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2つの「文化五年 長崎市中明細帳」

その作成年代は? (1)

 江戸時代後半における長崎市中の各町の概要を知ろうとす享和 2(1802)年 長崎市中明細帳るときに、最適の史料があります。地図では明和年間(18世紀後半)に作成されたと言われる「長崎惣町絵図」ですが、文献史料では「肥前国彼杵郡長崎市中様子大概書」とも記される「長崎市中明細帳」(以下、市中明細帳と略す)です。何点か伝存している市中明細帳で、最も古いのが享和2(1802)年のものです(長崎歴史文化博物館蔵)。 

市中明細帳の主な内容

 その史料から、主な内容を拾い上げると、惣町数、箇所数と箇所銀、竈数と竈銀、人別、坪数と地子銀、川筋と橋数、船数など。最後に「町々小訳」として80町(銅座跡も加えると81町)それぞれの坪数・箇所数・竈数・人別などの詳細を記しています。2分冊となっていますが、その大半を占めるのがこの「町々小訳」の部分です。

市中明細帳作成の意図や時期

 初めて作成されたのは明和2(1765)年のことでした。当時の長崎奉行(石谷備後守)が、今まで、長崎市中の様子を詳しく書いた物がなかったから、町年寄に作成を命じたということです。その後、地子・人別・運上等の増減は掛け紙(下の字を隠す様に貼った紙)に追筆して、毎年9月の奉行交替前に提出していました。その30年後、寛政7(1795)年に出水があり、以後5・6年提出が中絶していましたが、享和2(1802)年に、新たに作成し直して提出したという内容が作成の経緯として記載されています。

伝存する市中明細帳

 現在、市中明細帳は、その類書も含めて冊子になっているもので、長崎歴史文化博物館に6点あります。そのうちの1つ「文政六年 惣町明細帳諸雑記 申正月改」が翻刻されて活字で見ることができます(『長崎関係史料選集 第2集』)。また、長崎大学附属図書館武藤文庫に1点が所蔵されています。それらの内容を見ると、各町の詳細を記す「町々小訳」の部分がある冊子と、それを省略したものに大きく分けることができます。前者は実際に奉行に提出されたものか、またはその写しだと思われます。それに対して「町々小訳」を省略した冊子は市中全体の大まかな様子がわかるために、個人の備忘録として写されて流布したもののようです。

2つの「文化五年(1808) 市中明細帳」

 さて、「町々小訳」として各町の詳細まで記載された市中明細帳には、享和2(1802)年作成のものが1点、文化5(1808)年作成と言われてきたものが2点、合計3点が長崎歴史文化博物館に所蔵されています。
 同じ文化5(1808)年作成と思われてきた2点の市中明細帳ですが、1つは旧長崎市立博物館に所蔵されていたもの(史料1)と、もう1つが県立長崎図書館旧蔵のもの(史料2)です。いずれも、巻末に文化5年に新たに作成されたという記述が見えます。

史料1史料2


 しかし、実はこの2つの市中明細帳に記された各町の詳細や合計を比較してみると、数値に相違のあることがわかります。2点とも調査年として「辰年」と記されています。史料1は掛け紙も多数あり、また、何回も掛け紙を附けては剥がしたような痕跡があります。実際に何年も使われていたようです。それに対して史料2は掛け紙がほとんどなく、ある時点の市中明細帳を全部一括して写したもののようです。いったい、いつのものなのでしょうか。次回へ。
 
 
【長崎文化振興課 山口保彦】
 


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