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長崎資料から見る梅屋庄吉

その5 梅屋庄吉の父・吉五郎と梅屋商店(2)

(画像3)新古洋服商 梅谷商店長崎の資料から見る梅屋庄吉の5回目。今回は、梅屋商店のその後を追ってみたいと思います。前回も取り上げた車田氏の『国父孫文と梅屋庄吉』によると、梅屋商店は庄吉の両親が亡くなった後、経営を番頭夫妻にまかせ、その後、番頭の未亡人が北川商店という既製品や古着の店を開いていた、とされています。「梅谷洋服店」は「長崎市地番入分割図」の索引の箇所を見ると「新古洋服商 梅谷商店」とも記されており(画像3)、「既製品や古着の店」は裏付けがとれそうです。
 
この西浜町31番地にあった梅屋商店ですが、大正9年(1920)、古町(現在の公会堂前−諏訪神社前間)と築町間に路面電車が開通したことにともない、立ち退いたと思われます。では、その後の梅屋商店はどうなったのでしょうか。
 
次にあげる一覧は長崎の商工関係者の名鑑に記された梅屋商店に関する記述です。
 
   年     商号   氏名   営業所   資料名
‖臉07(1918)   −   北川五郎 西浜町31 長崎商工名録(国会図書館蔵)
大正09(1920)   −   北川マス 西浜町31 長崎商工名録(県立図書館蔵)
※大正09(1920) 古町−築町間に路面電車開通
B臉12(1923) (梅屋商店に関する記載なし) 長崎市商工名鑑
ぢ臉13(1924) 梅谷商店 北川マス 西浜町63 長崎商工名録
ゾ赦02(1927) 梅谷商店 北川マス 西浜町63 長崎商工名録
昭和04(1929) 梅谷   北川マス 西浜町63 長崎商工名録(県立図書館蔵)
Ь赦06(1931)   −   北川マス 西浜町63 長崎商工名録
┥赦09(1934)   −   北川マス 西浜町63 長崎県商工人名録
昭和13(1938) 梅谷商店 北川マス 西浜町63 長崎県商工人名録
昭和16(1941) 梅谷商店 北川マス 銅座町32 長崎商工人名録(県立図書館蔵)
 
この一覧に、先ほどの車田氏の記述を加味して述べてみますと、梅屋商店の経営をまかされたのが北川五郎・マス夫妻で、古着屋を営んでいました。梅屋商店は大正9年に路面電車が開通する年までは西浜町31番地にありましたが立ち退いたと思われ、大正13年には西浜町63番地に移転しました。ちなみに、この63番地は、以前ステラビルがあった付近で、現在は駐車場になっています。現在の町名は銅座町ですが、西浜通りという名称に名をとどめています。そして、太平洋戦争がはじまった昭和16年(1941)までに、さらに銅座町32番地に移っています。の次に商工関係者の名鑑で確認できるのは、昭和28年(1953)の『長崎経済名鑑』(県立長崎図書館蔵)ですが、これに、「梅谷商店」や「北川マス」を確認できないので、戦後の梅屋商店の動向は不明です。
 
このように、梅屋庄吉が東京に拠点を移した後も、梅屋商店は長崎で長く続いていたことが分かりました。長崎において、梅屋の存在をより身近に感じることができると思います。なお、今回取り上げた、梅屋商店が戦前まで存続していたという調査については、平成23年(2011)9月30日付けの『毎日新聞』でも取り上げられました。(おわり)
【長崎県文化振興課 石尾和貴】


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