ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第20回 聖人コルベ神父の面影を訪ねて

〜愛を伝えた20世紀の殉教者〜

歴史のとびら
コルベ神父

 コルベ神父の本名はライモンド・コルベといい、ポーランドの出身です。修道名に聖母マリアの名を合わせてマキシミリアノ・マリア・コルベと名のり、学業を順調に修めていきました。
 1917年(大正6)、ローマの大神学院聖堂にある聖母マリアの祭壇の前に、司祭と若き神学生6人が結集しました。それは、混沌としたこの時代に、けがれなき聖母の心で、武器を持たず愛を持って戦う"聖母の騎士信心会"が創立した瞬間でした。そのメンバーのなかに、後に20世紀の聖人となる若き日のコルベ青年の姿がありました。彼は、わずか24歳で司祭となりました。
 アジアでの布教活動の重要性を唱えたコルベ神父は、1930年(昭和5)、上海航路の船に乗り長崎に降り立ちました。コルベ神父は大浦の大神学校(旧羅典神学校)で哲学の教鞭をとりながら、南山手の洋館を借りて日本支部を設置し、一角に印刷所を構えました。そして、日本語の活字で印刷したキリスト教を優しく読み解く雑誌「聖母の騎士」の記念すべき第1号を発行したのです。翌年、本河内に拠点を移して無原罪の園修道院(コンベンツアル聖フランシスコ修道会)を開設。持病の肺結核との闘病生活に、清貧の生活を送りながら、学校教育と出版作業に尽力する日々が続きました。日本語で書かれたわかりやすさに加えて、世界の情勢が載っている雑誌は次第に人気となって、日本全国からの購読者が増え、発行部数は初版1万部だったものが毎月6万2千部にまでに伸びていきました。
 しかし、約6年間の滞在にピリオドが打たれる日がやってきます。コルベ神父は、母国ポーランドへと帰郷、第2次世界大戦の戦禍に巻き込まれナチス・ドイツ軍に捕らえられてしまいました。そして、1941年(昭和16)コルベ神父47歳のとき、アウシュビッツで、死刑を宣告されてふるえる若い父親の身代わりとなって殉教しました。帰天してわずか41年後の1982年(昭和57)に当時の教皇ヨハネ・パウロ2世によって聖人となりました。
 今回は、長崎を拠点にアジアの布教を展望した20世紀の聖人・コルベ神父をご紹介します。

散歩コース

スタート地点までのアクセス

◎所要時間のめやす:約2時間

1大浦天主堂

↓ 隣の建物

2旧羅典神学校

↓ 徒歩で約2分

3聖コルベ記念室(長崎市南山手)

↓ 電車で約20分 + 徒歩で約20分

4聖マキシミリアノ・コルベ記念館(本河内教会)

↓ 徒歩で約2分

5聖者コルベ小聖堂(本河内教会)

↓ 徒歩で約5分

6本河内ルルド(本河内教会)

1大浦天主堂

最初に訪れた教会

大浦天主堂

雑誌『聖母の騎士』第1号(聖マキシミリアノ・コルベ記念館蔵)

 聖母の騎士修道会のコルベ神父は、アジアでの布教活動が重要だと考え、ゼノ修道士と、ほか3人と一緒に母国ポーランドを出発しました。1930年(昭和5)の春、聖母の騎士たちは上海航路を通って長崎に降り立ち、港に着いて最初に向かったのは、南山手に建つ大浦天主堂でした。石畳を歩いた先で、彼らを出迎えたのは純白のマリア像。知らない国で、自分たちが信じる聖母マリアの像に出会った瞬間は、彼らにとって安堵に満ちたときではなかったでしょうか。大浦天主堂で、コルベ神父は、日本人で初めて教区長となった早坂司教に会い、長崎支部の設置と雑誌『聖母の騎士』の出版の許可を受けると、すぐに執筆にとりかかり、ラテン語とイタリア語の翻訳の手配をするなど出版の準備にはいりました。
 そして、雑誌『聖母の騎士』の記念すべき第1号は、『カトリック教報』の付録として、5月24日に出版されました。ちょうど長崎上陸の1ヶ月後のことでした。

 『聖母の騎士』は、現在でも聖母の騎士社から出版され続けています。約80年もの歴史を持つ雑誌なんですね。

2旧羅典神学校

ラテン語で授業がおこなわれた大神学校

旧羅典神学校

中央に座るコルベ神父と旧羅典神学校の学生たち(聖コルベ記念室蔵)

 大浦天主堂の敷地内には、日本人の司祭を育成するための小神学校(セミナリヨ)がありました。コルベ神父は、早坂司教の依頼を受け、この学校で哲学を教えました。授業は全てラテン語でおこなわれていたので、羅典神学校と呼ばれていました。

 天主堂の階段を下りて、もと来た坂道を戻ります。石畳をくだる途中の脇道を左折して、聖コルベ記念室へと行ってみましょう。

3聖コルベ記念室

コルベ神父たちを見守った赤レンガ造りの暖炉が残る

火災の焼失をまぬがれた赤レンガ造りの暖炉

大浦天主堂の右下、中央の洋館が聖母の騎士信心会の日本支部として借りた建物(聖コルベ記念室蔵)

 「聖コルベ館」という看板のある建物に入りましょう。お土産が陳列してある場所から奥に「聖コルベ記念室」があります。コルベ神父の生涯をまとめたパネルで、その足跡をたどることができます。

雑誌『聖母の騎士』を印刷しているようす(聖コルベ記念室蔵)

 この一角は、コルベ神父たちが日本に上陸して1ヵ月後の1930年(昭和5)5月26日、田中雨森病院跡の木造洋館を借り、聖母の騎士信心会の日本支部を設置した場所です。仮の修道院と印刷所を備えて約1年間、ここで出版作業が続けられました。当時建っていた洋館は残念ながら火事にあって焼失してしまいましたが、跡地にはこの大きな赤レンガの暖炉が残ったのです。

火災で焼失した現場を訪れた作家 故遠藤周作(聖マキシミリアノ・コルベ記念館館長の小崎登明さん撮影)

 長崎を舞台にキリスト教文学の作品を多く残した作家 故・遠藤周作氏は、焼失して荒れ果てたこの場所を訪れ、「このコルベ神父ゆかりの赤レンガの暖炉を残し、見学コースのひとつにしてほしい」と訴えたそうです。そして、その後、何度も長崎を取材して、原爆が投下される戦時下の悲しい恋を描いた小説『女の一生 第ニ部』(1982年)に、コルベ神父を登場させています。

4聖マキシミリアノ・コルベ記念館

本河内に移転し"無原罪の園修道院"を開設

執筆作業をするコルベ神父(聖マキシミリアノ・コルベ記念館蔵)

 コルベ神父は、彦山の急斜面の約7千坪の土地を1坪1円で購入し、南山手から移転。ルルドをつくり、神学校も兼ね備えた"無原罪の園修道院"を開設しました。
 聖マキシミリアノ・コルベ記念館は、国道34号線沿いにある<番所>のバス停を降りて徒歩で約5分、敷地内の急な坂道の途中にある赤レンガの建物です。

記念館に復元された「コルベ神父の部屋」

 館内には、日記、原稿、遺品、当時の印刷機と製本の機械など、コルベ神父にまつわるたくさんの資料が展示されています。また、アウシュビッツで殉教するまでの生涯をまとめたビデオを視聴することもできます。
 中央には、当時使っていた机や椅子、本棚を再現した「コルベ神父の部屋」があります。中に入って近くでよく見てください。カンナがかかっていない質素な机で執筆をしていたことがわかります。肺結核に苦しみながらの闘病生活と、清貧を守って印刷の作業に明け暮れる日々が続いたのでしょう。
 展示品の中に十字架があります。これは、整地するとき、お地蔵さんの建っていた場所を掘っていたら発見されたそうです。およそ300〜400年前に埋葬されたキリシタンの遺品ではないかといわれています。その昔、長崎は徳川幕府の禁教令によってキリシタンへの厳しい弾圧がおこなわれていた時代でした。

本河内から発掘されたキリシタンの十字架(聖マキシミリアノ・コルベ記念館蔵)

 館長の小崎登明修道士は、作家 故・遠藤周作氏が長崎を取材したときに各地を案内したという方でした。コルベ神父の生涯を綴った『ながさきのコルベ神父』(1988年聖母の騎士社)などの著書もあります。

5聖者コルベ小聖堂

教皇ヨハネ・パウロ2世が祈った場所

本河内教会堂の内部にある聖者コルベ小聖堂

 次に、聖マキシミリアノ・コルベ記念館から本河内教会へと向かいましょう。
 静かな見学を心がけながら、教会堂の内部におじゃましました。左側にあるのが「聖者コルベ小聖堂」。ここには、1981年(昭和56)、教皇として日本を初めて訪問したヨハネ・パウロ2世が、同じポーランド出身の福者コルベ神父のために祈りを捧げたときの台と椅子が置かれています。翌年、コルベ神父は、教皇ヨハネ・パウロ2世によって、聖人に列せられました。
 教会堂を見学する際は、「教会見学のQ&A」「教会見学のマナー」を参考にしてください。

 教会堂の裏手には、「聖母の騎士」を発行している聖母の騎士社がありました。今も変わらず続けられている雑誌づくり。聖人コルベ神父の遺志を継いだ歴史のある出版社なんですね。この出版社のある前庭が、"無原罪の園修道院"が建っていた最初の場所だそうです。

6聖母の騎士のルルド

コルベ神父が開いた、聖母マリアの泉

ルルドへはこの看板を目印に進みましょう!

 看板を目印に、本河内教会堂から階段をのぼって約5分。彦山の中腹にルルドがありました。

聖母の騎士から見渡した長崎の風景

 ルルドとは、フランスの地名で、少女ベルナデッタの前に現れたマリアのお告げどおりに、足元の土を掘ると泉が湧き出し、病を治す奇跡の水となったことから、信仰を集める泉のことをいいます。

 コルベ神父は、日本へ向かう途中に、フランスのルルドに訪れました。アジアでもこのようなルルドをつくろうと構想し、眺めもよく自然の豊かな彦山につくりました。

 この日は、岩の間から湧き出る水を汲む人々が訪れて、祈りを捧げていました。

 コルベ神父を診察した旧制長崎医科大学(現在の長崎大学医学部)教授の永井隆博士も、原爆で受けた傷を癒すために、ルルドの泉の水を患部につけたそうです。

聖母の騎士のルルド

 今回の旅では、コルベ神父の生涯をとおして、人間の過ちを露呈した戦争と日々の幸福について考えさせられました。神父は、世界の平和を願うなかで、愛と祈りこそがそれを実現できると考えたのではないでしょうか。アウシュビッツで、コルベ神父によって命を助けられた男性は、93歳まで長生きし、生命を後世につなぎ残しました。
 また、コルベ神父とともに日本にやってきたゼノ修道士は、日本を選んだ理由を「第一次世界大戦でポーランドの孤児を救ったのは日本の赤十字。」と語ったそうです。第二次世界大戦で原爆が投下された長崎で、貧困にあえぐ子どもたちを救うために奔走したゼノ修道士たち、その献身的な姿があったということも印象に残った、今回の歴史散歩でした。

参考文献
  • 「旅する長崎学5 キリシタン文化5」企画/長崎県 制作/長崎文献社 2006年 特集5-第2章 かぎりない愛と救済に注いだコルベとゼノ
  • 「ながさきのコルベ神父」 著/小崎登明 発行/聖母の騎士社 1988年
  • 「長崎游学2 長崎・天草の教会と巡礼地完全ガイド」 監修/カトリック長崎大司教区 編/長崎文献社 2005年

スタート地点までのアクセス

大浦天主堂

所在
長崎県長崎市南山手町5-3
お問い合わせ
095-823-2628
開館時間
8:00〜18:00(入館17:45迄)
休館日
なし
料金
大人300円 中・高校生250円 小学生200円

*旧羅典神学校(キリシタン資料館)の見学料を含む。

アクセス

車…
JR長崎駅より車で約7分。長崎自動車道をご利用の場合[ながさき出島道路]出口より左折し約3分。
電車…
蛍茶屋・公会堂方面から乗車の場合は、[5番 石橋行(蛍茶屋発)]に乗車し、<大浦天主堂下>電停を下車し徒歩で約3分。
長崎駅方面より乗車の場合は、<長崎駅前>より、[1番 正覚寺行(赤迫発)]に乗車し約5分、<築町>で降りる際に乗換券を貰って、向かいのホームへ移動し[5番 石橋行(蛍茶屋発)]に乗り換え(所要時間は約6分、<大浦天主堂下>電停で下車し徒歩で約3分。
バス…
<長崎駅前>より[ダイヤランド][深堀(団地)][香焼・恵里][毛井首団地]に乗車し<グラバー園入口>で下車し(所要時間は約12分)、徒歩で約3分。
高速バス
--昼行便--
  • 長崎空港から約35分(長崎バス・長崎県営バス)
  • 佐世保から約1時間30分(長崎県営バス・西肥バス)
  • ハウステンボスから約1時間5分(西肥バス)
  • 福岡から約3時間(九州急行バス)
  • 北九州から約3時間(長崎県営バス)
  • 大分・別府から約3時間45分(長崎バス・長崎県営バス)
  • 熊本から約3時間(長崎県営バス)
  • 宮崎から約5時間20分(長崎県営バス)
--夜行便--
  • 名古屋から約12時間(長崎バス)
  • 大阪(梅田)から約10時間10分(長崎県営バス)
  • 京都・大阪から約11時間30分(長崎バス)
  • 姫路・神戸から約10時間(長崎バス)
電車…
博多駅方面から[特急かもめ]に乗る!
<JR博多駅>より[特急かもめ]に乗車し、<JR長崎駅>で下車(所用時間は約2時間)。  鳥栖駅より約1時間。佐賀駅より約1時間25分。諫早駅より約20分。
*JR長崎駅からは路面電車、バスまたはタクシーをご利用下さい。
長崎方面から[快速シーサイドライナー]に乗る!
<JR佐世保駅>より[快速シーサイドライナー]に乗車し<JR長崎駅>で下車(所要時間は約1時間45分)。ハウステンボス駅より約1時間20分。大村駅より約35分。
*JR長崎駅からは路面電車、バスまたはタクシーをご利用下さい。

飛行機で長崎へ行く!

  • 東京(羽田空港)から約1時間40分
  • 大坂(伊丹空港)から約1時間10分
  • 名古屋(中部)から約1時間20分
  • 沖縄(那覇空港)から約1時間30分
  • 宮崎から約40分
  • 鹿児島から約35分

*各空港から<長崎空港>に着陸。長崎バスもしくは県営バスの[長崎空港線エアポートライナー・出島道路経由]に乗車し<長崎新地バスターミナル>へ約35分。

●●JR長崎駅・長崎新地バスターミナル・JR佐世保駅・空港へのアクセスは「ながさき旅ねっと アクセス」をご覧ください。


うんちくバンク

人物
  • 遠藤周作
  • 修道士ゼノ
  • 聖コルベ神父
  • 永井隆
  • 福者
歴史事件
    資料
    • キリシタン時代の十字架を発見!
    場所
    • 大浦天主堂
    • 旧羅典神学校(長崎公教神学校)
    • 聖コルベ神父記念室
    • 聖者コルベ小聖堂(聖母の騎士 本河内教会堂内)
    • 聖母の騎士
    • 聖母の騎士のルルド
    • 聖マキシミリアノ・コルベ記念館(聖母の騎士)
    • 本河内教会
    その他
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    • 教会見学のマナー
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