ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第15回 小説の舞台を歩く(2)

〜遠藤周作・外海編〜
外海地区と角力灘

 劇的な歴史的背景を持つ長崎県は、文学、史学、音楽、芸能、宗教などなど、様々な分野に携わる人々を魅了し続けてきました。
 作家・故 遠藤周作さんを、「長崎県人」だと思っている人は案外多いのではないでしょうか。小説を書こうとするときは、まず長崎が眼にうかぶとおっしゃるほどまでに長崎を愛し、幾度も取材で訪れ、心の故郷と言ってくださった方です。遠藤文学のファンは多く、いまも遠藤先生の足跡をたどる旅や小説の舞台をめぐる旅に出かける人たちもたくさんいるようです。
 今回は、遠藤周作こと狐狸庵先生が訪れた場所に注目して、小説『沈黙』『女の一生』などの舞台になった外海をご紹介します。効率よくまわるコース順もあるけれど、せっかくなので場所と時間帯のロケーションとシチュエーションがかもしだす雰囲気を味わいながら外海を巡る、1日かけてのルートでご紹介します。


歴史のとびら
出津教会

 長崎市の北西に位置する外海地区は、固有の文化を育んだキリシタンの里です。深く続く山々と海に面して切り立った岩。山あいにひっそりと建つ教会は歴史の歩みを物語っています。そして角力灘(すもうなだ)に面する碧い海原に向かうと、晴れた日には水平線と五島が見え、夕陽が刻々と沈み黄金色に染まっていく幻想的な風景に出会えます。外海には、人々を魅了する要素がたくさんあります。長崎市街からは、サンセットオーシャン202( 国道202号線)を車で走り、約50分の距離。日帰りで楽しめるドライブコースとしても人気です。
 外海は、1563年にキリスト教の洗礼を受けて日本初のキリシタン大名 となった大村純忠が治めた領地のひとつでした。1587年、純忠の死後すぐに発布された豊臣秀吉の伴天連追放令によって、キリシタン武将として活躍した籠手田氏や小西行長らの家臣の一部が平戸や肥後から外海の大野郷へ移り住んだといわれます。さらに1614年の徳川幕府の禁教令は、キリシタン迫害に厳しさを増します。純忠の息子 喜前(よしあき)は幕府の禁教政策をいち早く見極め、日蓮宗に改宗し、領内のキリシタン取り締まりを強化していました。1617年に宣教師4人が殉教し、その後大村領では弾圧が続きました。
 特に1657年に起こった「郡崩れ」と呼ばれる迫害では400人以上ものキリシタンが斬首となり、この衝撃は大きく、以降、大村湾を囲む大村城下や内海(西彼杵半島の東側)では、キリシタンは姿を消したとされています。一方、角力灘(すもうなだ)に面し断崖絶壁の厳しい環境にあった外海(西彼杵半島の西側)の方は、交通が不便で監視の目も行き届かず、また、黒崎や出津などには佐賀鍋島藩の飛び地があって取り締まりは緩やかだったようです。キリシタンたちは潜伏して、信仰の灯火を絶やすことはありませんでした。
 1797年、五島藩からの開拓移民の要請があったとき、外海のキリシタンたちは信仰の安寧の地を求めて、3,000人以上が海を渡って五島へと移住しました。しかし、良好な土地には住めず、山間部のへき地での貧しい暮らしに、《五島へ五島へと皆行きたがる。五島は極楽行ってみて地獄。》といった過酷な生活を物語る歌も残っています。
 外海でも五島でも密かに身を隠しながら、キリスト教の教えと信仰は子から孫へと代々伝承され、約250年もの長い間、守り続けられたのです。そして、外海のキリシタンたちが待ち望んだ司祭が登場するのは明治の時代。1879年にパリ外国宣教会のフランス人ド・ロ神父が外海へと赴任してきました。貧困にあえぐ人々を救うために、福祉・医療・産業などの技術を伝授し、教会をつくり、外海の人たちの生活の自立を支援するとともに、その信仰を復活させたのでした。
 作家・故 遠藤周作氏もこの町に魅せられたひとり。約3ヶ月に1度のペースで長崎各所を取材するなかで外海も度々訪れ、人々に直接インタビューをしたりしています。キリシタンの里「外海」を舞台に『沈黙』『女の一生』などの小説が誕生しました。遠藤周作こと狐狸庵先生が"心の故郷"として愛したこの地には、1987年(昭和62)に「沈黙の碑」が建立され、2000年(平成12)には「遠藤周作文学館」も完成し、多くの人々が訪れています。

散歩コース

スタート地点までのアクセス

◎所要時間のめやす:約1日

沈黙の碑(出津文化村にある外海歴史民俗資料館の前)

↓ 出津文化村の各施設は半径約250mの範囲内にあります

出津文化村

↓ 旧出津救助院より約10分

ド・ロさまのお墓(野道キリシタン墓地)

↓ 車で約10分 + 徒歩で約5分

バスチャン屋敷

↓ 車で約20分 + 徒歩で約10分

枯松神社

↓ 徒歩で約5分 + 車で約5分

黒崎教会

↓ 車で約3分

長崎市遠藤周作文学館

1沈黙の碑(出津文化村にある外海歴史民俗資料館の前)

遠藤文学の記念碑

沈黙の碑

 遠藤文学の原点ともいえる作品を記念した石碑が、出津文化村にあります。碑には、小説『沈黙』から "人間がこんなに哀しいのに 主よ 海があまりに碧いのです" という一節が刻まれています。この石碑の前に立ち、周りを見渡すと、遠藤周作文学館、碧く輝く角力灘、厳しい迫害を逃れ潜伏キリシタンたちが隠れた山々・・・、断崖絶壁と入り組んだ地形に守られた"トモギ村"の輪郭が浮かび上がります。

 角力灘を眺めると、雲間に光を射すその天高くに、神の存在を信じたくなるような…。これほどまでに自然の崇高さを感じることはないと思えるような・・・。ただただ、目の前にある自然の状況を受け入れて見ているしかない感じは、不思議な感動を与えてくれます。沈黙の碑を前に、狐狸庵先生も見た海をいつまでも眺めていたくなりました。

2出津文化村

住民の自立支援を支えたド・ロ神父ゆかりの施設

長崎 出津文化村遠景(旧外海町) (長崎県観光連盟)

 西出津町にある出津文化村は、「旧出津救助院」「出津教会」「ド・ロ神父記念館」などド・ロ神父ゆかりの施設がある一帯をいいます。救助院前の道を歩いていると、「どこからお見えですか。」と、シスターがやさしく声をかけてくれました。ある雑誌のコラムで、狐狸庵先生がこの路上でシスターと会話していた写真があったのを思い出しました。今も変わらない光景があるのも、外海の魅力だなと思いました。

 狐狸庵先生は、ド・ロ神父記念館から出津教会へと続く「歴史の道」を歩きました。この道は、さらに歴史をさかのぼれば、ド・ロ神父やキリシタンも歩いた道。
 外海は、『女の一生』に登場する主人公サチ子の女友人の出身地として、この地の暮らしを語るシーンとして登場します。

出津教会 ド・ロ神父記念館 旧出津救助院

3ド・ロさまのお墓(野道キリシタン墓地)

外海に一生を捧げたフランス人神父のお墓

ド・ロさまのお墓
野道キリシタン墓地

ド・ロさまのお墓

 出津文化村の旧出津救助院から坂道を下って左へ。出津小学校の方へ向かいましょう。右手にたくさんのお墓が並ぶ斜面が見えてきます。野道橋を渡り、赤煉瓦の門からおじゃまします。
 中腹にド・ロ神父の眠る十字架のお墓があります。ド・ロ神父は、当時貧しい生活をしていた外海の人々を救うために、私財を投じて数多くの事業をおこなった人です。パンやマカロニ、製粉、搾油、ソーメンなどの製造を教え、さらにイワシ網工場、農業、土木の技術を指導し、医療活動もしました。あらゆる方面に知識と能力を持っていたド・ロ神父の才能には驚かされます。地元では、いまも神父への敬愛と感謝の気持ちを込めて、「ド・ロさま」と呼ばれ親しまれています。
 さらに奥へと進むと、山肌に沿って昔のキリシタン墓碑がたくさん並ぶ光景。代々受け継がれ守られてきた歴史の営みを感じます。

4バスチャン屋敷

日本人宣教師の隠れ家

バスチャン屋敷の標識

バスチャン屋敷

 ド・ロさまのお墓のある野道キリシタン墓地から車で約15分ほど走り、途中から歩いて目的地へ進みます。
 宣教師の国外退去命令が下されたとき、外国人神父ジワンは、日本を離れる前に、バスチャンにキリシタン暦の日繰り帳を託しました。バスチャンは日本人の伝道師で、浦上村や外海地区の人々に日繰りや予言などを伝承していた人物です。洗礼名が訛ってバスチャンと呼ばれていたようです。幕府の禁教令によってキリシタンに対しての弾圧が厳しくなり、役人に見つからないように隠れていたといわれる屋敷の跡なので、人影のない暗い山奥にポツンとあります。苔むす林に石積みの家で、キリスト教の教えを説いたのでした。現在は、その跡地に建物が復元されています。
 じっと佇むを、静かな林の中から、小説『沈黙』に登場するロドリゴの逃げる足音が聞こえてくるような気がします。

5枯松神社

外国人のサン・ジワン神父を祀った神社と祈りの岩

枯松神社

枯松神社の標識

 神社とは、日本固有の神道の神々を祀る建物です。では、なぜ神社にキリスト教の宣教師が祀られているの?と疑問を抱く方も多いはず。通称"キリシタン神社"と呼ばれるこの建物は、日本人伝道師バスチャンが、師と仰ぐジワン神父を祀った神社です。江戸時代の禁教令を取り締まる役人に見つからないように、神社の造りにしてカムフラージュしました。キリシタンだとわかれば苦しい拷問、信仰を棄てなければ殉教。過酷な時代を偲ばせる場所です。
 毎年11月3日に開かれる「枯松神社祭」では、カトリックの慰霊ミサとかくれキリシタンのオラショ奉納が一緒におこなわれています。

祈りの岩

 祠のそばには"祈りの岩"と名付けられた大きな岩があります。潜伏時代に、黒崎地区の人たちが集まって、子どもたちにオラショ(祈り)を伝承したといわれる場所です。

6黒崎教会

外海の丘に建つ赤煉瓦の教会

黒崎教会

 階段をのぼると、その歴史を物語るようにそびえる立派なソテツが四方に葉を伸ばし、マリアさまの像が旅する人たちをやさしく迎えてくれます。この赤煉瓦の教会は、ド・ロ神父の設計図をもとに、ハルブ神父が赴任した大正時代に完成しました。敷地の造成から始まり、途中資金難により一時建設が中断したことも。子どもたちも煉瓦運びに奉仕するなどして、完成までに計画から20年以上もの歳月がかかったそうです。

黒崎教会のステンドグラス

 この教会の玄関口にある、聖母マリア像が黒崎海岸を見守っています。

 狐狸庵先生は、黒崎教会の神父さまや、黒崎に住む人にかくれキリシタンや伝承についてインタビューしたそうです。

7長崎市遠藤周作文学館

遠藤文学の魅力に触れる

長崎市遠藤周作文学館

 外海地区を「神様が僕のためにとっておいてくれた場所」と語ってくれた狐狸庵先生。没後4年目(2000年)にこの文学館がオープンしました。館内には、生前の愛用品や生原稿、足跡を紹介したパネルなどの展示があり、企画展なども開催されています。

長崎市遠藤周作文学館 書斎コーナー(長崎県観光連盟)

 今回の旅で、この場所を最後にしたのは、キレイな夕陽を見てほしいからです。日没の時間になったら、さぁ、テラスに出てみてください。赤く水平線に落ちていく太陽を受け入れる海の色は、コースの一番最初に"沈黙の碑"の場所で見た表情とは違っています。陽が沈むと同時に帰ってしまう人も多いと思いますが、それからしばらく微妙に移りゆく空の色の美しさがオススメです。自然のキャンパスに描かれる色彩の変化に心奪われることと思います。

外海の夕陽

 外海の印象は、まさに"光と影"でした。さえぎるもののない太陽の光、ステンドグラスを透過する教会の光、角力灘の波間に反射する波の光、夕陽が染めるオレンジ色の光など、まるで太陽に向かっているように、そして宗教絵画にみるような光の筋。それとは対照的に、禁教で光の届かない山中に隠れなければならなかった歴史の影。訪れるたびに違う大自然の表情が印象的でした。
 外海地区は、歴史の歩みの積み重ねによって醸し出されている独特の空気が、自然おりなす美しい景観を包み込むような町です。

旅人コメント

夕陽が丘そとめ

「歩いて約2分のところに、<道の駅 夕陽が丘そとめ>があります。バイキング形式で地元の料理を楽しめます。いろんな種類があって、ド・ロ神父の故郷であるフランスのヴォスロールの郷土料理もあるんですよ。ヘルシーな田舎料理ということで人気だそうです。」

参考文献:
  • 『沈黙』 著/遠藤周作 発行/新潮社 1966年
  • 『女の一生 二部』 著/遠藤周作 発行/新潮社
  • 『旅する長崎学4 キリシタン文化4』 企画/長崎県 制作/長崎文献社 2006年
  • 『旅する長崎学5 キリシタン文化5』 企画/長崎県 制作/長崎文献社 2006年
  • 『旅する長崎学6 キリシタン文化 別冊 総集編』 企画/長崎県 制作/長崎文献社 2007年
写真資料:
  • 「出津文化村遠景(旧外海町)」 長崎県観光連盟
  • 「長崎市遠藤周作文学館 書斎コーナー」 長崎県観光連盟

スタート地点までのアクセス

沈黙の碑

所在
長崎県長崎市出津(出津文化村内にある外海歴史民俗資料館の前)
開館時間
見学自由

アクセス

車…
JR長崎駅周辺より国道202号線を北上し約50分。JR佐世保駅周辺より国道202号線を南下し約85分。
バス
J長崎駅前・長崎新地バスターミナルより[板の浦(桜の里ターミナル経由)]行きに乗車して約1時間15分、<出津文化村>で下車、徒歩で約5分。
* 直行は朝と夕方のみ。<桜の里ターミナル>で[板の浦]行きに乗り換えることもできます。
* 事前に帰りのバスの時刻を確認しましょう。
高速バス
--昼行便--
  • 長崎空港から約35分(長崎バス・長崎県営バス)
  • 佐世保から約1時間30分(長崎県営バス・西肥バス)
  • ハウステンボスから約1時間5分(西肥バス)
  • 福岡から約3時間(九州急行バス)
  • 北九州から約3時間(長崎県営バス)
  • 大分・別府から約3時間45分(長崎バス・長崎県営バス)
  • 熊本から約3時間(長崎県営バス)
  • 宮崎から約5時間20分(長崎県営バス)
--夜行便--
  • 名古屋から約12時間(長崎バス)
  • 大阪(梅田)から約10時間10分(長崎県営バス)
  • 京都・大阪から約11時間30分(長崎バス)
  • 姫路・神戸から約10時間(長崎バス)
電車…
博多駅方面から[特急かもめ]に乗る!
<JR博多駅>より[特急かもめ]に乗車し、<JR長崎駅>で下車(所用時間は約2時間)。鳥栖より約1時間。佐賀より約1時間25分。諫早より約20分。JR長崎駅からは路面電車・バスまたはタクシーをご利用下さい。
佐世保方面から[快速シーサイドライナー]に乗る!
<JR佐世保駅>より[快速シーサイドライナー]に乗車し<JR長崎駅>で下車(所要時間は約1時間45分)。ハウステンボスより約1時間20分。大村より約35分。長崎駅からは路面電車またはタクシーをご利用下さい。

飛行機で長崎へ行く!

  • 東京(羽田空港)から約1時間40分
  • 大坂(伊丹空港)から約1時間10分
  • 名古屋(中部)から約1時間20分
  • 沖縄(那覇空港)から約1時間30分
  • 宮崎から約40分
  • 鹿児島から約35分

*各空港から<長崎空港>に着陸。長崎バスもしくは県営バスの[長崎空港線エアポートライナー・出島道路経由]に乗車し<長崎新地バスターミナル>へ約35分。

●各出発点へのアクセスは「ながさき旅ねっと アクセス」をご覧ください。


うんちくバンク

人物
  • 遠藤周作
  • 大村純忠
  • 外海に生涯を捧げたド・ロ神父
歴史事件
    資料
    • パリ外国宣教会
    場所
    • 枯松神社
    • 旧出津救助院(出津文化村)
    • 黒崎教会
    • 出津教会 (出津文化村)
    • 出津文化村
    • 沈黙の碑
    • ド・ロさまのお墓
    • ド・ロ神父遺跡(出津文化村)
    • 長崎市遠藤周作文学館
    • 長崎市外海歴史民俗資料館
    • 長崎市ド・ロ神父記念館
    • バスチャン屋敷
    • 道の駅 夕陽が丘そとめ
    その他
    • 教会見学のQ&A
    • 教会見学のマナー
    • キリシタンたちが五島へ移住
    • 潜伏キリシタンと隠れキリシタン
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    • 伴天連

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