ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第16回 神ノ島 巡礼の旅

〜殉教の歴史と聖母マリアをめぐる〜
岬のマリア像

 「歴史発見コラム」の第24回で訪れた"女神"をはじめ、"立神""石神"など「神」が付く地名が多い長崎。なかでも、長崎港に入る船の中から見える白いマリア像がたつ"神の島"は、いったいどんなところなのでしょうか? 神の島は、白亜の教会が輝く港町。神ノ島教会の存在には、殉教の歴史と信仰の復活に願いを込めて活躍したキリシタンたちの物語がありました。長崎のキリスト教がたどった歴史にクローズアップして、今回は、「神ノ島 巡礼の旅」にでかけました。


歴史のとびら
神ノ島教会と岬のマリア像の手

 神ノ島は、長崎港の玄関口にある小さな港町です。もとは、船でしか往き来できない約1キロほどの小さな島でした。17世紀に徳川幕府が発布した厳しいキリシタン禁教令のもとでは、その不便な地がゆえにキリシタンたちが潜伏しました。そして、250年以上もの長い間、子から孫へと何代も信仰を守り続けたのです。
 禁教令が発布された3年後の1617年(元和3)。神ノ島の沖合いに浮かぶ高鉾島で、殉教事件が起こりました。宣教師をかくまった宿主2人が首を斬られたのでした。この事件は、長崎で一般の領民であるキリシタンが処刑された最初の事件となったのです。オランダ人は高鉾島をパーペンベルグ(キリシタンの島)と呼んでいたといいます。
 1853年のペリー来航をきっかけに、日本は鎖国に終わりを告げて開国の道を選択しました。世界五カ国と修好通商条約を結び、近代化に向かって歩み始めた19世紀中頃のこと。パリ外国宣教会(カトリック系)から派遣されたフランス人のプチジャン神父は、長崎の南山手にできた外国人居留地に、日本二十六聖人のための大浦天主堂を建てました。日本で宣教活動を再スタートしたくても、まだ禁教令は解かれていませんでした。長崎のキリシタンたちは、厳しい弾圧に耐え、潜伏しながらマリア信仰を心のよりどころに、先祖から伝えられた「パードレ(神父)の再来」を信じていました。この伝承を代々にわたって250年以上もの長いあいだ信じてきた浦上村の信徒が、大浦天主堂をこっそりと訪れました。そして、プチジャン神父と出会い、信仰を告白したのです。この出来事は、日本にキリシタンが存在していた奇跡「信徒発見」として海外にも知られることとなりました。これをきっかけに、これまで各地に潜伏していたキリシタンたちが信徒であることを打ち明けていきました。
 神ノ島には、昔からキリシタンが多く潜伏していました。帳方で兄の西忠吉と水方で弟の政吉の兄弟は、信仰の復活を願いながら命をかけて舟を漕ぎ、対岸の大浦天主堂の門をたたき信徒であることを告白しました。その後、プチジャン神父を連れてキリシタンが住む里を案内しながら布教活動を手伝いました。やがて西兄弟の献身的で勇気ある行動は役人に見つかってしまいます。まだ禁教が解かれていない緊迫した時代だったため、とうとう1871年(明治4)、役人に検挙されてしまいました。
 1873年(明治6)、キリシタン禁制の高札が撤廃されて、キリスト教の信仰が黙認されるにいたりました。ブレル神父が神ノ島に赴任して1876年(明治9)に仮の教会を建立。5年後には2代目ラゲ神父によって木造教会を建立。1897年(明治30)に6代目として着任したデュラン神父が自らの私財を投じて、教会堂を煉瓦造りに建て替え、現在の姿の原型となりました。
 神ノ島は、戦後に埋め立てられて陸続きとなり、現在では気軽に車で行き来できるようになりました。船から長崎に入ると、港の玄関口の左手に航海の安全を見守る純白のマリア像が出迎えてくれます。今回は、小さな港町「神ノ島」を歩いてみましょう。

散歩コース

スタート地点までのアクセス

◎所要時間のめやす:約3時間

1神ノ島教会

↓ 神ノ島教会より眺める

2高鉾島

↓ 神ノ島教会より徒歩で約8分

3岬のマリア像

1神ノ島教会

デュラン神父が私財を投じて完成させた、煉瓦造りの教会堂

神ノ島教会 神ノ島教会のステンドグラス

 船で長崎港へと入ると、玄関口で出迎えてくれる純白のマリア像、そして港町に輝く白い教会堂、神の名の付く神ノ島…。この町はいったいどんな歴史をもつ場所なのだろうか?という思いに駆られ、「旅する長崎学」の3・5巻を持って神ノ島へと向かいました。
 町の歴史を知るために最初に訪れたのが神ノ島教会です。現在ではバスや車に乗って陸続きで訪れることができますが、昔は、舟でしか渡れない長さ約1キロほどの小さな島でした。キリスト教が伝来しその布教の中心となった長崎は、領民すべてがキリシタンといわれるほどの時代がありました。しかし、1614年に徳川幕府が発布した禁教令によって、厳しい弾圧を強いられることとなったキリシタンは、舟でしか渡れない不便な神ノ島に隠れ、潜伏しながらキリスト教の信仰を守ったのです。

神ノ島教会堂の煉瓦

ルルドのマリア像

 神の島には、明治時代を迎えて禁教の高札が撤去された後に、仮聖堂が置かれました。現在の教会堂は、神ノ島に赴任してきた6代目のデュラン神父が、多額の資財を援助して信徒の協力のもと1897年(明治30)に完成させた110年の歴史を持つ教会堂です。長崎では4番目に古い煉瓦造りの聖堂。
 神父さまに案内していただいて、特別に教会堂の構造を見せてもらいました。奥の壁が創建当時の煉瓦です。

 教会の敷地内にはルルドのマリアさまが長崎港を見下ろしていました。像の前に咲く、一輪のユリ。大きな羽を広げて頭上を旋回するトンビ。12時を告げる鐘が港町に響き渡ります。

 神父さまは「教会堂は観光のために開放しているのではありません。各々が心に持つ喜びや悲しみをかみしめながら、一歩一歩、88段ある階段を上って、教会堂で静かに祈ってほしい。」とおっしゃっていました。

神ノ島教会の入口

 教会堂を訪れる際には、長崎うんちくバンクの「教会見学のQ&A」「教会見学のマナー」を参考にしてくださいね。

 厳しい禁教令で、悲劇の殉教を遂げた信徒の物語を、もう少し探ってみましょう。

2高鉾島

禁教令後、初めて殉教の舞台となったキリシタンの島

教会堂のステンドグラスから眺める高鉾島と西兄弟の墓碑

 神ノ島教会の美しいステンドグラスの丸窓から、高鉾島と西兄弟ふたりの功績をたたえて分骨した遺骨を納めた納骨室と政吉夫婦の墓石と記念碑が見えます。

神ノ島の港と高鉾島

 1614年(元和)に徳川幕府が発布した禁教令、その3年後のこと。高鉾島で、宣教師をかくまっていた宿主のガスパル上田彦次郎とアンドレア吉田の2人が役人に捕らえられ、1617(元和3)10月2日に斬首されるという事件が起こりました。この事件は一般の領民であるキリシタンが処刑された最初の出来事でした。殉教した2人は1867年(慶応3)に"福者"となりました。
 オランダ人は高鉾島を"パーペンベルグ(キリシタンの島)"と呼んだそうです。

西忠吉・政吉の兄弟の墓

 神ノ島教会の敷地に安置されたお墓は、明治時代にキリスト教の信仰復活を願って奔走した帳方で兄の西忠吉と水方で弟の政吉の墓碑です。長崎に住む外国人のみに許されたキリスト教の信仰でしたが、当時はまだ禁教令が出されたままでした。1865年(元治元年)、外国人居留地の大浦天主堂を訪れ信者であることを告白した浦上村の人々の勇気に続いて、神ノ島から対岸の南山手にある大浦天主堂へと、命を懸けて舟を漕いで行った何人かの隠れキリシタンのなかに西兄弟がいました。プチジャン神父を舟に乗せて、キリシタンの住む出津、黒崎、天草の大江、崎津へと道案内をしながら、信徒復活に協力したそうです。しかし、1871年(明治4)、西兄弟を含め計10人のキリシタンが役人に検挙されてしまいました。

3岬のマリア像

航海を見守る純白のマリア

岬のマリア像

恵比寿神社と岬のマリア像

 純白のマリア像のある岬は、昔から恵比寿神社があった場所でした。このマリア像は、日本にキリスト教を伝えた聖フランシスコ・ザビエル渡来400周年を記念して1949年(昭和24)に建てられました。マリア像の高さは約4メートル60センチ! 見上げるほどに大きなマリアさまです。毎年5月の第1日曜日には聖母祭がおこなわれるそうです。

ドンク岩 干上がった砂岩からみた岬のマリア像

 その先にあるドンク岩に注目! "ドンク"とは方言でカエルのこと。どこから眺めても、突き出た岩のシルエットがカエルに見えるそうです。訪れた時間帯がちょうど干潮の時刻。砂岩がむき出しになっていたので、近づいてドンク岩を見ることができました。散策する時は、足元に注意してくださいね。

 神ノ島では、禁教時代に潜伏しながら信仰を守ってきた長い人々や、開国して近代化を迎える明治時代にキリスト教の復活に奔走した人々に思いを馳せながら、キリシタンの歴史を学ぶことができました。

参考文献
  • 「旅する長崎学3 キリシタン文化3」 企画/長崎県 制作/長崎文献社 2006年 特集2-第6章 命がけの布教活動 弾圧される各地のキリシタン
  • 「旅する長崎学5 キリシタン文化5」 企画/長崎県 制作/長崎文献社 2006年 特集3-第1章 外国人宣教師が教会建築の先生

スタート地点までのアクセス

神ノ島教会

所在
長崎県長崎市神ノ島町2-148
拝観時間
8:00〜17:00
ミサ
土曜20:00〜、日曜5:30〜と8:00〜
お問い合わせ
TEL/095-865-1028
注意
教会堂の内部は撮影禁止

アクセス

車…
JR長崎駅より約20分
バス
<長崎駅前>より長崎バス[神の島教会下]行きに乗車(所要時間は約35分)し<神ノ島教会下>で下車、徒歩で約5分。もしくは[神ノ島1丁目]行きに乗車し<神ノ島1丁目>で下車、徒歩で約10分。
高速バス
--昼行便--
  • 長崎空港から約35分(長崎バス・長崎県営バス)
  • 佐世保から約1時間30分(長崎県営バス・西肥バス)
  • ハウステンボスから約1時間5分(西肥バス)
  • 福岡から約3時間(九州急行バス)
  • 北九州から約3時間(長崎県営バス)
  • 大分・別府から約3時間45分(長崎バス・長崎県営バス)
  • 熊本から約3時間(長崎県営バス)
  • 宮崎から約5時間20分(長崎県営バス)
--夜行便--
  • 名古屋から約12時間(長崎バス)
  • 大阪(梅田)から約10時間10分(長崎県営バス)
  • 京都・大阪から約11時間30分(長崎バス)
  • 姫路・神戸から約10時間(長崎バス)
電車…
博多駅方面から[特急かもめ]に乗る!
<JR博多駅>より[特急かもめ]に乗車し、<JR長崎駅>で下車(所用時間は約2時間)。鳥栖駅より約1時間。佐賀駅より約1時間25分。諫早駅より約20分。
*JR長崎駅からは路面電車、バスまたはタクシーをご利用下さい。
佐世保方面から[快速シーサイドライナー]に乗る!
<JR佐世保駅>より[快速シーサイドライナー]に乗車し<JR長崎駅>で下車(所要時間は約1時間45分)。ハウステンボス駅より約1時間20分。大村駅より約35分。
長崎駅からは路面電車またはタクシーをご利用下さい。

飛行機で長崎へ行く!

  • 東京(羽田空港)から約1時間40分
  • 大坂(伊丹空港)から約1時間10分
  • 名古屋(中部)から約1時間20分
  • 沖縄(那覇空港)から約1時間30分
  • 宮崎から約40分
  • 鹿児島から約35分

*各空港から<長崎空港>に着陸。長崎バスもしくは県営バスの[長崎空港線エアポートライナー・出島道路経由]に乗車し<長崎新地バスターミナル>へ約35分。

●●JR長崎駅・長崎新地バスターミナル・JR佐世保駅・空港へのアクセスは「ながさき旅ねっと アクセス」をご覧ください。


うんちくバンク

人物
  • 西忠吉・政吉の墓碑と記念碑
  • 福者
  • ペリー
歴史事件
    資料
    • パリ外国宣教会
    場所
    • 大浦天主堂
    • 神ノ島教会
    • 高鉾島
    • ドンク岩
    • 岬のマリア像
    その他
    • 教会見学のQ&A
    • 教会見学のマナー
    • 水方

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