ながさき歴史の旅

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歴史発見ドライブルート

  • 第2回 韓国に一番近い島「対馬」 2009年07月01日
    第2回 韓国に一番近い島「対馬」
       長崎県内の歴史を探っていく旅のドライブルートを紹介していきます!  注目エリアは『対馬』、日本で3番目に大きい島です。広いので、今回の旅は「韓国に一番近い島」をテーマに、島の北半分(上島)をめぐります。  あれ、読み方がわからないって?「つしま」って読むんだよ。まずは、対馬の場所をチェックしておこう!  必携アイテムは、『旅する長崎学12』です 対馬の位置 対馬へのアクセス  対馬をドライブする 体験プログラムを利用する 今回、一緒に旅をしてくれたゲスト・キャラクターは 「対馬観光ガイドの会やんこも」マスコットキャラクターとして 活躍している「やんこもくん」です。 「やんこも」は対馬の方言で、「たくさん、何度も」の意味。 対馬に何度でもお越しください、たくさんご案内しますよ、 という歓迎の意志がこめられています 今回のドライブルート 対馬空港(対馬やまねこ空港) スタート地点 ↓車で約10分 万関橋(まんぜきばし) ↓車で約40分 円通寺 ↓車で約60分 網代の漣痕(あじろのれんこん) ↓車で約10分 日露友好の丘 ↓車で約3分 三宇田海水浴場(みうだかいすいよくじょう) ↓車で約10分 韓国展望所・朝鮮国訳官使殉難之碑・豊砲台跡 ↓車で約25分 異国の見える丘展望台 ↓車で約10分 棹崎公園(さおざきこうえん) ↓敷地内 対馬野生生物保護センター ↓車で約30分 峰町歴史民俗資料館 ↓車で約20分 和多都美神社(わたづみじんじゃ) ↓徒歩で3分 神話の里自然公園 ↓車で3分 烏帽子岳展望台 スポットの紹介 対馬空港(対馬やまねこ空港)  島のほぼ中央、風光明媚な浅茅湾(あそうわん)を望むことができるところに対馬空港はあります。標高97mの高さに造成された山岳空港。初めて飛行機で訪れる人は、山の中に突っ込むような着陸にちょっとビックリするかもしれません。これから始まる対馬の旅に、ワクワク感が高まります。  福岡空港から30分、長崎空港から35分、あっというまに到着です。今回はこの対馬空港から出発です! 万関橋(まんぜきばし)  明治33年(1900)、日本海軍によって、艦船の通り道として人工的に開削された瀬戸がここです。中国東北部(満州)と韓国の支配をめぐり、明治38年(1905)に日本の連合艦隊とロシアのバルチック艦隊が対馬沖で戦った日本海海戦のとき、日本の水雷艇部隊はこの瀬戸を通って出撃し勝利に貢献しました。  対馬の上島と下島を結んで架けられた万関橋の上からは、すばらしい景観や渦を巻く潮流を眺めることができ、観光客も車を停めて、しばし時を過ごします。  駐車場の横にある休憩所は、石屋根になっていましたよ。対馬独特の文化ですね。  ※「龍馬と真之にまつわるながさき情報局」も開設中。見てね! 万関橋からの眺め 石屋根でできた休憩場 円通寺  14世紀半ばから倭寇(海賊・商人集団)の激増に悩んでいた朝鮮は、室町幕府や西日本の有力大名に倭寇の取り締まりを要請しました。そのころ対馬の実質的な支配者となった宗氏も、見返りに朝鮮貿易の利益を期待し、15世紀初期には宗貞茂(さだしげ)が倭寇の取り締まりをはじめました。宗氏は15世紀後半には朝鮮貿易の支配権とともに島内統治を確立していきます。  貞茂は島の東岸の佐賀(さか)に館を構え、貞盛(さだもり)、茂職(しげもと)を経て、貞国(さだくに)が府中[現在の厳原(いずはら)]に移るまで、佐賀は対馬統治の中心でした。それまで宗氏の菩提寺とされた円通寺には宗家墓地があります。また、朝鮮の意匠にデザインされた円通寺の梵鐘は、県の文化財に指定されています。 網代の漣痕(あじろのれんこん)  通称「さざなみの化石」ともよばれています。 漣痕とは、水流や気流、波浪が作り出した自然の芸術で、さざなみのように見えるのでこのようによばれます。幾何学模様をデコボコに刻んでいる岩盤から水の流れの方向がわかりますが、なんといっても時の流れを物語っている自然の力に驚きです。 日露友好の丘  明治38年(1905)、対馬沖で撃沈されたロシア・バルチック艦隊の水兵143人が上陸しました。 対馬の農夫2人は水兵たちを井戸へと案内し、助けました。水兵たちが水を飲んだり、顔や衣服を洗ったという井戸は、今の記念碑の下に残っています。 #10" class="btn basic_btn">センターに入る  #11" class="btn basic_btn">資料館に入る 和多都美神社(わたづみじんじゃ)  和多都美とは海神(わたつみ)のことです。この和多都美神社は、ヒコホホデミノミコト(彦火火出見尊)とトヨタマヒメノミコト(豊玉姫命)を祀る海宮で、海神神社の一の宮として古くから竜宮伝説が残されています。本殿正面の5つの鳥居のうち2つは、海中にそびえ、潮の干満によってその様相を変えます。遠い昔の神話の時代を感じさせる神秘的な神社です。 #15" class="btn basic_btn">対馬蜂蜜のヒミツ 参考文献 『旅する長崎学12 海の道Ⅱ【対馬】』(企画/長崎県 制作/長崎文献社) 取材協力 対馬観光物産協会 対馬市教育委員会文化財課
  • 第1回 神が宿り鬼も棲む島 2009年06月10日
    第1回 神が宿り鬼も棲む島
    長崎県内の歴史を探っていく旅のドライブルートを紹介していきます!第1回目の舞台は『壱岐』。旅の必携アイテムは 『旅する長崎学11』です。 あれ、壱岐を知らないって?『壱岐』がどこにあって、どんな歴史が刻まれてきた島なのか、まずはチェックしておこう!   壱岐の位置   壱岐へのアクセス   壱岐をドライブする 今回、一緒に旅をしてくれたゲスト・キャラクターは 「海都(かいと)くん」です。 原の辻遺跡」マスコットキャラクターとして活躍しています。 今回のドライブルート 郷ノ浦(ごうのうら)港 スタート地点 ↓車で約15分 里浜海水浴場 ↓車で約15分 壱岐風土記の丘(いきふどきのおか) ↓車で約20分 イルカパーク ↓車で約20分 ウニ(海女漁) ↓車で約25分 月読神社(つきよみじんじゃ) ↓車で約7分 住吉神社 ↓車で約15分 壱岐安国寺 ↓車で約10分 原の辻展示館・原の辻遺跡 ↓車で約5分 万葉公園 ↓車で約8分 白沙(はくさ)八幡神社 ↓徒歩約3分 筒城七浜(つつきななはま) スポットの紹介 郷ノ浦(ごうのうら)港  壱岐市の繁華街のひとつである郷ノ浦。芦辺港や勝本港、印通寺港とともに壱岐を代表する港があります。  郷ノ浦港のターミナルには売店や観光協会もあり、壱岐の観光情報が収集できます。 今回は、この郷ノ浦港を出発点にして、壱岐の弥生・古墳時代を知る旅へGO! 里浜海水浴場  車を走らせていくと、窓から見える海の景色。やっぱりまずは海だよね!この辺でちょっと寄り道。  里浜海水浴場は決して大きくはありませんが、それがかえってプライベートビーチのような贅沢感を演出してくれます。 ちょっと足をつけてみたりして・・・。美しく透明感のある青い海の色に癒されながら、島の旅気分をワクワクと盛り上げて! 壱岐風土記の丘(いきふどきのおか)  車を走らせていくと、窓から見える海の景色。やっぱりまずは海だよね!この辺でちょっと寄り道。  里浜海水浴場は決して大きくはありませんが、それがかえってプライベートビーチのような贅沢感を演出してくれます。 ちょっと足をつけてみたりして・・・。美しく透明感のある青い海の色に癒されながら、島の旅気分をワクワクと盛り上げて! #04" class="btn basic_btn">体験する  #042" class="btn basic_btn">作業を見る 月読神社(つきよみじんじゃ)  『古事記』によると、イザナギノミコト(伊邪那岐命)とイザナミノミコト(伊邪那美命)が、アマテラスオオミカミ(天照大神)の次に産んだ神様がツクヨミノミコト(月読尊)と記されています。  また、『日本書記』には、壱岐の月神が中央へ分霊するいきさつが書かれています。京都にある月読神社は、朝鮮半島に向かう途中で壱岐に立ち寄った天皇の使者に月神のお告げがあって祀られ、 壱岐の県主(あがたぬし)の先祖・忍見宿祢(おしのみすくね)が仕えたそうです。壱岐の月読神社は神道の発祥の地ともいわれています。 住吉神社  明治4年(1871)に国弊中社に列格、壱岐唯一の官社として壱岐の神道の中枢を担っている神社です。 境内には、壱岐で最大というクスノキが生え、荘厳な空気をつくっています。また、池の中に祀ってある竹生島(ちくぶしま)神社の下から、 神功皇后(じんぐうこうごう)が三韓出兵したときに埋めたと伝わる鏡が発見されています。  壱岐神楽の舞台となる住吉神社。晩秋の夜、神社に設けられた特設会場では期間限定で神楽が披露され、 12月20日の大祭において神楽のフィナーレを飾る大大神楽が奉納されます。8月の第1土曜日には、 石田の筒城ふれあい野外ステージでも公演があります。 ※三韓出兵・・・『日本書記』に残る記述で、神功皇后が行ったといわれる新羅出兵のことをいいます。三韓の三とは「新羅」「百済」「高句麗」の三国をさします。 壱岐安国寺  室町時代、足利尊氏(あしかがたかうじ)と直義(ただよし)は、戦死者の冥福と国家の安泰を願って、全国66国2島に臨済宗のお寺の建立を命じました。 壱岐では、もともとあった海印寺が当てられました。 境内のスギの巨木や坐禅石、カッパの逸話、山門前の橋石など見どころはたくさんあります。 原の辻展示館・原の辻遺跡  原の辻遺跡は、紀元前2〜3世紀から紀元3〜4世紀にかけて形成された大規模な多重環濠集落の跡。国の特別史跡に指定されている重要な遺跡です。 いまも発掘調査がおこなわれているため、新しい発見もまだまだ期待できます。 数多くの出土品は、原の辻展示館で見ることができます。もちろん必見! #10" class="btn basic_btn">万葉集の歌を見る 白沙(はくさ)八幡神社  応神天皇(おうじんてんのう)、仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)、神功皇后、仲姫之命(なかつひめのみこと)、仁徳天皇(じんとくてんのう)、 武内大臣(たけうちおおおみ)、玉依姫(たまよりひめ)を祭神とした神社です。鳥居から境内までの道のりにも格式高い印象を受けます。  江戸時代に、平戸藩主・松浦鎮信(まつらしげのぶ)が奉納した三十六歌仙の板絵は、ぜひ見てほしい! 筒城七浜(つつきななはま)  島南部の東海岸一帯を筒城海岸といい、白い砂浜が特徴で総延長4kmに及びます。  環境省選定「日本の快水浴場(かいすいよくじょう)百選」「日本の渚100選」にも選ばれており、家族やグループ、 マリンスポーツを楽しむ利用者で賑わいます。