ながさき歴史の旅

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ながさき歴史散歩

第34回 長崎の国際墓地を訪ねて

〜長崎の地に眠る異国の人々〜
20カ国1500人を超える人々が眠る長崎国際墓地

 長崎市には、稲佐悟真寺(いなさごしんじ)国際墓地、大浦国際墓地、坂本国際墓地という3カ所の大きな国際墓地があります。そこには中国人、オランダ人、ロシア人、イギリス人、アメリカ人など、20カ国1500人を超える人々が永遠の眠りについています。それらの墓碑には、長崎に暮らした有名無名の外国人の名前が刻まれているのです。

歴史のとびら

 長崎市にある3つの国際墓地には、長崎を人生終えんの地とした異国の人々のお墓があります。このなかには、のちの日本で有名になった事件やできごとに関わった外国人たちも眠っています。たとえば、坂本龍馬の海援隊に犯人の嫌疑がかかった「英国人水夫殺害(イカルス号)事件」の被害者の墓(大浦国際墓地)、西洋人最古の墓で司馬江漢(しばこうかん)が墓碑を紹介した出島オランダ商館長の墓(稲佐悟真寺)、などです。

散歩コース

スタート地点までのアクセス

◎所要時間のめやす:約3時間

大浦国際墓地
 開放時間8〜18時(管理:長崎市)

↓路面電車“赤迫行”で「長崎駅前」まで行き、「長崎駅南口」から長崎バスの“稲佐行”に乗り、「悟真寺前」バス停下車徒歩2分

稲佐悟真寺国際墓地
 入る場合は許可が必要(管理:悟真寺)

↓「悟真寺前」バス停から長崎駅方面へ向かうバスに乗車。「宝町」で下車し、対面に移動して“立山行”バス(マイクロ)に乗車し、「あじさい荘」バス停で下車。バス停のすぐ側が墓地の入口
※「宝町」から路面電車の場合は、“赤迫行”に乗り、「茂里町」電停で下車徒歩10分

坂本国際墓地
 開放時間8〜18時(管理:長崎市)

1「英国人水夫殺害(イカルス号)事件」の乗組員が眠る墓地
ロバート・フォードとジョン・ハッチングス

 1867年(慶応3)7月6日深夜(7日の説あり)、長崎の丸山の路上で酩酊(めいてい)し寝込んでいた外国人2人を、通りかかった武士が切り殺してしまうという事件が起こりました。被害にあったのは、長崎港に停泊中のイギリス船イカルス号の乗組員2人、ロバート・フォードとジョン・ハッチングスでした。彼らの墓が大浦国際墓地にあります。


 当時の英国公使パークスは坂本龍馬率いる海援隊の仕業とみて、長崎奉行所に関係者の逮捕を要求しましたが、海援隊は激しく反論。奉行所は吟味の結果証拠不十分と判断しました。この事件は国際問題にまで発展し、その後、真犯人は福岡藩の武士であることが明らかになっています。

2現存する最古の中国人墓碑・西洋人墓碑

 稲佐悟真寺の中国人(唐人)墓地は、江戸初期に有力唐人が、悟真寺を菩提寺にして墓地の敷地を定めたことにはじまります。現在約230基の墓があり、福建省出身の墓が6割を超えています。現存する最も古いものとして、1627年(寛永4)の墓が2基確認されています。


 また、稲佐悟真寺のオランダ人墓地には、日本に現存する最古の西洋人の墓があります。ひときわ大きなヘンドリック・ダークープの墓です。ダークープは、出島オランダ商館の副商館長や商館長を務めていたオランダ人。1778年(安永7)7月、出島のオランダ商館長として帰任するため、オランダ船に乗っていましたが、航海中に急病のため死去しました。遺体は長崎に到着後すぐに悟真寺に埋葬され、オランダ人の手で盛大な葬儀がおこなわれたそうです。彼の墓碑には羽の付いた時計や十字架と子羊の模様が刻まれており、寛政年間(1789-1801)に著わされた司馬江漢の『西洋旅譚(さいゆうりょたん)』の中に、挿し絵付きで紹介されています。

3オペラ『蝶々夫人』誕生につながった宣教師デビソン

 1873年(明治6)、プロテスタントのメソジスト監督教会から派遣されたアメリカ人宣教師ジョン・デビソンは、新妻エリザベスとともに日本へやってきました。彼は翌年、出島メソジスト教会を建設し宣教活動を続けました。キリスト教の日本布教には教育が重要であると考えたデビソンは、伝道局に学校開設のための人材派遣を要請します。その働きかけにより1879年(明治12)にはエリザベス・ラッセルとジニー・ギールが来日し、活水(かっすい)女学校を開校しました。また翌年にはC・S・ロングが来日し、加伯利(カブリ)英和学校(のちの鎮西学館)が開校されることになり、デビソン夫妻は一時帰国するまでそこで教鞭をとっています。


 1891年(明治24)、デビソンが開設に尽力した鎮西学館の校長に就任したのがアメリカ人のアービン・コレルで、妻のジェニー・コレルとともに東山手12番館に住みました。実は、このコレル夫人の実弟が小説『蝶々夫人』を著したジョン・ルーサー・ロングなのです。ロングはアメリカに帰国したコレル夫人の見聞談をもとにして小説を書き上げたといわれています。かの有名なオペラ「蝶々夫人(マダム・バタフライ)」は、この小説がデビット・ベラスコによって劇化され、さらにジャコモ・プッチーニの手によってオペラ化されたものです。デビソンによる学校開設の働きかけがコレル夫人の長崎居留地居住につながり、ひいては世界的なオペラ作品の誕生のきっかけになったといってもいいかもしれませんね。
 デビソン夫妻は再来日を果たしますが、1915年(大正4)、妻エリザベスは中国に住む娘を訪問した帰途の睡眠中に急死し、彼女の遺体は坂本国際墓地に埋葬されました。その後、デビソンはカリフォルニアで84歳の生涯を終え、彼自身の遺言により夫妻の新しい墓が坂本国際墓地に建てられました。今も2人仲良く長崎の地に眠っているのです。

 さて、国際墓地に眠る人々のそれぞれのドラマ、いかがでしたか?時は流れて現在ひっそりとたたずむ墓碑群ですが、そこを訪れる私たちに、16世紀半ばから海外交流で繁栄してきた長崎の歴史の確かな一面を、静かに語りかけてくるようです。

〔文:小川内清孝〕

参考文献
  • 『旅する長崎学9 近代化ものがたりIII』(企画/長崎県 制作/長崎文献社)
  • 『時の流れを超えて −長崎国際墓地に眠る人々−』レイン・アーンズ+ブライアン・バークガフニ著(長崎文献社)
  • 『長崎居留地の西洋人』レイン・アーンズ著(長崎文献社)
  • 『長崎県文化百選7 海外交流編』(企画/長崎県 制作/長崎新聞社)

スタート地点までのアクセス

大浦国際墓地(管理:長崎市)

所在
長長崎県長崎市川上町
開場時間
午前8:00~午後6:00
入場料
無料
アクセス
 
路面電車…
長崎駅から路面電車の“正覚寺行”に乗り、「築町電停」で乗り換え、「石橋電停」下車 徒歩10分

うんちくバンク

人物
  • エリザベス・ラッセル
  • 司馬江漢
歴史事件
    資料
    • 蝶々夫人(マダム・バタフライ)
    場所
    • 稲佐悟真寺国際墓地
    • 大浦国際墓地
    • 坂本国際墓地
    その他
    • 海援隊

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