ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第26回 オランダ商館医 シーボルト

〜長崎に名医あらわる!〜

歴史のとびら

 シーボルトが日本へやってきたのは1823年(文政6)、 28歳のとき。オランダ商館の医師兼自然調査官という2つの使命を受けて長崎の出島に到着しました。出島のなかでオランダ通詞や日本人医師に対し、医学や植物学の指導をした彼の講義はとても評判になりました。当時の日本は禁教政策をとっており、オランダ人が出島から外出することは禁じられていましたが、シーボルトは長崎奉行所から特別な許可を得て、長崎の蘭方医が開く私塾で講義や診察をおこなっていました。こうして、彼の活動は出島だけにとどまらず、長崎のまちに出て、日本人の患者の治療、天然痘のワクチン接種、白内障の手術などをおこない、シーボルトの名声は日本じゅうに知れ渡るところとなりました。
 さらにシーボルトは、長崎奉行の許可を得て、通詞たちの斡旋で長崎のまちから少し離れた鳴滝に屋敷を構え、「鳴滝塾」を開きました。西洋の最新医学を学ぶことができる研究所、さらには最新医療の施術ができる診療所として、全国から医学を志す多くの若者たちが鳴滝塾の門をたたいたのです。また、ここは、シーボルトが塾生たちの協力を得ながら、日本を調査研究する拠点ともなりました。
 今回は、シーボルトの足跡をたどる歴史散歩です。

散歩コース

スタート地点までのアクセス

◎所要時間のめやす:約3時間

1出島和蘭商館跡

↓路面電車で約25分 + 徒歩で約7分

2シーボルト宅跡 

↓徒歩で約30秒

3シーボルト記念館

1出島和蘭商館跡

シーボルト里帰り植物

 シーボルトは28歳のとき、ここ出島にやってきました。彼は、オランダ通詞(通訳者)や医者を集めて西洋医学の講義をおこない、日本人に最先端の知識を伝えました。
 「出島」があった場所は、「出島和蘭商館跡」として国史跡に指定されており、当時の様子を再現しようと建物などの復元整備がおこなわれています。
 敷地の一角に生育するアケビ、ケヤキ、イロハモミジ、ナツヅタ、フジをみつけました。これは、シーボルトがオランダへと送った日本の植物260種類ほどのなかから、2000年の日蘭交流400年を記念して、ライデン大学付属植物園から出島へ里帰りした植物でした。

礼拝筆者蘭人部屋で当時の医学を学ぼう!

 江戸時代の医学に関することならば、出島の復元建物のなかのひとつ、「礼拝筆者蘭人部屋」に行ってみてください。
 この建物は、近年の発掘調査で土中から水銀が発見されたことから、もしかしたら医薬品などをつくる工房だったのではないかと考えられています。現在、1階では蘭学資料の展示がおこなわれ、江戸時代に使われた聴診器などの仕組みがわかる複製品や、シーボルトが著した『日本』などがあります。

2シーボルト宅跡(鳴滝塾舎跡)

新しい医学を求めて

 ここは、シーボルトが、医学教育と診療、そして日本調査の拠点として開いた鳴滝塾の跡地です。長崎奉行所から許可をもらって購入したこの屋敷には、全国から優秀な若者たちが集まりました。鳴滝塾初代塾頭の美馬順三をはじめ、高野長英、伊藤圭介、高良斎などもシーボルトのもとで学んでいます。

 1828年(文政11)、シーボルト事件で国外退去を命じられたシーボルトは、翌年、出島を出港して故郷のヴュルツブルグへと帰りました。わずか6年余りの日本滞在でした。
 それから30年後。シーボルトは、オランダ貿易会社の長崎支店評議員として再び日本を訪れ、人手に渡っていた鳴滝塾の屋敷を買い戻して暮らしました。その後は幕府の要請を受け顧問として江戸に向かい、諸外国との交渉をアドバイスしながら、オランダと日本が良い関係を築くことができるように願って、国際交流に携わったそうです。
 1862年、シーボルトはバタビア総督からの退去命令でオランダに戻り、晩年は故郷ヴュルツブルクに帰って過ごし、70歳で生涯を終えました。

3シーボルト記念館

 シーボルト宅跡(鳴滝塾舎跡)から見える赤レンガの建物が「シーボルト記念館」です。シーボルトが診療に使った薬品箱などゆかりの品々が展示され、日本の近代化に貢献した業績とその生涯を紹介しています。常設展のほかに、特別展も企画されています。シーボルトという人物を通して、日本の歴史を学ぶことができますよ。

 シーボルトは、近代の西洋医学を日本に伝え、「日本」という国を西洋に紹介しました。日本の優秀な門弟たちの協力を得て調査した研究の成果をまとめた博物誌『日本』『日本植物誌』『日本動物誌』、絵師 川原慶賀に描かせた長崎や出島の風景などは、鎖国時代の日本を知る貴重な史料となりました。
 シーボルトはその門弟たちと過ごした鳴滝塾での経験から、言葉や文化の壁を超えてお互いの国を理解しようとする志を高め、国境を越えた学問の交流の必要性を痛感したのかもしれません。

 梅雨を迎える6月、シーボルト宅跡にはアジサイの花が咲き誇ります。アジサイには、シーボルトが、愛するお滝さん(楠本たき)の名をとって学名を“Hydrangea Otakusa”と名づけたというエピソードがあります。雨の似合うこの季節、シーボルトとお滝さんのロマンスを思いながら、アジサイが彩る長崎のまちを歴史散歩するのもオススメです。

参考文献
  • 「旅する長崎学7 近代化ものがたり1」
       巻頭特集-第3章 シーボルトのもとに全国の若者が集まる
       企画/長崎県 制作/長崎文献社 2007年
  • 「シーボルトのみたニッポン」シーボルト記念館
  • 「出島の科学」 編・著/長崎大学『出島の化学』刊行会 発行/九州大学出版会
資料
  • 鳴滝塾写真(シーボルト記念館蔵)

スタート地点までのアクセス

福済寺と頴川家の墓

所在
長崎県長崎市立山1-1-1
お問い合わせ
 
TEL
095-818-8366
開館時間
博物館8:30~19:00 資料閲覧室9:30~18:00 レストラン銀嶺10:30~21:00
休業日
第3火曜日(ただし、祝日の場合は翌日が休館日)
料金
おとな600円 高校生400円 小・中学生300円
駐車場
62台(有料)
アクセス
 
電車…
JR長崎駅で下車し、路面電車またはバスをご利用ください。
路面電車…
<長崎駅前>電停より[3番・蛍茶屋]に乗車し<桜町>で下車、徒歩約7分。
バス…
長崎バスの都心部循環[らんらんバス]に乗車し<長崎歴史文化博物館>で下車。ただし逆まわりなので、少し時間がかかります。
車…
JR長崎駅より約7分。長崎自動車道をご利用の場合は、多良見ICより長崎バイパス(西山トンネル) を経由、出口より約20分。

うんちくバンク

人物
  • オランダ通詞
  • シーボルト
歴史事件
  • シーボルト事件
資料
    場所
    • シーボルト記念館
    • 出島和蘭商館
    • 長崎歴史文化博物館
    • 鳴滝塾とシーボルト居宅の跡
    その他

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