大浦天主堂で静かな時を過ごした後、天主堂の出入口をそのまま左へ。テラス付きの二階建ての建物が、司祭を目指す少年たちの学び舎「神学校」でした。この学校から開国後はじめての日本人司祭を輩出しました。講義が全てラテン語でおこなわれたので、羅典神学校と呼ばれました。この建物は現在、キリシタン資料室になっていています。
「建物に入って資料を展示してある各部屋の入口には、「自習室」とか「図書室」という立て札がありました。なんか懐かしい!」(ヒロ)
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