ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第14回 小説の舞台を歩く(1)

〜遠藤周作・長崎編〜
南山手十六番館の跡

 劇的な歴史的背景を持つ長崎県は、文学、史学、音楽、芸能、宗教などなど、様々な分野に携わる人々を魅了し続けてきました。
 作家・故 遠藤周作さんを、「長崎県人」だと思っている人は案外多いのではないでしょうか。小説を書こうとするときは、まず長崎が眼にうかぶとおっしゃるほどまでに長崎を愛し、幾度も取材で訪れ、心の故郷と言ってくださった方です。遠藤文学のファンは多く、いまも遠藤先生の足跡をたどる旅や小説の舞台をめぐる旅に出かける人たちもたくさんいるようです。

板踏絵(東京国立博物館収蔵を写し)

 遠藤周作こと狐狸庵先生が長崎の街を初めて訪れたのは1964年のことでした。ふらりと立ち寄った南山手十六番館(現在閉館)、ふと足を止めた彼の目に映ったものは、黒い足指と磨耗したキリストの顔が置かれた一枚の"踏絵"。この踏絵との衝撃的な出会いが小説『沈黙』執筆の原点になったのです。狐狸庵先生は、3ヶ月に1度くらいのペースで、キリシタンゆかりの地を精力的に取材し、長崎を舞台にした作品を手掛けました。今回は、遠藤周作こと狐狸庵先生が訪れた場所に注目して、長崎市街のキリシタンの歴史をたどってみることにします。


歴史のとびら
長崎市遠藤周作文学館 書斎コーナー(長崎県観光連盟)

 作家・故 遠藤周作は、キリスト教をテーマに、心の奥深くに潜む日本人の本質に鋭く迫った作品を数多く残した作家です。
 少年時代に戦争を経験。幼少の頃にキリスト教の洗礼を受けています。フランス留学の後、『白い人』『海と毒薬』などの小説を発表しました。
 41歳のときに取材旅行で初めて訪れた長崎。16世紀後半にはキリシタンの町として南蛮文化が華開き、その後の禁教令と迫害、そのなかで密かに信仰を紡いできた歴史的な背景をもつ長崎の地で、西欧の文化・宗教を前にした日本人の葛藤とその根底にある深い歴史を吸収し、作品へと反映したのではないでしょうか。
 長崎を舞台にした作品は、禁教時代の厳しい弾圧の長崎を舞台にキリスト教に転んだ(棄教)ポルトガル人宣教師の心の模様を描いた小説『沈黙』、禁教下でキリシタンとして捕らえられた浦上村の女性を描いた『女の一生』があります。また、自らを狐狸庵としてユーモラスなエッセイや長崎の旅の様子を紹介したコラムなども数多く執筆しています。
 今回は、狐狸庵先生の取材した長崎市街のスポットを歩いてみましょう。

散歩コース

スタート地点までのアクセス

◎所要時間のめやす:約4時間

1風頭公園

↓ 徒歩で約25分 or タクシーで約15分

2晧臺寺(こうたいじ)

↓ らんらんバスで約10分 or 徒歩で約25分

3レストラン「銀嶺」(長崎歴史文化博物館の敷地内)

↓ 徒歩で約7分

4西勝寺

↓ 徒歩で約20分

5長崎奉行所西役所の跡

↓ 徒歩で約3分

6南蛮船来航の波止場跡の碑(長崎県庁付近)

1風頭公園

禁教時代の風景を想い描く

風頭公園より長崎市街夜景(長崎県観光連盟)

 長崎市のほぼ中心に位置する風頭公園。古い町並みを残す寺町界隈から一本脇道の"龍馬通り"へと入ります。坂本龍馬が一時住んでいたという場所へ行く通りは、階段が続くなんとも長崎らしい坂道です。さて、山手へと進んで、緑生い茂る風頭公園の展望台へと向かいましょう。
 狐狸庵先生はこの公園を訪れ、眼下に広がる長崎の風景を眺めながら、16世紀の長崎の街とポルトガル船が入ってきた頃の港の様子に思いを馳せました。
 現在の県庁が在るあたりを見てみましょう。江戸町から万才町付近です。1570年(元亀1)、キリシタン大名の大村純忠が長崎の開港を決め、翌年にはポルトガル船が初入港。"長い岬の台地"には新しい町6町、島原町・平戸町・大村町・横瀬浦町・外浦町・分知(文知)町がつくられ、他の領地から追放されたキリシタンたちが移り住みます。さながら"小ローマ"のようだと称され、1580年には茂木とともにイエズス会に寄進されました。この岬の突端が現在の県庁のところで、当時は教会・コレジヨ(キリシタン学校)・イエズス会の本部が設置され、日本におけるキリスト教布教の中心でした。
 今回の歴史散歩では、山の裾野に広がる長崎市街の界隈をぐるっと歩いてまわります。この風頭山から、すり鉢の底のような長崎の地形をじっくり観察しておきましょう。歴史ガイドブック『旅する長崎学』を愛用してくださっている方は、『キリシタン文化Ⅰ』の35ページに掲載されている「寛永長崎港図(部分) 長崎歴史文化博物館蔵」と比較しながら眺めると、当時の様子がイメージできますよ!

2晧臺寺(こうたいじ)

『沈黙』に登場するフェレイラの墓探し

晧臺寺の山門

 小説『沈黙』では、"フェレイラ"が住んでいたお寺という設定で、ここ晧臺寺が登場します。
 フェレイラは、17世紀の日本に実在した人物です。彼は日本で布教活動をしていたイエズス会のポルトガル人宣教師で、徳川幕府の禁教令によって捕らえられ、厳しい拷問の末、殉教することなくキリスト教を棄てて改宗し、日本名を沢野忠庵と名乗り生き続けた人物です。
 小説では、仏教に改宗したフェレイラと、日本へと潜入し幕府に捕らえられた主人公ロドリゴが面会するシーンが、この境内を舞台に繰りひろげられます。

 実は狐狸庵先生、晧臺寺にあるものを探しにやってきました。それはフェレイラが眠るお墓でした。結局、先生は境内の裏山に並ぶ墓地から見つけることはできずに長崎の旅を終えたようです。気になるフェレイラのお墓の謎を探るべく、いざ晧臺寺へ!

晧臺寺で毎週土曜日に行われる坐禅会

 このお寺では毎週土曜日に坐禅会が催されています。特別に撮影の許しをいただき坐禅体験にも参加させてもらいました。蝋燭の火が灯る僧堂に入り、呼吸を整えて自分の心と向き合い、静かに時が流れていきます。坐禅を終えて、さっそく方丈さまにフェレイラのお墓はどこにあるのか質問してみました。「昔はこの裏山にフェレイラのお墓があったそうですが、関係者の方の手によって東京へとお墓を移したと聞いていますよ。」と教えてくださいました。坐禅の様子は、歴史発見コラムの第26回(10/17更新)をご覧ください。

3レストラン「銀嶺」(長崎歴史文化博物館の敷地内)

狐狸庵先生、長崎の味に舌鼓!

銀嶺の珈琲(ブレンド1杯450円)

現在の銀嶺

 狐狸庵先生は、長崎での取材のときには、お気に入りのお店にも足を運ばれたようです。そのなかのひとつ「銀嶺」をご紹介しましょう。朝食をとったり、取材の合間に珈琲を飲んで休憩したり、仲間の皆さんと一緒にお酒を飲んだりと、馴染みのお店だったそうです。

 銀嶺は、先ほどご紹介した晧臺寺(こうたいじ)にほど近く、鍛治屋町通りと崇福寺通りの交差する一角に西洋料理の老舗として店を構えていました。現在は、立山にある長崎歴史文化博物館の敷地内へと移転。店内に一歩入ると、当時の面影を残す骨董品が各所に飾られています。狐狸庵先生も飲んだという珈琲を一杯いただいて、ちょっと一休み。
 このお店の橋本京子様に、狐狸庵先生との思い出をインタビューしてきました。歴史発見コラムの第27回(10/24更新)もご覧ください。

4西勝寺

フェレイラのサインを発見!

きりしたんころび証文

 浄土真宗西本願寺の西勝寺には、「キリシタンころび証文」(上写真)が歴史的な資料として大切に保管されています。これは、厳しい弾圧に堪えかねて改宗を誓った九介夫婦の証文です。奉行所に提出するはずのものですが、誤って書き損じた証文がこのお寺に残ったそうです。残念ながら、この証文は非公開です。

西勝寺

 キリスト教を棄て、宣教師の身分をすてたポルトガル人フェレイラは、「キリシタン目明し」という全く逆の立場になってしまいます。潜伏するキリシタンを見つけては長崎の奉行所へ通報し、ころび証文にサインをする。そんなフェレイラの姿が目に浮かびます。
 狐狸庵先生は、このころび証文を手にとり、沢野忠庵となったフェレイラのサインを見て「その文字、まことにあわれだった。(「切支丹時代の智識人」『展望』昭和41年1月号より引用)」とコメントを残しています。

5長崎奉行所西役所の跡

フェレイラが拷問を受けた場所

長崎奉行所(西役所)(長崎県観光連盟) 長崎県庁入口にある石碑

 今回のコースのスタート地点・風頭山からイメージして眺めた"長く突き出た岬"を覚えていますか。その岬の突端が現在の長崎県庁です。ここには、1571年(元亀2)、新しい長崎の町づくりとともに、岬の教会と呼ばれた「サン・パウロ教会」が建ちました。幾度かの建て替えや破壊を経て、1593年頃には日本のイエズス会本部が置かれ、1601年には当時の日本で最も大きく美しいといわれた「被昇天のサンタ・マリア教会」が完成しました。しかし、1614年には徳川幕府の禁教令で破壊され、跡地には長崎奉行所西役所ができました。この場所は、フェレイラが"穴吊り"という拷問を受けたところです。

岬の教会

 狐狸庵先生は、夜の県庁通りを歩くとき、酒に酔いながらもふとフェレイラの痛ましい呻き声が聞こえるような気がしたそうです。

6南蛮船来航の波止場跡の碑(長崎県庁付近)

キリシタンの歴史を刻む長崎港

南蛮船来航の波止場跡

県庁坂通り

 狐狸庵先生は、県庁坂を海の方へおりて、潮の香りがする大波止にでました。

長崎県庁第三別館

 長崎県庁前の坂の途中に「南蛮船来航の波止場跡」の碑があります。レトロに佇む県庁第三別館(1923年創建)の玄関入口の左脇です。
 この碑を目印に路地へ入るとすぐ「江戸町公園」があって、県庁の裏手の石垣を見ることができます。この石垣の下の方は、長崎奉行所時代のものと思われ、昔はここが岬の突端で、周辺は海だったことを物語っています。16世紀後半の長崎港には、赤い十字のマストを張ったポルトガル船が停泊し、ここから天正遣欧少年使節がローマへと旅立ちました。17世紀になって、禁教令で捕らえられた外国人宣教師たちが船に乗せられて追放されたのもこの港でした。

 狐狸庵先生の小説の舞台となった長崎を歩く歴史の旅。今回は、狐狸庵先生が取材したキリシタンゆかりの場所に注目して長崎市街を巡りました。狐狸庵先生は3ヶ月に一度のペースで、長崎市街だけでなく県内各地を入念に取材しています。隠れキリシタンの里として知られる外海、島原の乱の舞台となった島原半島、キリシタンの里の浦上、教会が点在する五島など。次回は外海をご紹介しますのでお楽しみに!

参考文献:
  • 『沈黙』 著/遠藤周作 発行/新潮社 1966年
  • 『旅する長崎学1 キリシタン文化1』 企画/長崎県 制作/長崎文献社
  • 『旅する長崎学4 キリシタン文化4』 企画/長崎県 制作/長崎文献社
  • 『批評』「沈黙フェレイラについてのノート」昭和42年4月号
  • 『沈黙の声』プレジデント社 平成4年7月
  • 『芸術生活』「踏絵」 昭和39年6月
  • 『夕刊フジ』「コクのある長崎の街を歩く」 昭和52年9月13日
  • 『毎日新聞』走馬燈6長崎<フェレイラのこと> 昭和51年3月7日
  • 『夕刊フジ』「怪しい者ではありません」昭和52年9月13日
写真資料:
  • 「長崎市遠藤周作文学館 書斎コーナー」 長崎県観光連盟
  • 「風頭公園より長崎市街夜景」 長崎県観光連盟
  • 「きりしたんころび証文」 西勝寺蔵
  • 「長崎奉行所(西役所)」 長崎県観光連盟

スタート地点までのアクセス

風頭公園

所在
長崎市伊良林3-516-6
お問い合わせ先
長崎市役所 みどりの課(長崎市桜町2-22 TEL/095-829-1171)
駐車場
なし
長崎市の公園
http://www1.city.nagasaki.nagasaki.jp/kouen/

アクセス

バス
JR長崎駅方面より長崎バス[風頭山]行きに乗車し終点<風頭山>で下車し、徒歩で約10分。
路面電車…
[3番・蛍茶屋-赤迫][4番・蛍茶屋-正覚寺][5番・蛍茶屋-石橋]に乗車し<公会堂前>もしくは<新大工町>で下車し、龍馬通りの坂を上り約25分。
車…
JR長崎駅より長崎市公会堂(魚の町)付近で車を駐車。龍馬通りの坂を上り約25分。
長崎自動車道をご利用の場合、川平ICより長崎バイパス(西山トンネル)を通り西山方面でおりる。県道235号線を走って約10分、長崎市公会堂(長崎市魚の町)付近で駐車。徒歩で約10分。
高速バス
--昼行便--
  • 長崎空港から約35分(長崎バス・長崎県営バス)
  • 佐世保から約1時間30分(長崎県営バス・西肥バス)
  • ハウステンボスから約1時間5分(西肥バス)
  • 福岡から約3時間(九州急行バス)
  • 北九州から約3時間(長崎県営バス)
  • 大分・別府から約3時間45分(長崎バス・長崎県営バス)
  • 熊本から約3時間(長崎県営バス)
  • 宮崎から約5時間20分(長崎県営バス)
--夜行便--
  • 名古屋から約12時間(長崎バス)
  • 大阪(梅田)から約10時間10分(長崎県営バス)
  • 京都・大阪から約11時間30分(長崎バス)
  • 姫路・神戸から約10時間(長崎バス)
電車…
博多駅方面から[特急かもめ]に乗る!
<JR博多駅>より[特急かもめ]に乗車し、<JR長崎駅>で下車(所用時間は約2時間)。鳥栖より約1時間。佐賀より約1時間25分。諫早より約20分。JR長崎駅からは路面電車・バスまたはタクシーをご利用下さい。
佐世保方面から[快速シーサイドライナー]に乗る!
<JR佐世保駅>より[快速シーサイドライナー]に乗車し<JR長崎駅>で下車(所要時間は約1時間45分)。ハウステンボスより約1時間20分。大村より約35分。長崎駅からは路面電車またはタクシーをご利用下さい。

飛行機で長崎へ行く!

  • 東京(羽田空港)から約1時間40分
  • 大坂(伊丹空港)から約1時間10分
  • 名古屋(中部)から約1時間20分
  • 沖縄(那覇空港)から約1時間30分
  • 宮崎から約40分
  • 鹿児島から約35分

*各空港から<長崎空港>に着陸。長崎バスもしくは県営バスの[長崎空港線エアポートライナー・出島道路経由]に乗車し<長崎新地バスターミナル>へ約35分。

●各出発点へのアクセスは「ながさき旅ねっと アクセス」をご覧ください。


うんちくバンク

人物
  • 遠藤周作
  • 大村純忠
歴史事件
  • 絵踏みのはじまり
  • 天正遣欧(少年)使節
資料
    場所
    • 大波止
    • 風頭公園
    • レストラン「銀嶺」
    • 晧臺寺
    • 西勝寺
    • 長崎市遠藤周作文学館
    • 長崎歴史文化博物館
    • 南蛮船来航の波止場跡の碑(長崎市)
    • 南山手十六番館の跡
    その他
    • イエズス会
    • 命を絶つ「処刑」から、棄教させる「拷問」へ
    • コレジヨ
    • 潜伏キリシタンと隠れキリシタン
    • 洗礼名
    • 伴天連

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