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長与焼

その1 三彩詩文入漆塗皿



三彩詩文入漆塗皿 長与焼 17801820年頃 口径18.3cm 長崎歴史文化博物館蔵


 長与焼は、大村藩領長与村嬉里郷(現在の西彼杵郡長与町嬉里郷)で作られた磁器です。寛文7年(1667)に始まり、2度の中断を経て19世紀中頃まで続いた窯場でした。
 主に焼かれたのは、日用雑器の碗・皿や瓶類でした。同じ領内の波佐見焼の陶工が関わったこともあり、それらの素地や器形、染付の色調、文様の描き方など波佐見焼に良く似ています。

 ところが、18世紀終わり頃から19世紀初め頃にかけて、突如として高級磁器の一群が焼かれました。その一つとして、写真の長与三彩の皿があげられます。一般的な製品と違って、素地が白く薄手であり、高台の削り方など細部に至るまで丁寧に作られています。そして、白・黄・緑・紫・黒の5色の釉薬を不規則に配置した見込部分の三彩がとても印象的です。皿の縁は無釉とし、赤い漆が塗られ金砂子が蒔かれています。一般に「漆手」と呼ばれる漆を用いたとても雅な装飾です。
そこに、漢字8文字が透明釉によって白く表されています。格調高く仕上げられた長与焼の名品ですが、記された漢字の意味を知ると一層この皿の魅力を理解していただけると思います。
これらの文字は、江戸期の日本にも影響を与えた儒教の聖典の一つ『詩経』に収められた「伐木」というタイトルの詩の一節です。3章からなる長い詩の中から次の8字が抜粋されています。

     籩豆有踐 兄弟無遠 (籩豆踐たる有り,兄弟遠きことなし)

「食物が盛られた籩(ヘン:足の付いた台)や豆(トウ:台の付いた皿・鉢)がずらりと並んでいる。一族もここに揃った。」というような意味で、まさに宴が始まろうとしている情景が思い浮かびます。

 『詩経』は、中国最古の詩集で、諸国の民謡や貴族社会の詩などが収められており、この「伐木」は、西周時代の貴族の宴で歌われた詩の一つです。当時の貴族社会は官職の世襲制が確立した頃で、安定して恵まれた環境は祖先のお陰として、同族は一堂に会して祖先を祀りました。儀式の後は饗宴が行われるのが常で、一連の儀式を通して一族の連帯を強めたのです。この皿は、そうした場面を彷彿とさせます。この長与三彩の皿を用いた江戸時代の日本人も、恐らくこの漢詩の意味を理解し、近しい間柄の人が集まって飲食を共にする場面にふさわしい器として、宴を楽しんでいたのではないでしょうか。

【長崎県文化振興課 松下久子】
 


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