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三川内焼

その2 フィラデルフィア万博に出品された三川内焼


(図1) 三川内焼 色絵六歌仙文受皿付蓋碗(卵殻磁器) 明治時代 口径(碗)9.4cm(皿)2.4cm 
     「三川内田中造」高台内上絵赤 長崎歴史文化博物館蔵


 1876年(明治9)に開催されたアメリカのフィラデルフィア万国博覧会では、東京銀座の起立工商会社から<新古陶磁器類聚>と題された216点の焼物が出品されました。
 この<新古陶磁器類聚>は、日本の陶磁史を概観できるよう、各時代の代表的な焼物で構成されています。これらは、フィラデルフィア万博の準備段階に、イギリスのサウスケンジントン博物館(現ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館)からの要望を受け準備されたもので、博覧会終了後は、イギリスの人々に日本の陶磁史を紹介するため、同館が買い取り、展示することになっていました。
 このような日本を代表する焼物の作品群の中に、江戸時代の三川内皿山で作られた平戸焼が5点、明治時代の三川内焼が2点含まれています。
 5点の平戸焼は、染付で松に唐子の文様が描かれた皿や香炉、布袋の形をした酒注ぎ、獅子形置物、筒形花瓶で構成されています。2点の三川内焼は、多彩で華やかな松竹梅文の花瓶と、赤と金で彩られた六歌仙文の取っ手付コーヒーカップでした。これらは、今もロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート美術館の展示室で見ることができます。
 日本の古典を代表する六歌仙が赤と金で華やかに表現された文様は、当時のヨーロッパでたいへん人気があったようで、器形は異なりますが、同様の文様が描かれた受け皿付蓋碗が、長崎歴史文化博物館に所蔵されています(図1)。日本からロンドンは遠いですが、国内の長崎歴史文化博物館でも万博出品作と同様の名品がご覧いただけますので、機会がありましたらぜひご来館ください。
 
 
 余談ですが、平戸焼も三川内焼も、主に三川内皿山で焼かれた物ですが、江戸時代に作られた物は平戸藩領内の焼物という意味で「平戸焼」、明治以降のものは産地の名前で「三川内焼」と呼ばれています。

【長崎県文化振興課 松下久子】
 


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