長崎学WEB学会
Nagasaki Studies Society on the Web
三川内焼
Mikawachi Ware
その4 染付四芸水指の唐子人形
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このことから、嘉永6年(1853)に65歳であった今村利右衛門(1788?~1864)が文様を描いたことがわかります。彼は、平戸藩御用窯の御細工人で絵付を得意としており、水指の文様が格調高いのも頷けます。

あまりにも小さいので見過ごされてしまいそうですが、よく見ると非常に手の込んだ作りとなっていて驚かされます。

透明感のある白い磁肌で、静かに微笑んだ顔は愛らしく、笑顔による目尻のシワや笑った口元、鼻の穴までも丁寧に作られています。片目の幅は僅か2mmですが、その中には黒い眼も描かれています[図4]。

上着の袖口からは、陰刻された黒い縞模様の袖がのぞき、黒褐色の靴には編み上げ模様が彫刻されています。小さいながらも、とても凝った衣服を身につけた人形であることがおわかりいただけるでしょう。

どの角度から見ても、立体作品として破綻することなく、唐子の可愛らしさを存分に表現した造形美にあふれている作品です。
この唐子人形は、水指の蓋の中央に付けられた、わずか3.6cmという高さの小さなツマミにすぎませんが、幕末期における三川内皿山の細工技術の精緻さと表現力の豊かさを知ることができるとともに、当時の美意識や技術水準を示す資料としても注目すべき存在だといえます。
(4) Chinese Child Figurine on Top of a Blue-and-White Jug with a “Four Arts” Motif
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このことから、嘉永6年(1853)に65歳であった今村利右衛門(1788?~1864)が文様を描いたことがわかります。彼は、平戸藩御用窯の御細工人で絵付を得意としており、水指の文様が格調高いのも頷けます。

あまりにも小さいので見過ごされてしまいそうですが、よく見ると非常に手の込んだ作りとなっていて驚かされます。

透明感のある白い磁肌で、静かに微笑んだ顔は愛らしく、笑顔による目尻のシワや笑った口元、鼻の穴までも丁寧に作られています。片目の幅は僅か2mmですが、その中には黒い眼も描かれています[図4]。

上着の袖口からは、陰刻された黒い縞模様の袖がのぞき、黒褐色の靴には編み上げ模様が彫刻されています。小さいながらも、とても凝った衣服を身につけた人形であることがおわかりいただけるでしょう。

どの角度から見ても、立体作品として破綻することなく、唐子の可愛らしさを存分に表現した造形美にあふれている作品です。
この唐子人形は、水指の蓋の中央に付けられた、わずか3.6cmという高さの小さなツマミにすぎませんが、幕末期における三川内皿山の細工技術の精緻さと表現力の豊かさを知ることができるとともに、当時の美意識や技術水準を示す資料としても注目すべき存在だといえます。







