隠元禅師 人物紹介

- 隠元隆琦(1592-1673)
中国福建省生まれ。俗名は林曽柄。民清交替期に黄檗山萬福寺(福建省)の住職を務めた。慈悲深く、高い学識と芸術性をあわせ持った当時の禅宗界をリードする高僧。
江戸時代初め(1654年)に長崎に渡来し、1661年宇治に黄檗山萬福寺を創建。「黄檗宗」の開祖となる。また、隠元豆や煎茶の習慣など、当時の中国から多くの文物を日本にもたらした。
もっと詳しく
隠元禅師の生涯を日本と中国の当時のできごととともにご紹介します。隠元禅師のお人柄が分かるエピソードは必見です。
隠元禅師の生涯
黄檗文化 紹介


江戸時代初期、隠元禅師をはじめとした僧侶や文化人らによってもたらされた、当時最新の中国の文化(明清文化)を黄檗文化という。日本に取り込まれた黄檗文化は、やがて新しい日本の文化を生み出す源泉となった。隠元渡来以降、宗教や生活など、様々な面で文化交流が盛んになり、その成果は日本に完全に定着している。
もっと詳しく
日本に定着した黄檗文化をご紹介します。
日本に定着した黄檗文化
日中学術交流
日中の隠元・黄檗文化研究者の相互交流を深めています。
研究者の皆様に研究成果をもとにコラムを執筆いただきました。ぜひご一読ください。
(五十音順)
その他
過去の隠元・黄檗文化関連イベント等で掲載したコラム・論文等です。
リンク集
隠元禅師と黄檗文化関連リンクです。