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近代の長崎

長崎県が発行した紙幣 その1

 昨年の長崎は、NHK大河ドラマ「龍馬伝」の放映により、龍馬ゆかりの場所が脚光を浴びました。長崎奉行所の一部を復元した長崎歴史文化博物館もその一つです。この博物館には、幕末から明治維新にかけての歴史を物語る資料が保管されています。これらの資料から、新しい時代を迎えた長崎がどのようになっていったのか考えてみたいと思います。
 江戸時代、今の長崎市の中心部は幕府の直轄地「天領」で、長崎奉行が支配していたことは、皆さん御存知のことと思います。慶応4年(1868)1月、鳥羽・伏見の戦いを機に戊辰戦争が始まると、長崎奉行河津伊豆守が江戸へ引き揚げたため、長崎に駐在していた諸藩の武士が「長崎会議所」を設けて治安の維持にあたることとしました。そして、明治新政府ができると公家の沢宣嘉が派遣されて、「長崎会議所」に代わり「長崎裁判所」が置かれました。同年5月には、「長崎裁判所」が「長崎府」と改められ、明治2年には、「長崎県」となりました。この時の長崎県は、今の長崎市域の一部のみです。
 この長崎県が明治2年10月に発行した紙幣3種類(百文・二百文・五百文)が博物館にあります。何故このような紙幣を発行することになったのでしょうか?
  その理由は、次回に御説明します。

                       【長崎県文化振興課 徳永 宏】


五百文紙幣     弐百文紙幣          

施設詳細

長崎歴史文化博物館
  関連URL:http://www.nmhc.jp/

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