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ONE ANSWER ようこそ、長崎のミュージアムへ

時空を超えて
宝箱を空けるような
旅に出かけよう。

長崎の歴史は、多様な文化が層のように重なり合いながら形成されてきました。そしてその層は複雑かつ難解な一方で、未来というまだ見ぬ世界に受け継がれるべき宝の蓄積でもあります。「ONE ANSWER」とは、“無数にある宝と宝をつないでひとつの答えにたどりつく”という意味を込めた言葉です。この言葉をキーワードに平戸、長崎、島原半島、外海、五島列島の博物館・美術館を訪ねてみませんか。長崎の宝を語るうえで重要な「海外交流」と「信仰」の歴史が見えてくるでしょう。

※掲載している収蔵品の中には、常時展示されていない資料が含まれています。展示状況につきましては、各館にお問い合わせください。

海外交流

古代から、海の道を通じて
行われてきた海外貿易。
各地の入江には港が開かれるようになり、
まちは活気づく。
やがて訪れた鎖国期にも、
長崎は国際貿易都市として繁栄を極めた。

信仰の足跡

海の道がもたらしたもの、
その中には宗教が含まれる。
フランシスコ・ザビエルの
布教を機に始まったキリシタン時代。
受洗した人々は、
禁教の世が訪れることを
知る由もなかった。

ONE
ANSWER

平戸、長崎、島原半島、
外海、そして五島列島へ。
海外交流と信仰の歴史を
紐解く旅に出る。
無数にある宝と宝をつないで、
ひとつの答えにたどり着く。

ようこそ、
長崎のミュージアムへ

博物館・美術館ガイド

平戸・生月長崎市島原地区長崎市外海地区五島列島

世界文化遺産

長崎と天草地方の
潜伏キリシタン関連遺産とは

キリスト教禁教政策の下で、密かに信仰を伝えた人々の歴史を物語る、他に類を見ない証拠で、2県6市2町にまたがる12の資産で構成されています。

公式サイトを見る
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産

海外交流の歴史と
キリスト教史

1550~1882 Chronology

キーパーソンたち

年表

1550年
平戸にポルトガル船が来航。ザビエル、平戸にて布教
1563年
大村純忠が受洗(日本初のキリシタン大名)
1566年
五島にキリスト教が伝来。五島最初の教会が奥浦に建つ
1571年
外海にキリスト教が伝来
1579年
巡察師ヴァリニャーノが口之津に来航
1580年
大村純忠が長崎と茂木をイエズス会に寄進
有馬晴信が受洗。有馬にセミナリヨが建つ
1582年
天正遣欧使節が長崎を出発
1587年
豊臣秀吉がバテレン追放令を発布
1597年
二十六聖人が西坂の丘で殉教
1599年
平戸でキリシタンが禁教になる
1603年
徳川家康、江戸幕府を開く
1609年
平戸にオランダ商館を設置
1614年
江戸幕府が全国に禁教令を発布
1637年
島原・天草一揆が始まる。総大衆は天草四郎
1641年
平戸から長崎出島へオランダ商館が移転
1644年
国内最後の神父が殉教し、国内に不在となる
以降、残された民衆は自分たち自身で信仰を続けることになる
1796年
大村藩と五島藩の間に農民移住の協定が成立
1865年
信徒発見、潜伏キリシタンが大浦天主堂でプティジャン神父に信仰を告白する
1867年
浦上四番崩れが起こる
1868年
久賀島の牢屋の窄事件から五島崩れが始まる
明治政府発足(明治元年)
1873年
キリシタン禁教の高札が撤去される
1882年
ド・ロ神父が出津教会堂を建設

※主な出来事を掲載しています。

ONE ANSWER ガイドブック

ONE ANSWERとは

時空を超えて
宝箱を空けるような
旅に出かけよう。

長崎の歴史は、多様な文化が層のように重なり合いながら形成されてきました。そしてその層は複雑かつ難解な一方で、未来というまだ見ぬ世界に受け継がれるべき宝の蓄積でもあります。「ONE ANSWER」とは、“無数にある宝と宝をつないでひとつの答えにたどりつく”という意味を込めた言葉です。この言葉をキーワードに平戸、長崎、島原半島、外海、五島列島の博物館・美術館を訪ねてみませんか。長崎の宝を語るうえで重要な「海外交流」と「信仰」の歴史が見えてくるでしょう。

※掲載している収蔵品の中には、常時展示されていない資料が含まれています。展示状況につきましては、各館にお問い合わせください。

世界文化遺産

長崎と天草地方の
潜伏キリシタン関連遺産とは

キリスト教禁教政策の下で、密かに信仰を伝えた人々の歴史を物語る、他に類を見ない証拠で、2県6市2町にまたがる12の資産で構成されています。

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