ながさき歴史の旅

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テーマで歩く歴史散策

第8回 大航海時代を物語る平戸城下町

 ドライブルートのなかから、歩いて学べるエリアをクローズアップしてご紹介するコーナーです。今回の散策コースのテーマは、「大航海時代を物語る平戸城下町」です。

 このエリアは、16世紀から17世紀初頭、ポルトガル・スペイン・オランダ・イギリスの貿易船がと来航し、国際貿易の中心地となり、「西の都」とも呼ばれ栄えていました。
 さっそく大航海時代の面影を訪ねてみよう!

散策エリアの位置をチェック

スポットの紹介
01平戸城(ひらどじょう)・亀岡神社(かめおかじんじゃ)

 平戸松浦氏は、豊臣秀吉権下の1587年(天正15)、63,200石の大名となり、朝鮮出兵(文禄・慶長の役)の際は、約3,000の軍兵を率いて朝鮮半島を転戦しました。帰還後の1599年(慶長4)、初めてこの地に「日の岳城」築城すべく着手しますが、完成を間近にした1613年(慶長18)の大火によって焼失してしまいました。
 1603年(慶長8)、徳川家康が征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に任官されて江戸幕府が始まり、幕藩体制は確立されつつありました。そのような中、家康は、秀吉と親交が深かった松浦家に疑いのまなざしをむけていました。松浦鎮信(しげのぶ)(法印(ほういん))はその疑いを払拭するために、日の岳城に火をつけて焼却し、所領を安堵されたともいわれています。

天守閣からの展望。かつてこの海に帆船が往来していた・・・

 それから約100年後の1704年(宝永元)、幕府の許可のもと、平戸城(亀岡城)再築に着手しました。山鹿素行(やまがそこう)の軍学に沿った縄張りがなされた、全国でも珍しい城です。14年の歳月を費やし、1718年(享保3)に完成しました。
 1871年(明治4)に廃城。北虎口門、狸櫓、石垣、空壕などが残っていたものを、1962年(昭和37)、平戸市が復元しました。
 天守閣からの眺望は素晴らしく、遠くは壱岐まで望むことができます。平戸港を擁した好地にそびえる城は、西海屈指の名城であり、幾多の歴史を物語っています。

 天守内は資料館となっており、松浦党などの貴重な資料が展示されています。このほか、弥生時代の里田原遺跡(さとたばるいせき)や遣唐使時代の資料、明治天皇とその祖母にあたる中山愛子姫(平戸出身)の資料などもあります。

狸櫓について

 平戸城北虎口門から入場するとすぐに、狸櫓があります。この狸櫓は、正確には「多門蔵(たもんぐら)」というのですが、こう呼ばれています。その由来については、松浦熈(ひろむ)(観中(かんちゅう))が「亀岡随筆三十六」に次のように記していました。
 “櫓の床下に狸が住みついていた。1830年頃(天保初年)のこと、櫓の修理のため床板を剥ぎ取ったところ、ある夜、小姓に化けた狸が煕の寝所にやって来て、「私たち一族を櫓に棲ませてください。そうすればこの城を永代守護します」と嘆願した。そこで、翌日、床を元通りに戻してやった。”
 こんなことがあって、この櫓は、狸櫓と呼ばれるようになったそうです。

亀岡神社

 亀岡神社は、1880年(明治13)、松浦詮(あきら)(心月(しんげつ))によって、従来の祖廟霊椿山神社と八幡神社、乙宮神社、七郎宮が合祀されたものです。平戸の氏神であり、また松浦家の祖廟です。4世紀頃に西海鎮護のため、志々伎(ししき)、宮の浦に駐留した十城別王(とおきわけぎみ)(仲哀天皇の弟)の武将、七郎氏広の環頭(かんとう)の太刀などを所蔵しています。

 境内には、浦敬一(うらけいいち)や菅沼貞風(すがぬまただかぜ / ていふう)、沖禎介(おきていすけ)、作江伊之助(さくえいのすけ)等の記念碑や中山愛子像があります。
 この平戸城と各櫓、マキ並木を有した一帯「亀岡公園(かめおかこうえん)」は、桜の名所としても人気があり、観光客だけでなく市民にも親しまれています。平戸城は、常日22時までライトアップされ、対岸の平戸港交流広場やバスターミナルからも幻想的な光景を見ることができます。また期間限定ですが、平戸大橋もライトアップされますので、記念写真に是非おさえておきたいですね。

【平戸城】

入場料金 大人500円 中人300円 小人200円
団体割引:30名様以上2割引
開館時間 8:30〜17:30
休館日 12月29・30・31日
お問合せ先 0950-22-2201
ライトアップされる平戸城(右)と平戸大橋(左)

02平戸港交流広場

 平戸港にある広場には、観光案内所が設置されており、観光や食事処などの情報を知ることができます。2時間程度無料で駐車できるスペースも設置されています。
 ここから歩いて、大航海時代の足跡を見て行こう!

03外国貿易船錨遣唐使船碇

 大型の錨は1952年(昭和27)に川内港から引き揚げられたもので、松浦史料博物館に展示されているオランダ船錨ともよく似ており、海外貿易で栄えた平戸の様子をうかがわせてくれます。小型の錨は1956年(昭和31)に平戸瀬戸で引き揚げられたものです。一緒に展示されている方柱状の石材は、平戸の最南端に位置する宮の浦港から引き揚げられた中国船の碇石です。

04イギリス商館記念碑

 イギリスと日本の交流発祥の地である「平戸イギリス商館」を記念して、1927年(昭和2)に在日イギリス人たちより寄贈され、イギリス商館跡の対岸のこの地に設置されました。

05幸橋(さいわいばし)

 松浦棟(たかし)(雄香(ゆうこう))の命で、1702年(元禄15)に築造された石造りのアーチ橋です。かつてオランダ商館が築造した石造倉庫の技法によって造られたといわれており、別名「オランダ橋」とも呼ばれています。

06イギリス商館跡

 1613年(慶長18)にイギリス商館が設置され、1623年(元和9)に撤退するまでの10年間、イギリスは平戸を拠点として日本との貿易活動をおこないました。最終的には対日貿易で成果をあげることができず、商館を閉鎖して日本から撤退しました。
 商館の位置は文献には詳しく残されていませんが、オランダのハーグ国立文書館保存の1621年(元和7)の古地図によれば、今の親和銀行付近にアーチ式門、円筒形の建物が見え、この一帯にあったといわれています。
 初代イギリス商館長リチャード・コックスが、日本で初めて移植栽培したと伝えられる甘藷(かんしょ)畑跡(県指定史跡)は平戸市川内町にあり、イギリスとの関係を今に伝えています。

07三浦按針の館(あんじんのやかた)・三浦按針(みうらあんじん)終焉(しゅうえん)の地

三浦按針の館

三浦按針の館

三浦按針終焉の地

三浦按針終焉の地

 イギリス人ウィリアム・アダムスは、オランダ艦隊の航海長としてマゼラン海峡を経て1600年(慶長5)、豊後に漂着しました。日本に着いたのは5隻艦隊のうちリーフデ号ただ1隻のみ。2年の歳月をかけた航海は、500人近くいた乗組員のうち生きて動ける者がたったの10数名と、相当に過酷なものだったそうです。ウィリアム・アダムスは、徳川家康に謁見して信任を受け、家康の外交顧問として、三浦郡逸見村(神奈川県)に知行地を受け、三浦按針と名乗りました。
 松浦鎮信(しげのぶ)(法印(ほういん))は、このリーフデ号の乗組員をマレー半島のバタニへ送りとどける役目をかってでて、1609年(慶長13)には2隻のオランダ船を平戸へ入港させます。そして、オランダの使節を家康、秀忠に謁見させて貿易と商館設置の許可を得、平戸にオランダ商館を設置することに尽力しました。さらに1613年(慶長18)には、イギリス商館も設置されます。
 按針は日本と交易する諸外国と公平な立場をとるため、商館には住まず、木田弥治右衛門宅を住まいとし、在宅中はイギリス国旗を掲げていたといいます。1620年(元和6)、ここで亡くなりました。享年57歳でした。現在この館は、平戸を訪れる人々の休憩の場所として活用されています。

<ちょっと一息>(平戸伝統菓子の紹介)

 平戸に伝わるお菓子を味わおう!
「三浦按針の館」でちょっと一休み。南蛮の香りただよう平戸名物のお菓子「カスドース」をお土産に買ってみました。美味しそう!

カスドース

カスドース
 ポルトガルとの交流によってうまれた南蛮菓子のひとつですが、長崎カステラとは一味違います。外はサックリ、中はしっとりとしているのが特長。卵と砂糖は当時大変貴重で藩主のお留め菓子だったそうです。

牛蒡餅(ごぼうもち)

牛蒡餅(ごぼうもち)
 中国から伝わったと言われています。慶弔時の菓子として用いられていました。その姿が牛蒡に似ていたことからその名がついたといわれています。王直が製法を伝えたという説もあります。
08王直屋敷(おうちょくやしき)・天門寺跡

 1542年(天文10)、中国の海商・王直が邸宅を構えたところです。この地に唐様式の建物を建て、松浦隆信(たかのぶ)(道可(どうか))の寵を得て15年間栄華を極めました。
 1556年(弘治2)、王直は明に捕らわれ、処刑されてしまいます。1588年(天正16)には隆信の隠宅として用いられ、後に印山寺と称されました。

天門寺跡

 1550年(天文19)のポルトガル船入港によって、平戸における西洋貿易が始まりました。しかし、1561年(永禄4)に平戸商人とポルトガル船員との間に起こった殺傷事件(宮ノ前事件)が原因となり、ポルトガル人は新たな港を求めて横瀬浦(西海市西海町)へと去ってしまいます。しかし、横瀬浦が焼き討ちにあったため、2年後には再びポルトガル船は、平戸へ戻ってきました。松浦隆信(道可)は歓迎し、この地に御宿(みやど)りのサンタ・マリア教会(天門寺)の建立を許可したといいます。

09寺院と教会の見える風景、コルネリアの塔(瑞雲寺)

 光明寺・瑞雲寺・正宗寺と3つの寺院に重なるように、聖フランシスコ・ザビエル記念教会の屋根と十字架が望める場所です。異国文化の溶け合う町並みに、寺院と教会が混在する平戸の象徴的な風景を堪能することができます。
周辺の石畳の階段や坂道は風情ある静かな散歩道で、観光客が記念撮影をする姿がよく見られます。

コルネリアの塔(瑞雲寺内)

 コルネリアはオランダ人男性と日本人女性の間に生まれました。父親は、オランダ商館長コルネリス・ファン・ナイエンローデ。彼は10年間平戸に勤務し、1633年(寛永10)にこの世を去りました。はじめトケシヨという日本人と結婚して一女エステル(山崎甚左衛門の義姉に当たる)をもうけ、後にスリシャという女性と結婚してコルネリアが生まれました。スリシャはナイエンローデ死後復籍して判田五右衛門に嫁ぎ、コルネリアは商館に引きとられて育ちました。
 1637年(寛永14)、幕府の鎖国政策により、彼女たちのような混血児はバタビア(今のジャカルタ)に追放されてしまいます。コルネリアは、その地で東インド会社の事務員ピーテル・コノルと結婚して裕福に暮らしましたが、平戸に残った母を慕い、子を抱いた自分の木彫り像を判田家に送ったといいます。1679年(延宝7)、両親の菩提(ぼだい)を弔いたいという彼女の願いによって、判田家は西久保法華宗本成寺の境内に五輪の塔を建てました。現在は、瑞雲寺境内に移されています。

10吉田松陰宿泊紙屋跡

1850年(嘉永3)、吉田松陰は、山鹿流軍学を学ぶために平戸を訪れました。儒学者で平戸藩家老でもあった葉山佐内にひかれ、この地にあった紙屋に滞在しながら数多くの書物を書き写したといいます。

11六角井戸、延命町の町並み

 中国人の海商・王直がつくったといわれる六角井戸です。唐人や倭寇にゆかりの遺構として伝承されています。

 江戸時代初期の平戸には、オランダやイギリスの東インド会社による貿易の窓口がおかれていました。この付近には川崎、半田家などの豪商や大商人が軒を連ね、武士や町人、外国人の往来が多かったといいます。

12藤浦洸(ふじうらこう)の歌碑・平戸温泉うで湯・あし湯

 藤浦洸は、オランダ商館跡に建った家を生家とし、詩人・作詞家として活動しました。代表作には、美空ひばりの「東京キッド」や、ラジオ体操の歌などなじみ深い作品があります。

 横には、平戸温泉を無料で楽しめる手足専用の「平戸温泉うで湯・あし湯」があるので、散策に疲れたら、ここでひと休みしましょう。平戸温泉は、神経痛ややけどにも良いナトリウム炭酸水素塩泉です。(利用時間8:00〜21:00)

平戸温泉うで湯

うで湯

平戸温泉あし湯

あし湯
13松浦史料博物館

 1955年(昭和30)に開館した博物館で、松浦陞(すすむ)(如月(じょげつ))によって寄贈された松浦家伝来の貴重な資料等を中心に収蔵しています。建物はもと鶴ケ峰邸と称して1893年(明治26)に建てられた当主の私邸で、現在は国の登録文化財となっています。
 館内には、オランダ製で江戸時代に松浦清(きよし)(静山(せいざん))が長崎で購入した地球儀や天球儀、異国船絵巻、室町末期の作の紺糸威肩白赤胴丸(こんいとおどしかたしろあかどうまる)など、貴重なコレクションが展示されています。地球儀をよく見ると、北海道と大陸がつながって描かれています。おもしろいですね。また、定期的に企画展も開催されています。

 兜や鎧などを自由に試着して、記念撮影ができるコーナーもあります。

平戸藩最後のお殿様が建てた茶室・閑雲亭(かんうんてい)。台風によって崩壊したため復元されました。元禄時代、松浦鎮信(しげのぶ)(天祥(てんしょう))によって始められた武家茶道・鎮信流(ちんしんりゅう)。閑雲亭は、今に受け継ぐ門人たちの稽古道場となっており、茶道体験もおこなわれています。詳しくはお問い合わせください。

1997年(平成9)、博物館の敷地内にオープンした喫茶ミューゼアム「眺望亭(ちょうぼうてい)」です。外観は純和風の倉造りになっていますが、中に入るとアンティークな家具や調度品が並び、西欧の雰囲気に包まれます。少し時間をとって、景色を楽しみながらのティータイムを過ごしてはいかが?
 ここでしか手に入らないオリジナルグッズも販売されています。

【松浦史料博物館】

入館料
個人:大人500円 高校生300円 小・中学生200円
団体:大人400円 高校生240円 小・中学生160円
身障者(個人):大人90円 高校生50円 小・中学生 40円
身障者(団体):大人80円 高校生40円 小・中学生 20円
※団体割引は30名様以上、一括購入のみ適用です
※身体障害者割引は、証明書が必要です
※館内は写真撮影・ビデオ撮影は禁止しています
開館時間
8:00〜17:30  8:00〜16:30(12月のみ)
休館日
年末年始のみ(12月29日〜1月1日)
お問合せ先 
0950-22-2281


14ポルトガル船入港碑・じゃがたら娘像

 ポルトガル船が平戸に初めて来航したのは1550年(天文19)のこと。その歴史を記念し、碑が建てられています。この場所は、「王直屋敷(おうちょくやしき)・天門寺跡」のところで紹介した、1561年(永禄4)の宮ノ前事件の現場といわれています。
 ポルトガル船入港碑のそばには、じゃがたら娘像があります。島原の乱以降、幕府の鎖国政策とキリシタン弾圧はますます厳しくなりました。瑞雲寺にある「コルネリアの塔」でもふれましたが、コルネリアのような混血児たちは平戸から出航してジャカルタに追放され、二度と日本には帰れなかったのです。この像は、異国より望郷の念をジャガタラ文に託す娘の姿をしのび、1965年(昭和40)に建立されました。

15平戸オランダ商館跡・オランダ埠頭・オランダ井戸・常燈の鼻

古い町並みを味わいながらゆっくり歩きましょう!

古い町並みを味わいながら
ゆっくり歩きましょう!

 1609年(慶長14)、オランダは耐火倉庫付き家屋1軒を借り受けて商館業務を開始しました。貿易の拡大とともに海岸を埋め立て敷地を拡大していきます。1640年(寛永17)、建物の破風(はふ)にキリスト生誕を紀元とする西暦年号が記されていることを理由に、幕府による破壊命令がくだります。オランダ商館は1641年(寛永18)に長崎出島へと移転することとなり、平戸オランダ商館の歴史は幕を閉じました。

平戸オランダ商館跡

 現在、「平戸和蘭(オランダ)商館1639年(寛永16)築造倉庫復元整備」がおこなわれており、2011年秋に完成する予定です。楽しみです! 
 周辺には、オランダとの交流をしめす面影が残っています。さあ、散策してみよう。

オランダ埠頭

 東インド会社が所有する帆船の荷卸し、積み込みをおこなっていたところです。背後に水門があり、さらに荷物を置く広場があったと考えられています。築造年代は不明です。

オランダ井戸

 オランダ商館員用の井戸として掘られたものです。オランダ埠頭と同様、築造年代については明らかではありませんが、商館移転の際に破壊を免れた遺構として貴重なものです。

常燈の鼻

 1630年代におこなわれた拡張工事によって、ほぼ現在の地形が整いました。この海岸石垣も当時のものといわれています。常燈の鼻には、かつてオランダ国旗が翻っていましたが、商館が長崎へ移行した後の1643年(寛永20)に常夜燈が設置され、夜間の船の航行の安全を守る平戸瀬戸の灯台として機能しました。

16オランダ塀・日蘭親交記念碑・オランダ公園

オランダ塀

 石段に沿って続く漆喰(しっくい)で塗り固められた塀は、オランダ塀とよばれています。1609年(慶長14)から1641年(寛永18)までの間、この塀の東側にオランダ商館が置かれていました。商館を外から覗かれないように、この塀が設置されたといいます。塀の高さは2メートル、底辺の幅は約70センチあります。当時の様子を知ることができる遺構のひとつです。

日蘭親交記念碑

 1925年(大正14)に日蘭交流発祥の地として、当時の日蘭協会が両国の親交を記念し建立したものです。除幕式はオランダ国特命公使らを迎えて執り行われました。

オランダ公園

 きれいに整備されたオランダ公園。オランダ人も見ていた景観を味わおう。

17崎方公園からの展望

 平戸桟橋の裏手山一帯で、桜とつつじの名所として知られています。
 平戸市街を見下ろす高台にあるので、対岸にそびえる平戸城や港をぐるりと囲む町並みを見ることができます。今回巡った散策コースを思い出しながら、あらためて平戸の歴史を感じてみましょう。

参考資料

・『旅する長崎学1 キリシタン文化I』(企画/長崎県 制作/長崎文献社)

・「史都平戸―年表と史談―」/松浦史料博物館

・「郷土史事典」(長崎県/石田 保著昌平社出版)

イギリス商館記念碑 亀岡神社 外国貿易船錨遣唐使碇 平戸港交流広場 平戸城 三浦按針の館 三浦按針終焉の地 イギリス商館跡 幸橋 王直屋敷・天門寺跡 寺院と教会の見える風景・コルネリアの塔(瑞雲寺) ポルトガル船入港碑・じゃがたら娘像 藤浦洸の歌碑・平戸温泉うで湯・あし湯 藤浦洸の歌碑・平戸温泉うで湯・あし湯 オランダ埠頭 オランダ井戸 常燈の鼻 平戸オランダ商館跡 日蘭親交記念碑 オランダ公園 オランダ塀 オランダ塀 崎方公園 松浦史料博物館 吉田松陰宿泊紙屋跡 六角井戸

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