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長与焼

その2 染付漆手山水詩文入鉢


染付漆手山水詩文入鉢 長与焼 1780-20年頃 口径18.5cm 高さ9.5cm 長崎歴史文化博物館蔵


 
 前回は三彩と漆装飾が組み合わされた作品をご紹介しましたが、今回は、染付の器に漆装飾が施された長与焼をご紹介します。
 この写真の器も、長与焼の中では最高級品に分類される質の高い磁器の鉢です。外面は2つに区画され、片方には染付で山水風景と東屋が描かれています。残り半分には釉薬を施さず、露胎となった素地に明るい朱色の漆を塗り、そこに金色の文字で漢詩が表されています。

 
同(漢詩部分)

 この鉢に記された漢詩は、8 世紀・盛唐の詩人祖詠が、終南山の近くにあった蘇氏の別荘で詠んだ『蘇氏別業』の全文です。
 
別業居幽處 到来生隠心
南山當戸牖 澧水映園林
竹覆経冬雪 庭昏未夕陰
寥寥人境外 虜楕構婉
 
蘇氏の別荘は都から離れた静かな場所にある
ここに来れば隠遁したいという気持ちがわいてくる
終南山が戸口と連子窓に面し
澧水(本来は「灃水」)は木の茂る庭に映っている
竹は冬越しの残雪の上に覆いかぶさり
庭は未だ夕暮れではないが暗い
人里から離れ寥寥としており
のんびりと座って春の鳥の声を聞いている

 自然に囲まれた静かな環境をしみじみと味わっている様子が伝わってきます。反対側に描かれた染付の山水図は、そのような終南山とそこに源を発して渭水に注ぐ灃水の流れ、そしてまだ雪が残る蘇氏の別荘の情景を描いたものと思われます。

 同(染付部分)

 ところで、この詩は『唐詩選』という中国の書物に収載されています。『唐詩選』は、中国歴代の詩の精華と称される唐時代の詩の選集で、日本へは江戸時代の初期にもたらされました。日本では、漢詩の入門書として盛んに用いられ、江戸中期以降は『唐詩選国字解』などの注釈書が数多く発行されるほどたいへん流行したようです。中国の古典は、このように江戸時代の日本でも高い人気を誇り、日本人の教養の一部として浸透していきましたが、その様子の一端をこの一つの長与焼の鉢を通して知ることができるのは、実に興味深いことと思います。

【長崎県文化振興課 松下久子】


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