長崎学WEB学会
Nagasaki Studies Society on the Web
長崎と坂本龍馬と船
Nagasaki, Sakamoto Ryoma, and Ships
その1 ワイルウェフ号の購入記録
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・慶応2年(1866)5月 ワイルウェフ号事件
・慶応3年(1867)4月 いろは丸事件
・慶応3年(1867)7月 イカルス号事件 の3つです。
今回は、この内、ワイルウェフ号事件について述べてみます。これは亀山社中が薩摩藩の援助で購入したワイルウェフ号が、長崎から鹿児島に向かう途中暴風雨に遭い、長崎県の新上五島町沖で沈没、乗組員の多くが亡くなったとされる事件です。
三月廿六日 薩州聞役 汾陽次郎右衛門
これによると、薩摩藩の聞役(薩摩藩から派遣された長崎駐在の役人)である汾陽(かわみなみ)次郎右衛門は、イギリス商人ゴロウル(トーマス・グラバーのこと)が持つ帆船を購入したいと願い出ています。このようにワイルウェフ号は長崎奉行所を通して薩摩藩が購入した船でした。ただし、ワイルウェフ号は運送船であって軍用品ではありませんので、この願いは単に購入したことを届けただけと見ることもできます。なお、この取引に龍馬ら亀山社中の人たちがどのようにかかわっていたかについては、長崎奉行所の記録からは分かりません。(つづく)
(1) Record of the Purchase of Sailing Ship Wild Wave
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・慶応2年(1866)5月 ワイルウェフ号事件
・慶応3年(1867)4月 いろは丸事件
・慶応3年(1867)7月 イカルス号事件 の3つです。
今回は、この内、ワイルウェフ号事件について述べてみます。これは亀山社中が薩摩藩の援助で購入したワイルウェフ号が、長崎から鹿児島に向かう途中暴風雨に遭い、長崎県の新上五島町沖で沈没、乗組員の多くが亡くなったとされる事件です。
三月廿六日 薩州聞役 汾陽次郎右衛門
これによると、薩摩藩の聞役(薩摩藩から派遣された長崎駐在の役人)である汾陽(かわみなみ)次郎右衛門は、イギリス商人ゴロウル(トーマス・グラバーのこと)が持つ帆船を購入したいと願い出ています。このようにワイルウェフ号は長崎奉行所を通して薩摩藩が購入した船でした。ただし、ワイルウェフ号は運送船であって軍用品ではありませんので、この願いは単に購入したことを届けただけと見ることもできます。なお、この取引に龍馬ら亀山社中の人たちがどのようにかかわっていたかについては、長崎奉行所の記録からは分かりません。(つづく)







