大釜海水浴場 百合岳公園 百合岳公園 片島(夕景) 太田尾教会 崎戸とんぼ公園 ウォーターデッキステーション 崎戸歴史民俗資料館 33°元気らんど 崎戸浦の合戦跡 ラジウム泉 狸の湯 狸の湯 33度線展望台 33度線展望台 浅間神社

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人物
  • 大村純忠
  • 松浦鎮信
  • 松浦鎮信
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