ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第2回 ザビエルも訪れた国際貿易港(長崎県平戸市)

歴史の中の“Firand”(フィランド)へ
平戸城

平戸大橋を渡って、歴史の浪漫があふれる城下町「平戸」へと向かいました。その昔、貿易を通じて、中国・ポルトガル・オランダ・イギリスといった異国の文化を吸収した海外交流の玄関口。西洋の佇まいと美しい城下町のまち並みは、平戸ならでは。ここは訪れるたびに新しい発見に出会えるまちです。16世紀の国際貿易港・祈りの島“Firand”(フィランド)を巡る心弾む楽しい旅に出かけましょう。

歴史のとびら
 平戸は、遣唐使船の寄港地となるなど、古くからアジアとの海上交通ルートにおいて重要な港でした。16世紀、この港町は世界を結ぶ海外交易の要所としてさらに栄えることとなります。
  長崎県と西洋の最初の出会いは、1550年、ポルトガル船の平戸入港に始まります。東洋でのキリスト教布教に生涯を捧げたフランシスコ・ザビエルも平戸にやってきました。貿易に熱心だった当時の領主・松浦隆信のもと、南蛮貿易とキリスト教布教の出発の地となった平戸は、世界地図にFirando(フィランド)と記され、その名を世界に知られます。
  17世紀になると、新教国のオランダやイギリスがアジアに進出。ポルトガル船が去った平戸にも入港し、1609年にオランダ商館が、1613年にはイギリス商館が開設され、瞬く間に国際貿易港としての脚光を再び浴びることになります。
 1550年(ポルトガル船来航)から1641年(オランダ商館が長崎・出島に移転)までのおよそ90年間、ポルトガル、イギリス、オランダなどヨーロッパの国々と親密な交わりをもち、海外文化の交差点となった「平戸」。いまから約450年前、世界への扉が大きく開け放たれたこのまちに残る異国の香りを訪ねました。

散歩コース

スタート地点までのアクセス

◎所要時間のめやす:約6時間30分

1平戸城(亀岡城)

↓車で5分

2平戸和蘭商館跡

↓徒歩5分

3平戸観光資料館

↓徒歩5分

4聖フランシスコ・ザビエル記念碑

↓徒歩10分

5松浦史料博物館

↓徒歩3分

6六角井戸

↓徒歩15分

7聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂

↓徒歩5分

8寺院と教会が混在する風景

↓徒歩10分

9英国商館記念碑

↓車で10分

1010冨春園・冨春庵跡

↓車で30分

1111宝亀教会

↓車で30分

1212平戸市切支丹資料館

↓徒歩12分

1313根獅子の浜
1平戸城(亀岡城)

城下町が一望できる絶景のポイント

領主 松浦家の居城

八ノ子島
 平戸の領主 松浦家の居城・平戸城(亀岡城)からスタート。この平戸を国際貿易港として繁栄させた松浦隆信(道可)の願いのもと、息子の26代鎮信(法印)は「日の岳城」を築城しますが、幕府に対する政治的配慮から自ら焼き捨てます。その後、29代鎮信(天祥)が山鹿流で再建した「亀岡城」は、明治維新で廃城するまで平戸藩政の中心となりました。現在の平戸城は昭和37年に復元されたもの。 天然の外堀に建つ平山城で、天守閣からは港や町並み、対岸の田平地区などを見渡すことができます。ここから、入港する南蛮船や阿蘭陀船を南蛮渡来の遠眼鏡(望遠鏡)で眺めるお殿様の姿を想像しながら、平戸のまちを一望。お次の平戸和蘭商館跡はこの対岸。海岸沿いをグルリと車で回りましょう。
2平戸和蘭商館跡

世界初の株式会社「オランダ東インド会社」がやってきた!

ただいま復元計画進行中。

 「VOC」のマークを、美術館や博物館で見たことはありませんか? そうです、オランダ東インド会社の社章です。この会社が平戸へやってきたのは、会社設立から7年後の1609年。江戸幕府から日本での貿易と商館の設置を許され、当時の平戸藩主 松浦鎮信も歓迎しました。本館のほか住宅や石造りの倉庫などの施設が建ち並び、平戸は貿易港として脚光を浴び賑わいます。東洋で最大規模を誇っていた商館でしたが、1640年、幕府から取り壊し命令が下され、翌年には長崎の「出島」へ移転を言い渡されます。

 現在も、和蘭商館跡周辺にはオランダ塀や埠頭、石垣や井戸など、当時を物語るものが残っています。 現在、平戸市では和蘭商館開設400年にあたる2009年の完成をめざして、本格的な発掘調査をもとに倉庫の復元や周辺整備が進行中です。 当時の姿がよみがえるのも間近、完成が待ち遠しいですね。 (左上の写真は平戸オランダ商館の図-モンタヌス『東インド会社遣使録』より-平戸市教育委員会収蔵)

3平戸観光資料館

ザビエルの布教から始まった民衆の祈り

時代を映し出す貴重なものばかり

 平戸和蘭商館跡のオランダ塀を見ながら坂をのぼると左手にありました。大きくて立派なソテツに招かれて門を入ってみましょう。隠れキリシタンの貴重な遺品や蘭学医 嵐山甫安にまつわる品などが展示されている資料館。キリシタン関係の展示で目を引くのがマリア観音。マリア様の後頭部に刻まれた金の十字架は、ひそかな祈りの象徴。それともうひとつは「じゃがたら文」。江戸幕府の命令でインドネシアのジャカルタに追放されたヨーロッパ人と日本人の混血児が、異国ジャカルタから平戸の親戚に宛てた便りです。「日本恋しやこいしや・・・」と望郷の思いが綴られた文から、とても切ない気持ちが伝わってきました。

旅人コメント

 じゃがたら文「こしょろの文」は、どこかで見覚えがあると思った人も多いのでは。どこだっけ?どこだっけ?となかなか思いあたらないので、友達に聞いてみたらあっさり返事。「長崎のお土産『長崎物語』のパッケージじゃないね。」(万華鏡)

 崎方町のまち並みは、とりわけ「和」を感じられる一画。珍しいこの木造三階建の町家はかつて昭和初期の建物で、昔は旅館でした。現在では旅人の足を休める休憩所として利用されています。(たびと)
4聖フランシスコ・ザビエル記念碑

庭園に囲まれた記念の碑

十字架の中に刻まれたザビエルの横顔

崎方公園
 平戸観光資料館の上、市民の憩いの場でもある崎方公園内にザビエル記念碑があります。イエズス会創設のメンバーのひとりで、東洋のキリスト教布教に生涯を捧げたザビエルが平戸に来たその時から、長崎におけるキリシタンの歴史が始まったのです。日本にキリスト教を伝えたことで有名なザビエルですが、彼が平戸を3度訪れトータル2ヶ月ほど滞在したことは意外と知られていません。この碑は、ザビエル来航400周年を記念して建てられました。

旅人コメント

 平戸で最初の教会跡を発見!ザビエル記念碑の裏手にありました。(たびと)
5松浦史料博物館

地球儀に天球儀など、西洋との貿易の品々と

領主松浦家のお宝をいざ拝見!

 松浦家の居館がそのまま博物館になっている「松浦史料博物館」。700年以上にもわたる松浦家の歴史資料は圧巻です。
天球儀
見てください、この天球儀! 西洋の天文学などにいち早く触れていたのでしょうね。 クルクルッと手で回しながら不思議の世界にはまったりして時間を過ごしたかもしれません。そして赤い十字架がはためく南蛮船の模型!
これが平戸港に停泊していたんですよ!そういえば第2回、歴史発見コラム「中浦ジュリアン世界グルメ紀行」のとき、天正遣欧使節が世界を旅した南蛮船のイラストは、こんなイメージで書きました。
史料館の庭内にある茶房「閑雲亭」で楽しむ鎮信流の呈茶や、喫茶店「眺望亭」で味わえる南蛮伝来の菓子カーネルクウクもお忘れなく。味覚で歴史を辿る楽しみも、これまた旅の魅力のひとつです。

旅人コメント

 平戸土産と言えばカスドース&牛蒡餅。素朴でオイシイ!散策の途中に何軒か和菓子屋さんを見つけました。(たびと)
6六角井戸

中国との貿易を物語る井戸

貿易商 王直も喉の渇きを潤したかも!?

 日本式のものとは違って、独特の形をした六角形の井戸。中国の様式で作られたものだとか。この辺りは中国の商人たちが住んでいたそうです。長崎県各地の港町にはこのような六角井戸が残っています。密貿易で東シナ海を舞台に勢力をふるった貿易商人 王直さんも、この井戸で喉の渇きを潤したのかもしれませんね。ちなみに、ポルトガル船を平戸港に誘導し、南蛮貿易の橋渡し役をしたのはこの王直さんという話です。
7聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂

ステンドグラスから祈る人のもとへ

心をみたしてくれる優し光が降り注ぐ教会

 淡い緑色の教会は、1913年に建てられた「平戸カトリック教会」。 1971年にザビエル記念像が建立されたのをきっかけに、通称「平戸ザビエル記念教会」とよばれるようになりました。高くそびえる教会の姿はまちのどこからでも目にすることができ、まさに平戸のシンボル。中に入ると一転して静寂が空気を支配し、神聖な気持ちにさせられるから不思議です。闇夜に浮かび上がるライトアップされた教会もステキですよ。
 すぐ近くには、徳川幕府の禁教下、キリスト教弾圧で殉教した人たちのための「平戸殉教者顕彰慰霊の碑」があります。キリスト像が両手を広げて、平戸の空に十字をきっています。

旅人コメント

 この教会、よーく見ると左右対称ではありません。向かって左側だけに、八角塔があるんですよ。(万華鏡)

8寺院と教会が混在する風景

平戸の歴史を象徴する風景

今だからこそ、この風景がある。

 平戸観光の様々なパンフレットに使用されてきたエキゾチックな景色の代表。平戸におけるキリスト教の伝来、禁教、弾圧、潜伏…という歴史を考えると、単に「寺院と教会が一緒に見える場所」というだけでなく、平戸の歴史を象徴する風景。平戸における東西文化の交差が、もっともリアルに感じられるスポットです。反乱、弾圧など激動の道を歩んできた歴史のうえにある平和なこの時代だから、穏やかに景色を楽しめるのだと感じずにはいられませんでした。
9英国商館記念碑

イギリスの東インド会社もやってきた!

同時に、ビールもやってきた!

 1613〜1623年のあいだ、記念碑の対岸(現在の親和銀行付近)にイギリス商館がありました。海岸地帯に商館・倉庫・住宅が建ち並んだそうです。徳川家康は商館を浦賀に置くようにすすめましたが、朱印状を貰って、平戸を拠点に貿易を始めました。初代の商館長はリチャード・コックス。イギリスといえば、英国船「グローブ号」が積んでいたビールが平戸に上陸したという記述が『セーリス日本渡航記』にあります。後に、幕府が海外貿易の制限を強めてくると、オランダとイギリスの貿易を巡る抗争が激しくなって、松浦隆信が仲裁に入るほどだったらしい。平戸で貿易を始めて10年後、インド経営に力を入れるために日本貿易を断念したそうです。この碑は1927年に建てられたもの。

旅人コメント

 近くに格安ランチで平戸牛が楽しめるお店があるよ! 探してみて。(たびと)
10冨春園・冨春庵跡

禅と茶を広めた栄西

 1191年、中国の宋から帰国した栄西禅師が初めて禅規を行ったことから、日本禅宗発祥の地とされる小院の跡があります。これが後の千光寺となりますが、敷地内には栄西禅師が座禅を組んだという石や、宗から茶の実を持ち帰って栽培したという茶畑「冨春園」の跡もあります。
この良質お茶の実が京都の宇治へ、さらに全国へと広まりました。非常にのどかな場所で心が安らぎます。お茶のテキスト『喫茶養生記』を書いた栄西。平安の時代からお茶は愛飲されていましたが、貴族階級が楽しんだ高級品。栄西のお陰で庶民へと広まったのです。

旅人コメント

 栄西禅師が座禅を組んだと言われる岩。思わず座ってみたくなるね!(たびと)
11宝亀教会

弾圧の苦しみのなかで守った神への祈り

世界遺産候補の教会のひとつ

 国道383号線を南下し、宝亀小学校を過ぎて右折。山道通り、平戸瀬戸を見下ろす丘の上にありました。ちょっとわかりづらい場所です。1898年にマタラ神父の指導のもと、木材や瓦・白い漆喰の壁は貝殻を拾い集めて焼くなど、皆で協力して完成させた教会です。平戸市内でもっとも古い教会。正面の壁のみがレンガ造りで、建物全体は木造。建設当初から変わらない輝きを放っているステンドグラスの美しさは格別です。正面の少し赤みがかった構えが印象的なのですが、ぜひ横から見てみてください。洋館のようなテラスがついて、とってもかわいらしいです。
12平戸市切支丹資料館

“納戸神(なんどがみ)”の信仰を続けたかくれ切支丹の里

 平戸における「隠れキリシタン」の歴史を知るにはこの資料館へ。弾圧の時代の信仰の品が大切に保存されています。隠れキリシタンたちは、 キリスト教の信者と悟られないように、納戸の中に「御前様」と呼ばれる神様を描いた掛け軸をご神体として信仰の対象としました。これは「納戸神」といいます。 この資料館に展示さてあるロザリオやメダイ、十字架などは、各家々で信仰の対象となっていたもので、先祖代々大切に受け継がれた貴重な資料です。
この資料館の脇には、うしわきさま(おろくにんさま)と呼ばれる小さな森があります。
この森は、徳川幕府の禁教令によって、生月と根獅子にもキリスト教徒を仏教へと改宗させる奉行の押役が置かれ、弾圧は厳しさを増し、 根獅子の浜では多くのキリシタンが処刑され、その殉教者の亡骸をこの森に手厚く葬ったと言われています。この森全体をうしわきさま(聖地)として祈っていたのでしょう。 では、弾圧のあった根獅子の浜へ行ってみましょう。
13根獅子の浜
 徳川幕府の禁教令によって、キリシタンたちがこの浜で処刑されました。厳しい禁教令の中で、信者たちは信仰を守り通したのです。 ここを聖地として素足でお参りする信者がこの浜を訪れます。岸壁のアリア様があたたかく見守っているようです。
 平戸の海は本当にキレイ。透明度の高い爽やかなマリンブルーを目の前に、この旅を振り返りながら波の音を聞くと心が癒されます。
参考文献

『旅する長崎学1 キリシタン文化1』
巻頭特集 ザビエルが平戸にまいたキリストの種子
特集2 宣教師たち長崎で動く! ザビエルの遺志を継いだ人々
特集3 キリシタン大名 大村純忠のナゾ

『旅する長崎学3 キリシタン文化3』
特集2 徳川幕府と天領長崎の貿易と宗教
特集4 外交都市長崎-「キリシタンの町」から「町人主役の町」へ

『旅する長崎学4 キリシタン文化4』
特集5 平戸・生月のかくれキリシタン

『旅する長崎学5 キリシタン文化5』
特集4 教会がある風景は長崎の歴史を語る文化遺産

スタート地点までのアクセス

平戸城

所在
長崎県平戸市岩の上町1458
お問い合わせ
平戸城 TEL/0950-22-2201
アクセス
車の場合は、佐世保方面から国道204号線を北上し平戸大橋(有料)を渡り、国道383号線に出たら直進して約2分。西肥バス<<猶興館高校>>を過ぎて歩道橋をくぐったら右折。
バスの場合は、佐世保駅より西肥バス〔平戸〕行きに乗車、<<平戸市役所前>>で下車し徒歩約5分。
松浦西九州鉄道の場合は、「たびら平戸口」下車、<<平戸口駅前>>より西肥バス〔平戸桟橋〕行きに乗車、<<平戸市役所前>>で下車し徒歩約5分。
● JR佐世保駅・松浦西九州鉄道「たびら平戸口」までのアクセスは「ながさき旅ねっと アクセス」をご覧ください。

うんちくバンク

人物
  • 王直
  • 茶を伝えた栄西
  • 中浦ジュリアン
  • 平戸にザビエルがやってきた!
  • 平戸の領主
  • 貿易商人の王直(ワン・チー)さん
歴史事件
  • オランダ商館長の娘
  • 宣教師を平戸から追放
  • ポルトガル船の来航
  • 「宮の前事件」でポルトガル船、平戸を去る
資料
  • ジャカルタから”平戸恋し”と綴った文
場所
  • 英国商館記念碑
  • 寺院と教会が混在する風景
  • 聖フランシスコ・ザビエル記念聖堂
  • 聖フランシスコ・ザビエル記念碑
  • 根獅子の浜
  • 平戸和蘭商館跡
  • 平戸観光資料館
  • 平戸市切支丹資料館
  • 平戸城
  • 冨春園・冨春庵跡
  • 宝亀教会
  • 松浦史料博物館
  • 六角井戸
その他
  • イエズス会
  • 潜伏キリシタンと隠れキリシタン
  • 鎮信流ってどんな流派?

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