ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第28回 「水中考古学の宝庫」鷹島を訪ねて

元冠を紹介する展示パネル
松浦市立鷹島歴史民俗資料館館内

 長崎県北松浦半島の北西部に位置する松浦市。松浦は魏志倭人伝に「末盧(松浦)」と記され、古代から大陸と日本を結ぶ重要なルートになっていました。その北部、伊万里湾に位置し玄界灘に浮かぶのが鷹島です。東西5km、南北13kmのこの小さな島は「元寇」最後の決戦の地として有名な場所です。
 鷹島が一躍有名になったのは、1980年(昭和55)に当時の文部省の特定研究に選ばれ、1982年(昭和57)から海底の沈没船の遺物調査と引き揚げ作業が本格的に始まったとき。それ以前にも壺や碇石などが引き揚げられていたので、この海底周辺が史実や記録に残る元寇の舞台ではないかと推定されていました。調査の結果、引き揚げられた遺物には元寇当時の中国製の壺やカメが多くあり、また地元の人の手によって元軍が使用した青銅印(管軍総把印)も発見されました。そこで鷹島南岸海底は遺跡として登録され、発掘調査が行われるようになったのです。

管軍総把印のレプリカ
松浦市立鷹島歴史民族資料館館外

 鷹島周辺の海底には、今もなお、元軍の巨大船団と大軍の大半が沈んでいます。海底から引き揚げられた数多くの元寇遺物は保存され、現在、元寇時代のものと裏づける科学的調査がすすんでいます。今回の歴史散歩は、今や日本屈指の水中考古学の"宝庫"として注目を集める鷹島を訪ねてみることにしました。

歴史のとびら

 元(蒙古)のフビライは、1274年(文永11)と1281年(弘安4)の2度にわたり日本遠征を行いました。鷹島に元の大軍が襲来したのは「弘安の役」の時です。元と高麗が連合した東路軍と元と旧南宋が連合した江南軍が、2つのルートから約4400隻、総勢約14万人という大船団を組み押し寄せたといわれています。
 しかし、元軍は鷹島で壊滅的な打撃を受けることになります。その原因は後年日本で「神風」と呼ばれた大暴風雨で、一説によれば付近を通過中の大型台風であったともいわれています。勢いに乗った鎌倉幕府軍は、鷹島で元軍の掃討戦を展開していますが、この時、『蒙古襲来絵詞』に描かれている肥後国の御家人 竹崎季長(たけざき すえなが)も鷹島に渡っていたのです。

1松浦市立鷹島歴史民俗資料館と松浦市立鷹島埋蔵文化財センター
てつはうの展示物
長崎県松浦市教育委員会蔵

 鷹島には「松浦市立鷹島歴史民俗資料館」と「松浦市立鷹島埋蔵文化財センター」という隣接する2つの施設があります。ここは海底に眠っていた元寇の遺物を保存・公開している施設です。
 松浦市立鷹島歴史民俗資料館には、海底の中から発見された引き揚げ遺物のほか、収集された考古学や民俗学の資料などが展示されています。主なものに元寇遺物、青銅印、壺、陶磁器片、石製品、鉄製品、てつはう(陶製弾)、剣などがあります。

木製碇の展示パネル
松浦市立鷹島埋蔵文化財センター館内

 いっぽう隣の松浦市立鷹島埋蔵文化財センターでは、引き揚げられた遺物の調査・研究・保存処理が行われています。この研究には考古学・日本史学だけではなく、電子工学、海洋学など、学問の領域を越えて多くの研究者が参加しているそうです。センターでは元寇船の大型木製碇や木製船体片群などに脱塩酸処理を施し、保存処理の作業が行われています。引き揚げられた木片群は、その後の調査・研究で中国南部原産の楠が多いことが判明し、年代測定で元寇当時に使用された元船とほぼ特定されました。

元冠の木製船体片群
長崎県松浦市教育委員会蔵

 松浦市立鷹島歴史民俗資料館の担当者にお聞きしましたら、来年春の「鷹島肥前大橋(仮称)[佐賀県唐津市肥前町−長崎県松浦市鷹島石川]」開通にあわせて、大型木製碇を一般公開するよう準備を進めているそうです。さらに詳しい調査・研究が進めば、鷹島は今後ますます「水中考古学の宝庫」として、目が離せない存在になることでしょう。

2牧ノ岳(まきのたけ)史跡公園

 牧ノ岳は標高117mで鷹島では一番の高い場所にあり、島全域と四方をとりまく海を一望することができます。ここは牧ノ岳史跡公園として整備され、元寇の由来を記した石碑と五輪塔が建っています。

3開田(ひらきだ)の七人塚

 文永の役の元寇で元軍が鷹島に侵入した際、鷹島の開田の山中に人目につきにくい1軒屋がありました。そこには8人家族が住んでいましたが、その家で飼っていたニワトリが鳴いたため、元軍の兵士に見つかり7人が殺され、灰だめに隠れていた老婆がひとりだけ助かったという伝説が残っています。それ以来開田では「ニワトリを飼わなくなった」とも伝えられています。現在開田には犠牲になった7人をまつった塚が建てられています。

4鷹島モンゴル村

 鷹島は「鷹島モンゴル村」がある風光明媚な島としても有名です。弘安の役では鷹島は蒙古軍と鎌倉幕府軍の決戦の舞台となりましたが、平成の現在では、鷹島とモンゴルの交流が深まり、カラコルム地方のホジルト市と姉妹都市の関係にあります。鷹島モンゴル村には、モンゴルから取り寄せた30棟のゲルの宿泊施設や温泉センターなどがあり、特産品でもある鷹島のとらふぐを味わうことができるレストランもあります。

〔文:小川内清孝 / 取材協力:松浦市立鷹島歴史民俗資料館〕

スタート地点までのアクセス

松浦市立鷹島歴史民俗資料館

所在
長崎県松浦市鷹島町神崎免151
お問い合わせ
 
TEL
0955-48-2744
開館時間
9時~17時
休館日
毎週月曜 年末・年始
料金
一般 300円(10名以上の団体230円)
 
小・中・高生 140円(10名以上の団体110円
松浦市今福港

↓(フェリー所要時間約40分)

鷹島殿ノ浦港

↓(車で約5分)

佐賀県星賀港

↓(フェリー所要時間約10分)

鷹島日比港

↓(車で約7、8分)

松浦市立鷹島歴史民俗資料館

2009年3月から佐賀県唐津市肥前町と長崎県松浦市鷹島町石川(いしごう)間に鷹島肥前大橋(仮称)が開通予定です。

松浦市立鷹島埋蔵文化財センター

所在
長崎県松浦市鷹島町神崎免151
お問い合わせ
 
TEL
0955-48-2098
アクセス
松浦市立鷹島歴史民俗資料館と隣接。

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人物
  • 竹崎季長
  • フビライ
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  • 管軍総把印
  • 魏志倭人伝
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  • 鷹島のとらふぐ

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