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宮本常一と長崎

(6)忘れられない味

 1923年、逓信講習所に進学するために周防大島から上阪する15歳の常一に、父・善十郎は十のアドバイスを与えました。その一つに「金があったら、その土地の名物や料理はたべておくのがよい。その土地の暮らしの高さがわかるものだ。」というものがあります。この言葉を心に留めながら、生涯にわたり日本各地を民俗調査し続けた宮本は、調査の先々で有名無名を問わず様々な郷土料理と出会いました。その中で、特に印象深いものについては、「すばらしい食べ方」と題してエッセイに記しています。主なものを挙げると、青森県のトロロソバ、秋田県のキリタンポ、石川県のタラ飯、愛知県のゴヘイモチ、奈良県の石焼き味噌汁、広島県のコンニャクのさしみ、山口県のサツマのあばれ食い、高知県の田楽、鹿児島県の味噌ブタと皮つきの猪肉、そして今回取り上げる長崎県の鯛茶漬です。

 1951年に九学会連合の対馬調査に民族学班として参加した宮本は、8月8日に東海岸中部の船越村(現対馬市美津島町)の梅林寺で調査をした後、同村鴨居瀬の宿屋(不詳)で村人たちと漁村の現状や将来について語り合いました。そしてその後に催された宴会で、宮本は生涯忘れられない味、鯛茶漬に出会いました。ちなみに、鯛は漁期が長く高値で取引きされるため、当時、島内各地で鯛漁(一本釣・ノベナワ・地曳網)が行われ、対馬の特産品の一つとなっていました。

宴会でまず出されたのは新鮮な鯛の刺身でした。
     大きな丼に魚の刺身が一杯盛って出された。刺身といっても厚手に切ってある。そういう丼がいくつも出た。その刺身にゴマをすりつぶしたものを入れた醤油がたっぷりとかけられている。その刺身をそれぞれ皿に分けてとり、それを肴に酒を飲むのである。魚は鯛である。(中略)こういう御馳走にあずかったのは生まれてはじめてだし、刺身をこれほどうまいと思ったこともない。
鯛の刺身に舌鼓を打った後、宮本は村人から鯛茶漬をすすめられました。
     熱い御飯の中にこの鯛の刺身をいれ、熱い茶をかけて蓋をし、ほんのわずかそのままにしておいて蓋をとってたべる。いわゆる鯛茶漬なのである。鯛茶漬なら子供のときからよく食べた。(中略)鴨居瀬でたべたものははるかにうまい。刺身を醤油漬けにしてあったのだから魚の味が醤油ににじみ出ているのであろうか。
この後、宮本はあまりのおいしさに3杯もおかわりをしました。

 このように、対馬名物の鯛茶漬を心ゆくまで堪能した宮本は、調査の苦労と共に、生涯にわたりこの味を忘れることはなかったのでしょう。それと同時に、民衆の食生活にも関心を寄せ続けた一民俗学者として、この平凡だけれど野趣あふれる豪快な漁師料理を書き残さずにはいられなかったのでしょう。

 
                 (鯛茶漬イメージ)

 
参考文献
・宮本常一 「すばらしい食べ方」(『宮本常一著作集24 食生活雑考』)
・宮本常一 『民俗学の旅』
・宮本常一 『私の日本地図15 壱岐・対馬紀行』
・宮本常一 『宮本常一著作集28 対馬漁業史』


                          【長崎県文化振興課 松本勇介】


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