ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第29回 レトロな旅路 小浜鉄道をゆく

〜肥前小浜駅―上千々石駅 汽車ぽっぽ物語〜

 肥前小浜−愛野間に開通した温泉小浜鉄道は、当時温泉リゾート地として脚光を浴びていた雲仙への観光客誘致にひと役買いました。運行期間はわずか10数年と短かったのですが、長崎県の交通発達の歴史に名を刻み、今でも道路として痕跡をたどることができます。急傾斜の多い地形で鉄道敷設が難しかった小浜から千々石までの間には、3つの馬蹄型のトンネルが残され、2007年(平成19)、経済産業省の近代産業遺産に認定されました。雲仙市商工会小浜支部のメンバーらが保存や街づくりに生かしています。メンバーの一人、城谷雅司さんに車で小浜鉄道跡「肥前小浜駅」から「上千々石駅」までを案内してもらいました。

歴史のとびら

 愛野−肥前小浜間には、二つの鉄道会社の歴史があります。一つは愛野−千々石間を運行した「温泉(うんぜん)鉄道」、もう一つは千々石−肥前小浜間の「小浜鉄道」です。
 温泉鉄道は1920年(大正9)に会社を設立し、1923年(大正12)に線路の敷設工事を完了しました。
 一方、小浜鉄道は温泉鉄道に一年遅れて1921年(大正10)、小浜の地主だった本多親宗氏が会社を設立。私財を投げ売って、急傾斜地の岩場を切り開き、鉄道敷設に乗り出しました。当時、総工費約75万円(110万円という話も)という巨額をかけて、1926年(大正15)に工事を完成、1927年(昭和2)に待望の鉄道を開通させました。1933年(昭和8)、二つの会社は合併し、「温泉小浜鉄道」と名称を変更。始発から終着まで約17kmに及ぶ鉄道の旅は9つの駅で停車し、約1時間半の時間を要しました。
 しかし、道路建設や自動車の普及のため営業不振に陥り、1938年(昭和13)に廃止。役目を終えてその姿は消えていきましたが、今では風情豊かな道 路として活用されています。

散歩コース

スタート地点までのアクセス

◎所要時間のめやす:車で40分

1小浜町歴史資料館

↓車で10分

2「肥前小浜駅」跡

↓車で5分

3関三兄弟の生誕地

↓車で3分

4「富津駅」跡

↓車で1分

5富津トンネル

↓車で3分

6緑のトンネル

↓車で1分

7「木津の浜駅」跡

↓車で2分

8千々石第2トンネルと千々石第1トンネル

↓車で3分

9「上千々石駅」跡

1小浜町歴史資料館
小浜鉄道物語
小浜鉄道の歴史に触れる

 まずは温泉街にある小浜町歴史資料館で小浜鉄道の歴史を予習しましょう!
 小浜鉄道の創設者、本多親宗氏は資料館ゆかりの人物。といいますのも、資料館の建物には、湯太夫として小浜温泉を守り続けてきた本多家の蔵や家を活用しているからです。

 展示物の中に、小浜鉄道建設の歴史をまとめた版画を見つけました。版画は1988年(昭和63)に木指小学校の5年生が制作。鉄道敷設の苦労を7枚にまとめ、小浜鉄道を郷土の誇りとして伝えています。
 また、館内には再現した木津駅の駅長室もあり、昭和初期のレトロに触れることができます。

2「肥前小浜駅」跡

ようこそ小浜温泉へ 小浜鉄道の終発着駅

 小浜の終発着駅、肥前小浜駅は温泉街から約3km離れた場所にあります。当時、小浜に到着した観光客たちは温泉街までタクシーを使っていたそうです。北野の第4分団消防格納庫の辺りには、今でもプラットホーム跡が残っています。

ちょっとブレイク

海を一望できるビュースポット「海の駅」
 富津の入り口にある海鮮バーベキューの店。地元産の魚介類を炭火で焼いて堪能できます。ここから眺める小浜や橘湾の風景は圧巻。港を囲むように広がる富津は漁業の町で、いりこやエビなどが特産です。

3関三兄弟の生誕地

近代の児童教育に功績

 ちょっと脱線して、富津に寄り道。小浜が誇る明治生まれの偉人「関三兄弟」を紹介します。3人とも日本の児童教育の礎を築いた功労者でした。
 長男の衛氏は芸術教育の研究者でした。次男の寛之氏は東洋大学教授で文学博士。児童心理学などを研究し、児童の心身の健康のために臨海学校を呼び掛けた第一人者でした。三男の敬吾氏は民俗学者の柳田国男氏とともに、日本全国の民話を聞き書きして編集。「かちかち山」や「花さかじいさん」など、誰もが知っている「日本昔話」をまとめ、昔話研究の基礎を確立しました。児童教育の重要性に着眼した3人の功績の背景には、故郷富津での幼少期に聞いた母親の昔話があったといいます。故郷や家族の存在が、人を育てる力になること、あらためて心動かされました。

ちょっとブレイク

小浜の名物 小浜ちゃんぽん
 小浜ちゃんぽんは今注目の名物料理。店によっては橘湾で捕れた小エビを殻ごと入れて味わいの深さを出す工夫も。地元でつくった麺はモチモチ、スープはあっさりで、おいしく頂きました!

4「富津駅」跡

高台から集落を見渡す

夕日
竹馬朋宏さん撮影

 富津の集落を一望できる場所にあった富津駅。黒い煙を吐きながら、山の中腹を走る蒸気機関車の風景は小浜温泉や雲仙のよき時代の象徴だったのではないでしょうか。

5富津トンネル

 富津小学校を過ぎると、馬蹄形の1つ目の近代化産業遺産に認定されたトンネルに到着。残念ながらコンクリートで一部を固められていますが、美しい馬蹄形には驚きです。

6緑のトンネル

岩場を切り通して線路を敷設

緑のトンネル
竹馬朋宏さん撮影

 緑で生い茂ったトンネルは涼しい風が出迎えてくれます。両脇には切り立った岩。5年半もの歳月をかけて、岩場を切り開いてつくった鉄道敷設の苦労をしのばせます。

7「木津の浜駅」跡

一枚の写真が語る鉄道の思い出

 木津駅跡の近くにある小さなタバコ屋さんには、当時よく鉄道に乗車していたという橋本喜造さん(87歳)がいます。「米ば買いに千々石まで行きよりました。小さかったけん、乗らんねって言われて、ただで乗せてもらってました」。子供の"特権"を生かして、木津の近所の人たちからよく千々石までおつかいを頼まれていたといいます。

 店内には、線路上に立つ青年と少年の写真が飾ってありました。写真の中の、向かって右側の少年が当時7歳だった橋本さん、もう一人は小浜鉄道に勤務していた橋本さんのお兄さんです。1927年(昭和2)の開通のとき、蒸気機関車に乗り合わせていた新聞記者が撮影してくれたそうです。

 橋本さんが思い出のひとコマを話してくれました。修学旅行の団体客が小浜に向かうとき、客車を連結していましたが、坂道で重くて進まずに、大人たちは降りて押していたのだとか。木津駅では石炭を多めにたいて、燃料を補給していたそうです。
 木津駅跡に立つと、ここにもプラットホームの面影が残っていました。

8千々石第2トンネルと千々石第1トンネル

近代化産業遺産の2つのトンネル

千々石第1トンネル
竹馬朋宏さん撮影

 木津駅を過ぎると、2つのトンネルが続きます。幅の狭いトンネルを通るときはちょっとドキドキ。対向車を気にしてクラクションを鳴らしながら、走行する車も。石を積み上げた馬蹄形のトンネルは趣があります。「できるだけ手をくわえない形で残していきたいです」と城谷さん。古いものを大切にしたいという姿勢に共感がもてました。

9「上千々石駅」跡

田んぼの中にある駅跡

 千々石に来ると、これまでの風景と変わって平坦になります。今回の旅の終着駅「上千々石駅」です。足元を見ると、ここにもプラットホームの跡。近代化に尽くした人物や近代の産業遺産の足跡、そして苦労、鉄道の思い出話に出会いつつ、ずっと語り継いでほしいと感じました。

〔文:大浦由美子〕

参考文献
  • 『雲仙・小浜温泉誌』長崎県衛生公害研究所編集(小浜町)
  • 『雲仙の歴史』(長崎県)

スタート地点までのアクセス

小浜町歴史資料館

所在
長崎県雲仙市小浜町北本町923-1
お問い合わせ
0957-75-0858
開館時間
9時~18時
休館日
月曜(祝日の場合は翌日)
料金
100円
駐車場
あり

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